一年で最も愛する時間…ちょいと贅沢な酒場で年末年始を/武蔵小金井「入船」
一年に季節は4つ、最近は〝秋〟が消滅したという説もあるが、その時折々の気候やイベントが楽しく、四季のある日本に生まれてよかったとしみじみ想う。季節のほかに〝期間〟があって、私は年末年始のみにある独特な期間が大好きだ。
12月20日くらいか、〝いよいよ年の瀬〟の慌ただしさから始まる。25日にはクリスマス……まぁ、クリスマスに何かするのかって訳じゃないが、街中で聞こえるクリスマスソングを聞きながら、急遽決まった忘年会をいくつもこなしていく。28日には仕事を納め、家でダラダラとストックしていた映画を観たり、久しぶりに友人らとホントにホントの忘年会をしたり……こんこんと過ぎる時間がたまらない。
寿司と酒を飲みながら除夜の鐘を聞いて、ほんのひと眠り……ハッと気が付けば1日の午後過ぎ。暖かい恰好をして近所の神社にお参りへ。家でお神酒を嗜んでいると、なんだか急にこの暇な時間がもったいなく感じてくる。おもむろに友人らに連絡すると、すでに集まって宴会中のこと。なーんだ、早く行ってくれよと、浅草あたりの飲みの場へ集合して、ダラダラと、でも心から笑って愉しむ。地方出身者なら地元に帰って家族や仲間と飲るのもいい。とにかく、こんな緩やかな時間を5日くらいまでやって過ごすのだ。
年末の〝ハイ、終わりますよー!〟という雰囲気から、年始でガクンとダラダラモードになる期間が一年で最も愛してやまないのだ。
さらにその期間のどこか一日、〝ちょいと贅沢な酒場〟へ行くことも行事のひとつに入れている。ここでいう〝いい酒場〟とは、めちゃめちゃお高い店というわけではないが、普段の酒場より少し背伸びした、上品なのに居心地がいい酒場のことである。年末になると、なんとなーく探しつつ訪れてみるのだ。
そんな酒場を、絶賛再開発中の武蔵小金井で見つけた。
北口には開発の網目をくぐり、ひっそりと……いや、堂々と酒場通りがある。その一角に……
出たっ、『入船』だ! 人込みの中から容疑者を見つけ出す〝見当たり捜査〟ならぬ〝見当たり酒場〟で、前から目を付けていた。L字路にたたずむモルタル二階建てには、ぼんやりと朱色に灯る庇。店先には小看板と植木の植物が並べられ、壁には黒板メニューがぶら下がっている。
上品なオフホワイトに〝入船〟と大書された美暖簾が揺れて……ああ、何も言うことがない理想的な外観である。ほんのりと料亭っぽい甘じょっぱい香りが鼻孔と心をくすぐる。さて、酒場への入船の時間だ。
「いらっしゃいませ」
ほっほぉ~、中もこじんまりと、そして落ち着いた雰囲気。左手には一升瓶が並んだ厨房カウンターが伸び、右手には四人掛けテーブルがいくつかある。奥には階段があるので、二階席もあるのだろう。行ってみたいが、今夜はカウンターで楽しませていただこう。
入り口に一番近いカウンターに行儀よく収まると、すでに居心地がいい。外からも感じた、店の中の匂いもいいんですよ。
喉ぼとけにもいい気持にさせてあげたいので、まずはおビールで刺激を。
ごぶりっ……ぎゅるっ……ごぐんっ……、うんめぇぇぇぇっ! こんな上品な雰囲気のカウンターで麦汁を荒々しく飲み干す快感……いいですねぇ、こんな酒場で年末年始を過ごせたら最高だろう。おそらく、最高であるだろう料理にいってみよう。
おほっ、これはなかなかの達筆な黒板メニューだ。さて、何からいこうか……
まずは君、『刺身の盛り合わせ』からだ! カツオタタキ、マダイ、タチオウ、ハマチ、カンパチの美女6魚盛り。カツオタタキの皮の香ばしさ、マダイはしっとりと、タチウオはたんぱくだが旨味が強い。
ハマチとカンパチはネットリとした舌触りと脂のおいしさがたまらない。
こんな雰囲気の店では『銀だら焼き』が似合う。添え物はレモンとミョウガと菜っ葉で、銀だら焼きは店によって添え物が違うから楽しい。
テカテカと飴色に輝く身はふっくらと、はらはらと解れるような食感から甘い旨味汁が溢れる。こんがりと仕上がった皮には銀だらの旨味が凝縮、魚の皮を残す人がたまにいるが、なんて勿体ないと必ず奪い取るようにしていただく。
口がおしとやかになってきたところに『若竹の子煮物』をはんなりといただこう。場合によっては〝竹害〟ともいわれるはずの竹の子が、こんなにも美しくなるとは。
「ちゃくっ」と音をたてながら煮汁がジワリと口中に広がる。まだ年始でもないのに、なんだかおめでたい気分になってきた。
そうなるとお屠蘇……いや、日本酒を入れたい。灘の銘酒『菊正宗』の常温を選出。春夏秋冬、私は暑くも冷たくもない日本酒がいい。辛味、酸味、マッタリ味……どれもちょうどいい。
日本酒が入っちゃったら『馬刺し』を頼まなければバチが当たる。一枚づつ丁寧にカールをかけて並べられた美術品のようなビジュアル。これぞ眼福。
ショウガをチョンと塗り付けてひと口……ウマァァァァイ! しっとりと冷えた舌ざわり、赤身が多めのあっさりすっきりな味わい。おいしすぎて思わず馬のように走り出したい気分だ。
酒場でも家でも、普段はあまり米を食べないが、素敵な店に出会うと『おにぎり』を食したくなる。具は鮭、まあ、何でもいい。ほろ酔いの身体には、ちょうどこんな〆のおにぎりが最適。軽めに握った大き目の握り飯に、大判の海苔が無造作に巻かれている。半分に割ったりなどせず、顎を外すぐらい大きな口を開けてガブリ! これを至福と呼ばずしてなんというのか。
「いらっしゃいませ。はい、お二階でお待ちです」
少し慌てたように女性がひとり店に入ってくると、女将さんが二階席へと手を差し出す。二階で飲み会があるのだろう、女性の「よろしくお願いしまーす」という返事が気持ちよい。
「まだ、始まんないよね?」
「ええ、お二階でお待ちです」
その後も、続々と客が二階へと吸い込まれていく。こんな〝ちょいと贅沢な酒場〟で飲る宴会……想像するだけでも楽しそうだ。これ以上長居すると、二階席を覗きに行きたくなるので、会計にしよう。
「ありがとうございました」
ゆっくりと引き戸を閉めて、改めて外観を眺める……ちょっといいところ、見つけたなぁ。
さて皆様、年末年始のちょっといい酒場で逢いましょう。
入船(いりふね)
住所: | 東京都小金井市本町5-12-15 |
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TEL: | 050-5597-3269 |
営業時間: | 11:30 - 13:30×17:00 - 23:00 |
定休日: | 日・祝日 |