国登録有形文化財で無形文化財級の丼と昼酒を/三国「料理茶屋 魚志楼」
もしも「無人島に食べ物をひとつ持っていけるとしたら?」と聞かれたら、私はいくつか悩んだ末に「茶碗蒸し」を選択する。それほどまでに大好物なのだ。
もともと茶碗蒸しに対しては好きでも嫌いでもなく、プリンの塩っぱい版程度の認識しかなかった。それが激変したのは子供のころ。たまに訪ねていた親戚のおばさんが作る茶碗蒸しがとんでもなく旨くて、それ以来、とにかく目がない。甘いタイプ、具沢山タイプ、どんなタイプでもいい。たまに旅館の朝食に茶碗蒸しがあって、同行者が「いらない」と言い出すことがある。実はそんなに人気のないメニューだったりするのだが、そんなとき私は、たとえ小さな子供が同行していようと遠慮なく奪い取る。
もちろん、スーパーの茶碗蒸しもよく買う。ここでいつも思うことがある。スーパーに並ぶあのチープな茶碗蒸しの種類は、大概「海老」と「松茸」の二つなのだ。貧乏性である私はすぐさま松茸を選ぶのだが、なぜかいつも海老のほうが売れている。マジで意味が分からない。確かに海老も旨いが、相手はあの松茸サンだぜ? いくら海老っちでも敵わないだろうと、私は心の中で勝ち誇りながら松茸を四つ買って帰るのだ。

そんな海老のライバル、カニで有名な福井県にやってきた。はじめて足を踏み入れた地だが……正直に言おう。なんでしょう、他の土地にはないこの圧倒的な〝なにがあるの?〟感。

思い出せ。カニ、永平寺、東尋坊……あとは、うーん……あ、恐竜! せっかく北陸新幹線が福井県敦賀市まで開通したのだから、もっと積極的にアピールをしたらいい気がする。

そんなお節介な自問自答を繰り返しつつ、私は港町『三国』の、とある酒場を目指して歩いていた。本当に静かな漁村然とした住宅街を歩いていると……

はい出たっ、『料理茶屋 魚志楼』だ! 三国湊の風情を色濃く残す、べんがら格子の見事な佇まい。国登録有形文化財にも指定されているというその外観は、ただそこにあるだけで街の歴史を物語っている。

年月を経て磨き上げられた木造建築の重厚感と、軒先に下がる看板の潔さ。気取った装飾などなくとも、本物だけが持つ圧倒的なオーラが建物の隙間から滲み出ている。こんな無骨で美しい佇まいを前にして、素通りできる呑兵衛などこの世に存在するはずがない。軽めの昼酒といこう。
「いらっしゃいませ」

中へ入れば、そこは港町とは完全に遮断された静謐な空間だった。歴史を感じさせる見事な設え、磨き込まれた通路。

奥のお座敷も魅力的だが、私は手前にある渋カウンターに腰を下ろした。すると、社寺にいるかのような安心する感覚に包まれた。

ここなら、俗世の憂さを忘れて、ただ静かに酒と向き合うことができそうだ。なんかいいじゃない、福井県。

まずは渇いた喉を黙らせるべく、よく冷えた瓶ビールを注文する。グラスに注ぎ、一気に煽る。

ごくんっ……みくんっ……ごくんっ……、うま溺れるっ! 冷たい黄金色の液体が、渇いた喉の粘膜をスカッとリフレッシュしてくれる。歴史ある空間で味わう一杯は、なんとも心地よい。もっと、もっと福井の心地よさを体感したい……!

そうとなれば『炙りへしこ』だ。福井といえばこれ、これといえば福井である。ひと口かじれば、カリカリとした表面の香ばしい食感とともに、強烈なしょっぱさが口内を支配する。しかし、その直後に鯖の濃厚なうま味がじゅわっと追いかけてくるのだ。

この塩気とコク深い味わいが、ビールや日本酒を無限に要求してくる。まさに、酒呑みのために存在するようなクセになる絶品。これぞ〝郷土の誇り味〟である。

続いては、三国の宝石箱『おまかせ丼』。同行者が頼んだものだが、たまらず箸が伸びる。甘海老、タコ、カンパチ、マグロ、ヒラメが所狭しと並べられている。新鮮な海の幸が放つ輝きに、思わず目が眩む。カンパチのなめらかな舌触り、タコの弾力、ヒラメの繊細な甘み。どれをとっても一級品だが、これらが一つの丼の中で見事な調和を見せている。酢飯とともに掻き込めば、贅沢なうま味が渾然一体となって押し寄せ、気分が高まるごちそうであった。
あまりのおいしさにモジモジと用を足したくなり、店の方にトイレの場所を訊ねた。

すると、随分と奥まったところへ案内されたのだが、これが衝撃だった。なんでもない障子扉を引くと、歴史的な日本家屋の意匠。

手入れの行き届いた中庭の静寂、そしてギャラリーのように美しい廊下。過去イチで〝トイレまでの道のりが最高〟な酒場である。

夜はここで飲ることができるのだろうか? レトロ建築好きの私にとって、これは一石二鳥どころの騒ぎではない。

興奮冷めやらぬまま席に戻り、真打ちの『甘海老漬け丼』と対峙する。まるでジオングのアーム・ユニットの如く連射砲感。艶やかに透き通った甘海老が、これでもかと敷き詰められている。特製のタレがしみ込んだその身をひと口運ぶ。
「……マジで、うめえ」
思わず小声になっていた。なぜ、本当においしいものを食べると人は小声になるのだろうか。とろけるような口どけのあとに、濃密な甘みが爆発する。

私が普段スーパーで買っているあの小さな海老は、一体なんだったのか。甘海老って、こんなにも極うまで、風味豊かな生き物だったのか。海の神髄に触れた瞬間であった。
旨い料理、トイレまでの道のりを踏まえて、ここほど〝夜にも来てみてえ〟と思ったところはない。初福井で早くも大きな宿題ができてしまった。

完全に満たされた胃袋と心を抱えながら、会計を済ませる。いや……福井県、恐るべし! アピールが足りないなどと偉そうなことを言ったことが恥ずかしい。これほどの真実の味が隠されているのだから、安売りする必要などないのだ。
純粋に「海老ってうめえ」と、目から鱗……いや、殻の気分。とりあえず、今後はスーパーの茶碗蒸しを買うとき、松茸を四つ、そして海老を二つ買うことに決めた。
料理茶屋 魚志楼(りょうりぢゃや うおしろう)
| 住所: | 福井県坂井市三国町神明3-7-23 |
|---|---|
| TEL: | 0776-82-0141 |
| 営業時間: | 11:30 - 14:00×18:00 - 22:00 |
| 定休日: | 不定休 |


