武蔵小金井「大黒屋」フォー・デザイア Get up×3, SAKA-Burning love
人間の三大欲求とは『食欲』『性欲』『睡眠欲』であることは有名であるが、実はもう一つ、人間の五感でいうところのシックス・センスのようなもので、〝四つ目の欲〟というものが存在する。〝フォー・デザイア〟とでもいおうか、具体的に言うと〝酒場欲〟だ。これはアルコール中毒とは違って、あくまで酒場に対しての欲求のことになる。
「酒場の匂いが恋しい」
「酒場の煮込みが食べたくてしかたがない」
「酒場のテーブルに触れたい」
などなど。昨今の新コロ大馬鹿野郎のせいで、特にこのフォー・デザイアが疼く呑兵衛に溢れかえっている。もちろん、私も基本的に自宅待機の身であるから、欲求不満の日々が続いている。自宅療養の方であれば十日間も経てば復帰できるらしいが、自宅待機はまだまだ先行きが見えずもどかしい。とはいえ、フォー・デザイアを少しでも和らげるために、こうしてパソコンへ向かい、過去に訪れた名店を書き綴っていくしか他ないのである。
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「どこですか、ここ……」
2021年2月の武蔵小金井駅。以前はよく使っていたのだが、久しぶりに訪れてみると、開かずの踏切は無くなり、何もなかった南口は大発展していて、まったく別の駅に変貌していた。浦島状態で懐かしの街を散策していたが、その酒場だけは何も変わっていなかった。
『大黒屋』
存在こそ知ってはいたのだが、結局今の今まで訪れることはなかったのだ。わりと新しいマンションの一階部分に収まってはいるが、ここへは移転してきたらしく、酒場の歴史自体は相当古い。もしかすると、私が上京してきたくらいの時は、まだ移転前の戸建てで営業していたかもしれないと思うと、口惜しくてしかたがない。
カラカラカラ……
「いらっしゃいませー」
嗚呼……すんげえ、すんげえイイですねぇ。民芸調の店内は、およそコンクリートマンションの一部とは思えないような木の温もりを感じ、カウンターから望める広い厨房には、女将さんと若いお運び女子が、かいがいしく働く姿、しっぽり飲み耽る先輩方を、提灯の光がやんわりと照らすその光景……完璧じゃないか。
移転前だった時のことを想像すると、身震いしてしまう。そして、なにより気に入ったのがこれだ。
このテーブル! 分厚く重厚感がたまらない!
肌ざわりも最高。何十年もかけて酒で磨かれ、客の肘を擦り、ようやくこの状態になるのだ。どうにか端っこだけでもいいから、カットして貰えないだろうか。それでスマホケースを作って、いつでもこの肌触りを感じていたい。
運よくその一角が酒座に決まり、ウッキウキで酎ハイを頂くことに。〝純ハイ〟のロゴがステキだ。
ウグッ……ウグッ……ウキッ──、おいしいでございます。そして、お気に入りのカウンターにグラスをトンッ。アハァ、いい音色……もう一度、トンッ。それじゃあ、料理もいただくでございますか、トトンッ。
『やきとん』
色、照り、型……これほど、やきとんらしいやきとんなんて、なかなか無いんじゃないだろうか。ハモッと加え込み、スッと串から引き抜く。クッ、クッ、クッ……うまいですねぇ。蕩けるタレの甘じょっぱさが、ぎゅうっと肉の弾力と相まって至極タマラナイ。
皆からひと足遅れての登場の『ツクネ』が、特に名作だった。一見、どこにでもあるツクネのようだが、ひと口食べれば「熱ちちちっ!!」と、思わず声を上げるほどの激熱ぶり。
ツクネの中からモワッと、カンゲキ湯気さん登場するや否や、大量の肉汁があふれ出す。これを啜るように食らえば、舌が火傷しそうになりつつも、その熱さと肉汁のウマさが、えも言われぬ快感となる。〝熱ウマい〟というのは、このツクネのことだ。
『煮込み』
さらに〝面白い煮込み〟というのは、この煮込みのことだ。なんと……煮込みにジャガイモが入っているという。子供のころ、母親が味噌汁にジャガイモを入れてくるのが、とても嫌だったので、これも一瞬〝邪道〟だなと思ってしまったが、まったくもってそれは間違いだった。相当煮込んだであろう、モツ肉がとにかく柔らかいのだが、その柔らかさにジャガイモのホクホクした食感がビックリするぐらいマッチしているのだ。
しかもこのジャガイモ、煮込みの旨汁を大量に吸い込んでいるから、もうそこには〝ウマい〟しかないのだ。恐れ入った、これは一食の価値あり。
──カタカタカタ
文字を打つキーボードに、ヨダレが落ちる。本当にウマかったよなぁ、煮込みのジャガイモ。味付けも、ちょうどよくてさ。この後、俺なに頼んだんだっけ……ああ、そうか、あれだったなぁ──
「芋のお湯割りくださいっ」
雰囲気よし、料理よし、となると、お気に入りの酒を合わせたくなるのが呑兵衛の性ってもんよ。
きゃっ、フルセットできちゃったよ♪。ドンと魔法瓶が居てくれる安心感、うれしいねぇ。
濃い目の焼酎に、魔法瓶からお湯をドブドブ淹れまして、熱いところをツイ──……、ク──ッ!! 芋焼酎は最高だね……ん?
「うわっ臭っ!!」
『クサヤ』
強烈な発酵臭! 注文して厨房で焼き始めると、店内がザワつくのが分かるほど。納豆なんて比ではない、とにかく臭いのだ。ただ、初めて東京都にある島『八丈島』で食べてから、大好物となった珍品である。たまに出してくれる酒場はあるが、やはりニオイが強烈なので、控えめなクサヤが多いが、ここのはモロだ。
毎回、ひと口目は箸が震えるのだが、ひと口食べてみるとやはりウマいのだ。口に入った瞬間、あの強烈だったニオイが、熟成された例えようのないフレグランスと化し、〝クサヤ液〟の塩辛さが、これでもかと沁みたアジの身によって、芋の甘い酒をグイグイと飲らせるのだ。
自分の家なら近所迷惑で、絶対にこんなアテを作ることはできないだろう。そもそも、やきとんだって焼けるわけがないし、ジャガイモの煮込みなんて手間がかかり過ぎる。だから酒場ってもんが貴重なのだ。
やはり、我が人生の在るべき場所は、酒場の灯の下でしかない。
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カタカタカタ……タンッ!
最後にエンターキーを押して、深くため息をつく。なんの気兼ねもなく、のんべんだらりと酒場で飲りたい。
また、禁断症状がはじまる頃だ。
『食欲』『性欲』『睡眠欲』の三大欲求を引き換えにしてでも、フォー・デザイア〝酒場欲〟を満たしてはもらえないでしょうか、酒場の神様。
大黒屋(だいこくや)
住所: | 東京都小金井市本町5-17-20-101 |
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TEL: | 042-381-2600 |
営業時間: | 17:00~22:00 |
定休日: | 日曜・祝日 |