新ジャンル〝実家系〟酒場でノスタルジッカを体験したい!
私も大好きな人気のラーメンに〝家系〟があるが、酒場にも 家系が存在する。それが〝実家系〟だ。酒場好きなら大体察しが付くだろう、久しぶりに実家に帰った時に感じるあの〝落ち着き〟を彷彿させる酒場だ。
何千回と開け閉めした玄関から、居間に入るとそこには巨大テレビと大きな家族テーブル。飼い猫が引っ搔いた痕が残るソファー、マグネットで張り紙だらけの冷蔵庫……落ち着くなぁ。
「なんだ、帰って来たのか」と、今日帰ってくるのを分かっているのに、ワザとらしく登場する父親をよそに、親戚家族へ電話を架けながら「今夜はみんな呼んで夕食にするわよ」と母親のハリキリ顔──遠かれ近かれ、誰もがこんな風に〝実家〟というも対してのイメージがあるはずだが、稀にそんな雰囲気を醸し出す酒場に当たることがある。そんな酒場のことを、私は〝実家系〟と呼んでいる。
古い大衆酒場や、店舗兼自宅の酒場ともちょっと違う。あくまでも、その酒場の中から醸し出す雰囲気と、自分の中にある実家のイメージが合致した時にはじめて生まれるのだ。それ故に、なかなかこの実家系に出会うことは少ない……というか、見つけようとして見つけることは、ほぼ不可能なのだが……
『立川』という街は、なかなか説明しづらい。都会だけど都会ではない、なんでも揃っているけど新宿ほどではない。大きな公園もあるし、住みやすい街なのだろうけど、吉祥寺ほど住んでみたい人気の街とも言えない……うん、説明しづらい。酒場もそうで、いい酒場もあるのだけど「じゃあどこよ?」と言われたたら「えっと……」となる。然りとて、どこか訪れたくなる街が立川なのだ。
そうやって今夜も訪れては、酒場を探していた。しばらく駅の周辺を歩いていると……
おろろっ、これはステキ外観ですねぇ。『甚句』……なんて読むんだろう。いや、そんなことより、なんだか〝良店〟のにおいがプンプンする。これは入ってみるしかないぞ。
♪甚句入るば 四十がさかり 暖簾過ぎれば こころが踊る──
あれ? 今、民謡が聴こえたような……まぁいいかと、長暖簾を割った。
「いらっしゃい」
──!?
こ、これは……!!
襖を外して広々とした畳の客間、座椅子と座布団、大きなテレビと障子の温かみ……実家じゃん! もう親戚だって集まってるじゃんよ……! 出会って4秒で居心地がいい。
母ちゃん……いや、女将さんに案内されて座ったのが、巨大テレビの前。こりゃ、親戚連中……いや、客から目立ってしまうな。だが、それがいい。さっそく酒だ、酒。
〝母ちゃん、ビール出してくれ!〟
親戚が集まる前に飲るって、なんだかうれしい。では、失礼して……
ゴキュッ……ゴキュッ……ゴキュッ……、ツ────馬鹿うんめぇ!! 障子からは、まだうっすらと群青色が映っていて、後頭部のテレビからは夕方のニュースが流れる。時間も雰囲気も丁度いい、すべてが丁度良すぎる!
〝とりあえず、これで飲ってなさい〟と言わんばかりに登場した『塩辛』は、もちろん自家製。絞りたてのワタのクリーミーがツルシコのイカにほろ苦い。塩辛にネギを乗せちゃうところが、実家っぽいよなぁ。
『ブロッコリーとエビマヨ』なんて普段頼まないが、ここは実家だ。ブロッコリーとトマト、レタスに玉ねぎとさらにレモン、〝アンタ、普段野菜なんて食べないんでしょ?〟と、母ちゃんの声が聞こえてくるようだ。しかし、これが滅法イケてる。バリモリと野菜を頬張り、そこにプリプリのエビがおいしい。
「ただ母ちゃん、これってエビマヨじゃないよ」と突っ込みたくなるが、おいしいから別にいいのだ。
〝SNSで人気のワンちゃん、〇〇君が……〟
後頭部で流れるニュースに、親戚のおっちゃんの……いや、客の視線を集めている。しかし、恐ろしく画面が近い。そういえば、よく「もっとテレビから離れて観なさい」と親に怒られたが、そこにはいつもテレビ好きだった愛犬『クロ』も横にいて、一緒に怒られたものだ。
〝定年した父親あるある〟で、突然何かに凝り出す。その中のひとつが〝料理〟だ。私の父親も突然『煮込み』に凝りだして、私が帰省するたびに煮込みを作る。なぜ煮込みなのかは解らないが、かなり自信があるらしい。
趣味だけに採算度外視、それでいて凝っているからおいしいに決まっている。ここの煮込みもそんな感じだ。濃いめのスープを、たっぷりと時間をかけて染み込ませたモツの柔らかさ。ネギの山盛りがたまらない。私も将来は、こんな煮込みを作りたい。
前触れもなく『ナポリタン』が登場するのも実家らしい。「母ちゃん、もう食えねぇって!」といいつつも、ひと口すすってみると、もうひと口、またひと口と、フォークが進んでしまう不思議。ここのは、ソーセージと玉ねぎにピーマン、すでに粉チーズまでがかかっている面倒見の良さ。
マナーなんて関係ない、タバスコをバシャバシャ振りかけて一気にすすり上げる! これよこれ……このケチャップだけのシンプルな味がいいのよ。満腹中枢なんてどこへやら、あっという間に平らげたのである。
見渡せば、こちらもあっという間に満席状態。なんでだろう……酒場の満席って窮屈で好きじゃないのだけれど、ここではまったくそんな気にならない。
座布団に座って、足をグーっと伸ばして、テーブルに肘をついて、ゆっくりと酒を飲む……何ひとつ、気を使うことがない。ずっと居れるぞ、これ。
「はーい、ご苦労様」
「ありがとうございます!」
ここのアルバイトであろう女の子二人が店に入ってくると、女将さんから給料袋を受け取った。封筒手渡しなんて未だにあるんだと驚いたが、それも子供がお母さんからお小遣いをもらうようで、なんとも微笑ましい光景だ。
嗚呼、なんてノスタルジー……いや、ノスタルジッカとでも言おうか。
あとはここで風呂を借りて、みんなと雑魚寝状態でぐっすりと眠るだけ……というわけにはいかない。じゃあそろそろ、久しく帰っていない本当の実家に帰ってみようかな。
甚句(じんく)
住所: | 東京都立川市錦町2-1-21 |
---|---|
TEL: | 042-527-9368 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日曜日 |