生麦「トン幸」酒場探しとナンパは似ている
酒場探しとナンパは似ている。ナンパをしたことがない呑兵衛からすれば「ナンノコッチャ」という話だが、まぁ、訊いて欲しい。これが案外、通ずるものがあるのだ。
『あそこの街はナンパスポットらしい』
『おっ、可愛い子を発見!』
『ねぇねぇ、何してるの?』
『じゃあ、一緒に遊ぼうよ』
ここまでは、何回かアタックしていればクリアできる。重要なのはこのあとだ。LINE交換をして後日へ繋げる(常連化)もよし、うまくいけばナンパ最大の目的である〝アレ〟を……いや、うまくいけばマスターや女将さんと仲良くなれるかもしれない。
何を隠そう、酒場ナビのイカとは、十数年前にはよくナンパをしていた。それが今では、女の子を酒場に変えて狩りを続いているのだから不思議だ。そんなことも含めて、酒場探しとナンパは、やはり似ている気がするのだ。
そういえば、あの日もナンパしてたなぁ……
『生麦駅』
相変わらず〝なんだ、この駅名〟と思わずにはいられない。ただ、この駅には個人的三大立ち飲み屋である『大番』があり、近くまでくれば、立ち寄らずにはいられない駅でもある。この町も確か、酒場ナンパ師のイカから教えてもらったはず。
『あそこの街はナンパスポットらしい』──あんな名店があるなら他にも名酒場がないかと、駅前の商店街を進む。さて、どこかにカワイ子ちゃんはいないか……むむっ?
『トン幸』
ほどなくして、『おっ、可愛い子を発見!』──看板には大衆酒場、おでん、やきとりなどと魅力的なワードが並ぶ。ポイント高けえな。もうちょっと、近寄ってみよう。
ミニスカどころか、大胆な縄のれんだ! これは呑兵衛としても助兵衛としても、中を覗きたくなりますねぇ……まだ外は明るい時間だが、どうやら営っていそうだ。『ねぇねぇ、何してるの?』──よし、ちょっと声を掛けてみるか。
「すいませーん、空いてますか……?」
店中は、私好みの褐色ギャル……いや、壁や天井、メニュー札がいい感じに色焼けしている。カウンターの赤い丸イスが可愛いな……床のタイルパターンも、とびきりキュートだ。繁々と店内を伺っていると、奥から女将さんが出てきた。
「大丈夫ですよー、そちらの席どうぞ」
よし、まずはファーストコンタクトに成功だ。『じゃあ、一緒に遊ぼうよ』──四人掛けのテーブル席に座り、この店はどんなコなのかを探らなければならない。ここは一杯飲って、勢いをつけたいところ。
『生グレープフルーツサワー』
グビッ……グレッ……グビッ……スッパぁぁぁンまい!! グレフルの果実感が、だいぶ濃い。いいですよ、そんな濃いキャラクターだって嫌いじゃない。ツカミはオーケー、お次は料理を拝見させてもらおうと、メニューを舐めるように見ると……おっ、気になる文字を発見。
『自家製シュウマイ』
〝自家製〟という文字を、見過ごすわけにはいかない。どこの店でもそうだが、この文字をアタマにポンと付けるということは〝ウチの味、試してごらん〟という、ある意味、店から客への〝挑戦状〟となるのだ。どれどれ、温かいところをアングリ──おっ、こいつはウメェぞ。子ぶりながらも、ぎゅっと詰まった餡からは、肉々しい旨汁がじゅんわり。肉自体にしっかり味が練り込まれているので、そのままノーメイクでもおいしく頂ける。
『野菜サラダ』
トマト、ブロッコリー、アスパラ、パプリカ、みょうが、銀杏……なんという、彩り豊かで女の子らしいサラダだ。どれも「パリッ」というよりかは「シャキッ」という、瑞々しい歯ざわり堪らない。味付けもあっさりと絶妙で、ミス・サラダグランプリを開催した際には、ぜひとも参加していただきたい。
見た目よし、中身もよし。この時点で、だいぶこの子のことが気になっているが、次にこの子はとんでもないものが出してきたのだ。
トンッ
『自家製チャーシュー』
うっわ……な、なんちゅうウマそうな肉山だ……! 豊満なもやし山の山肌に、フェロモンたっぷりの極厚チャーシューがドッシリ五枚。極めつけが、大量のネギ盛りだ。サラダもそうだが、配色がすばらしい。辛抱たまらず、箸でひとつ持ち上げると……
ズシッ……重いッ!!
箸先では持てないほど、ズシリと重たいチャーシュー。口から迎えに行ってガブリ──うんめぇぇぇぇッ!! 肉を噛むと、舌にある味蕾という味蕾が覚醒し、そこへ大量の肉汁がジュウワァと押し寄せた。
モグッ……モグッ……モグッ……肉が止まらない。所々にネギがシャリパリとアクセントとなり、思わず唸りあげる。ウマい、いや、かなりウマい。気が遠くなるほど、ウマいが長い。
始まって一時間も経っていないが、これはとんでもない〝上玉〟を釣りあげてしまったようだ。
あとやっぱり、見た目がストライクなんだよなぁ……どこを見たって完璧に近い。おっ、露出した肩も、ツルツルと綺麗ですねぇ。
さりげなくテーブルの肩に触れて、スキンシップをとってみると、この子だってまんざらでもない表情。さっき会ったばかりなのに、完全に惚れてしまった。一目惚れとは、このことに違いない。ただ、重要なのはこのあとだ。このまま何もしなかったら、この子にはもう二度と会えないかもしれない……そんなのは、絶対に後悔するだろう。
腹を決めた──こいつは、最後までいくしかないっ!!
「ごちそうさまでした。あ、あの、出来たらでいいですけど……」
店を出る際に、思い切って女将さんに声をかけた。緊張の瞬間、これが失敗したらショックだが……
「あぁ、ダメですか?……そうですかぁ」
断られた! と思いきや、
「えっ、いいんですか!? やったー!!」
特別にオーケーをいただいたのだ。やっぱり、攻めてみるもんだねぇ。
そんなこんなで、遂に私は、ナンパ最大の目的である〝アレ〟に成功したのである。
エヘヘ、『お持ちかえり』に成功しちゃいました。
そのあと、どうなったかって……? 野暮なこと訊くねぇ、酒場をナンパしてみれば分かりますよ。
トン幸(とんこう)
住所: | 神奈川県横浜市鶴見区生麦3丁目7-2 |
---|---|
TEL: | 045-502-6181 |
営業時間: | 月~土、祝日、祝前日: 16:00~23:00 |
定休日: | 日曜・月曜祝日 |