有楽町「八起」或るガード下のリリシズム
昔のドラマやコント番組、あと漫画やアニメなんかで、ガード下の一杯飲み屋でオッサンが独酌しているのだが、電車が通るたびに「ガタン、ゴトン」と通過音が店内に響いく、というシーンを覚えていないだろうか。本当ならただの騒音でしかいのだが、酒場でのあれはどこか叙情的で……おそらく世界でも日本にしかない場景なんじゃないだろうか。
子供のころから当たり前のように見てきたが、実は田舎だとリアルなあの場景は体験できない。なぜなら、田舎にはそもそも電車の高架線がないからだ。私の知る限りでも、地元秋田の酒場でガード下にある酒場はないはずだ(あったら失礼)
それなのに、不思議と魅力を感じるのだ。十代の若い子が、畳部屋やお線香の匂いを嗅ぐと「落ち着く」というのと同じようなもので、日本人として生まれてくると、DNAレベルで日本らしいものに対して感情を抱くものなのだ。
特にオッサンとなった今、ガード下の一杯飲み屋で〝あの音〟と飲るのが楽しみでねぇ。
『有楽町』
東京駅から有楽町、新橋と散歩するのが好きで、特にこの有楽町一帯はお気に入りだ。ひとたび駅を出ると、超巨大なビル群が威圧的に連なっているのだが、ここのガード下だけは昭和や平成の懐かしき面影を残している。
ただ、新橋方面まで続くこのガード下は、老朽化かと共に、年々姿を消しつつある。ちょっと前までは通れていた通路も、今では通れなくってしまうのが残念でしかたない。
『八起』
有楽町駅を出て、晴海通りを越えてすぐのガード下に、一際目立つ一角が現れた。これぞまさしく、ガード下の一杯飲み屋の佇まい。そして、ここは赤羽にある名酒場『八起』の姉妹店だ。この達磨のイラストも久しぶりに見たが、元気そうでなにより。これも達磨さんの思し召し、ちょっと一杯飲っていきますか。
「らっしゃいせー!」
元気な年配のお運び男性の掛け声で中へ入ると、こりゃタマゲタ。超絶〝大箱〟じゃないか、しかもワンフロアでだ。幼稚園の運動会ぐらいだったら出来るかもしれない。
いい具合の明かりが灯る店内は、怪しげに奥へと続いており、一歩踏み入れるたびに好奇心が掻き立てられ──
「ガタン、ゴトン……ガタン──」
おっと、ガード下の音が聴こえてきましたね。この大箱で私以外は二人組の客のみというのもあってか、店内にレール音が強めに響き渡る。私はその音が特に聞こえる真下に酒座を決めた。ひとつ目の電車が通過したところで、まずは酒といこうか。
『633』
シゴキにシゴかれまくった黒テーブルと、麦汁の黄金色の対比がいいねぇ。汗だくのグラスに、こんもり泡をカポリと口に含む。同時に、また頭上へ電車がやってきたようだ。
レール音に合わせて、トクン……ガタン……トクン……、ウマガタンっ!! 大箱で飲む酒は、広い大自然の中と同じで、開放感があって特にウマく感じる。そうなると、この大自然でおいしい料理もいただこうかしらね。
「すいませーん、注文いいですか?」
「はいっ、何にしましょう!?」
ここの店員さんの声が大きいのは、やはり「ガタン、ゴトン」の音量に負けまいとしてなのだろう。
『牛すじ煮込み』
あらっ、あらまぁ……色黒で健康的な、私のタイプの子が来ちゃったよ。スジ肉とコンニャクが互いに蕩け合って、見るからに旨そうだ。
レンゲでスジ肉を崩さないように、そっと持ち上げてズルリリルハ。スジ肉は、あっという間に舌の上で溶けたかと思うと、後からは牛のミルキィな風味が口中にじんわりと追ってくる。達磨煮込み、やりますね……
「ガタン、ゴトン! ガタタン、ゴトン!」
おおっ、ここは本当に線路が近いんだな、レール音がだいぶ大きい。なんか、普通の電車の音より重みがある。
『やきとん 五本盛り』
タレジャブに染みたやきとん達が、お行儀よく並ぶ。私は、初めての酒場で串物を細かく注文するが億劫で、セットがあればそれを頼む。
その中でウマかったものがあれば、別で部位をお代わりという具合なのだが、ここのは部位というよりタレがウマい。サラサラだけど旨味濃い目タイプ。よって、どれをお代わりしても間違いはないだろう。
「ガガガガ──ッ!! ギギギギ──ッ!!」
うわっ、うるさっ! レール音うるさっ!
今のは、直撃だったな……そういえば、この上にはどの路線が走っているんだ? スマホで調べてみると、山手線、東海道線、京浜東北線、そしてこの店の真上は……なんと、新幹線! うるせえわけだよ。ただ、新幹線のガード下で飲っていると思うと、ちょっと得した気分でもある。
『ホッケ焼き』
音もデカが、このホッケも負けずにデカい。新幹線の形にも見える身に、箸を挿してひと口。
ホクホケ、プリプリとした身は、ホッケ特有のじんわりと染み出すような旨味がたまりません。根魚(岩の間に根付く魚)であるホッケは、アイナメと同じ高級魚の仲間であるはずなのに、世間のイメージはガチガチの大衆魚なところがまたニクイ。だからか、こんなガード下の大衆酒場だと、どうしてもコイツで飲りたくなるのだ。
……お、また新幹線が来たな。
〝こっちに煮込みと刺身盛りね!〟
〝はいよ!〟
ガタン、ゴトン……ガタン──
〝え? 何だって、聞こえねーよ!?〟
〝だから、部長のクソ野郎がさ……〟
ゴトゴト、ギギギギ──ッ……
今のこの大箱にとっては、少し寂しい時間が続いているかもしれないが、次に来る頃には、きっとここが目いっぱいの客で埋まり、その大音声と、それに負けないガード下の音とで奏でていることを楽しみにしている。
八起(やおき)
住所: | 東京都千代田区有楽町2-1-21 |
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TEL: | 03-3591-2778 |
営業時間: | 17:00~ |
定休日: | 日曜日 |