亀戸「松ちゃん」東京のダウンタウンでごっつええ秘密にしたい酒場
「あぁぁぁ……! マジでここ、マジでイイなぁぁぁ……」
どんなものでも、心の底からいいなと思うと、大声だろうが小声だろうが、一人だろうが十人いようが〝マジの叫び〟をしてしまわないだろうか。例えば、本当にいい映画を見たとき、本当にいい景色を見たとき、本当にウマい料理を食べたときなど……私なんかは酒場ばかりに行っているのが、稀に思ってもいなかった名酒場と出会い、ため息を吐くかの如く、何度もマジの叫びを咆哮するのだ。
「完璧だ……マジで、明日も来ようかな……」
人の欲というか性というか、いいものほど秘密にしておきたくなる。まさにそこは、そんな名酒場で、ここ数年の間でも特に感銘を受けた酒場のひとつだった。
それは遡ること、ちょうど一年前のことであった。
西東京に住んでいる私にとって、東京ド下町の『亀戸』あたりは中々行きづらい。
〝え? 亀戸って『こち亀』の町だよね?〟
だからそっちじゃねえっつーの、というやり取りを今まで何度となく繰り返されてきたであろう町『亀戸』。酒の用事だったら、大概は一つ前の『錦糸町』か『小岩』で済むことが多いのだが、この日は何となく亀戸まで酒足を延ばしてみようと思ったのだ。何軒かの酒場を渡り飲み、酔い覚ましに歩いていると……
『松ちゃん』
うおっ……と思わず、強めの声が出た。なんですか、この素晴らしい店構えは。大きいマンションの隙間に、細長いモルタルのアパートが異色の存在感。
なんといっても、このベロンとした錆のテント屋根が目を引いてしょうがない。どうやったらこんな状態になるのか、マジで気になる……
〝松ちゃん〟と大書された渋暖簾も魅力的。これは入らないといけない、入らなければ酒場の神様から天罰が下るだろう。心の底からワクワクする感情を抑えながら、暖簾を引いた。
「いらっしゃい」
おぉっ、外観から予想通り細長の店内! 店内も面白い造りで、天井の下にまた屋根がある。手前に四人テーブルが三つ、奥に掘りごたつの小上がりも見える。他に客もいなく、この不思議な空間には自分だけだ。
今思えば、この時から〝ここには何かある〟と予感していたのかもしれない──図らずも口角の上がった口元を片手で隠しながら、店の入り口から一番近いテーブルに酒座を決めた。
「生グレサワーください」
「はい」
寡黙な女将さんに酒を頼むと、間もなく酒が届いた……えっ!
『生グレープフルーツサワー』
なんと、ジョッキには四分の一にカットされた、ピンクグレープフルーツがズドリと浮かべられていたのだった。
こんな生グレ、見たことがない。興味津々で飲んでみると、これまた野趣あふれるピングレの強めの味が、ガツンとタンサンと相まって、マジでウマいのナンのって。間違いなく、家飲みでもマネするだろう。
生グレでこのパンチ力とは……こりゃ、料理も楽しみだいっ!
『皮なしシュウマイ』
面食らったその名前に思わず注文したが、届いてみてなるほど、こりゃ〝皮なしシュウマイ〟だと納得。要するに、肉団子のようなものなのだが、ひと口食べればそれがただの肉団子ではないと解る。
とにかく、蕩りと柔らかい。レアのような食感に大きめのタケノコのシャリリとしたアクセントが半端じゃないマリアージュなのだ。こんなのは食べたことがない、シュウマイというより、何か別のウマい料理だ。
『お刺身三点盛』
うおっ、なんちゅう迫力! 厚切りのハマチが四切れにコハダがドサリ。極めつけに巨大赤エビが二尾というド派手な三点盛。これが……500円て、嘘でしょう? もちろん鮮度は抜群で、ハマチの溶けるような脂の旨味、コハダの締り具合も超絶妙、赤エビのブリンブリン、ブリンブリン! もう一回言おう、これがマジで500円?
「あぁぁぁ……! マジでここ、マジでイイなぁぁぁ……」
この辺りで〝ここは自分だけの秘密にしてぇ〟と思い始めていた。ましてや、マジの呑兵衛が集う酒場ナビの記事に載せるのは躊躇する。うーむ……しかめっ面で葛藤を繰り返していると、メニューにこれまた魅力的な文字が見えて破顔一笑。
『スルメイカ姿造り』
ぎ……ぎぃやああああッ! 超大好物のスルメイカ一本丸ごとの刺身! 地元秋田ではよく見かけたが、東京で初めて見たかもしれない。しかも驚くことに……
肝が丸ごと一本、これにはやられた! 東京の下町大衆酒場で、スルメイカの肝を出すところがあるなんて、僕ちゃん夢にも思っていなかった。すぐにでもムシャブリつきたいところだが、ここは一旦おさえて、切り身からいただこう。お造りといっても、火が少し入っているが、これがまたお見事。プツッと弾けるような食感は、生にはない、半生だからこそ味わえるウマさ。ゲソも同じく、これは周到に計算された逸品だ。
さぁて、ある意味〝主役〟をいただこうとしよう。小皿に肝袋を絞ると、なんとも神々しい褐色がトロリ……ペロリとそれを舐めると──ううううんめぇぇぇぇっ!!
肝のほろ苦い味が、舌から脳天に突き抜けるようだ。こいつをチビチビ舐めては酒で流す、マジで、ごっつええ。しかも、恐ろしいことにこれがたったの350円で味わえるのだ。その後、グラスに酒を何度も継ぎ足したのは言うまでもない。
客が他に居なかったとはいえ、興奮のあまり騒がしかったかもしれないが、こんな凄い料理を出されてはしょうがない。なにより、客に安く、ウマい料理で飲って貰うという店の心意気を、こんなにも感じる酒場はなかなかお目に掛かれないと思うと、何度もニヤついてしまうのだ。
「完璧だ……マジで、明日も来ようかな……」
ウマい、安い、居心地も最高。実はこの後も、絶品料理を発見しては驚嘆の嵐だったのだが──あぁ……やっぱり記事せず、お蔵入りにしたくなってきた。うん、そうしようか……いや、待てよ。やはりそれは、全国の酒場ファンに不義理じゃないだろうか……?
よしじゃあ、こんなのはどうだ、実は私の理想であり〝妄想〟の酒場だったということにするとか。それか、店名を松ちゃんではなく〝浜ちゃん〟で紹介しちゃうとか──
そんな葛藤というマジの叫びから、ちょうど一年。ようやく決心がつきました。
松ちゃん(まっちゃん)
住所: | 東京都江東区亀戸2-38-2 |
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TEL: | 03-5609-5565 |
営業時間: | 15:00~24:00 |
定休日: | 木曜日 |