大須観音「末廣屋」名古屋における酒場疾患 症例1『急性味噌中毒』
「ワイ、もう味噌カツ食いたないっ!!」
「まぁまぁ、せっかくの名古屋だし色々な味噌……」
「いらんねん! もう甘い味噌いらんねん──!」
突然、〝名古屋三大酒場中毒〟のひとつともいわれる『急性味噌中毒』を発症したのは、酒場ナビメンバーであるイカだった。
ここ名古屋に2人で来て2日目の正午、すでに12軒のはしご酒をしており、名古屋初心者であった私たちは、訪れる酒場の先々で名物である甘い味噌の《味噌カツ》や《どて焼き》を狂ったように注文していた。
さすがに、その軒数で同じようなものを短期間に何度も食べ続ければそうなる。私だって、通りすがりの酒場から甘い揚げ物の香りがプンと漂うと咽る程で、若干〝味噌中毒気味〟だった。
「じゃあ、ちょっと名古屋の味噌は休むか」
まるで、外国へ観光に来て〝日本食が恋しい〟という感覚のようだ。
私たちは前もって調べていた〝甘い味噌の匂いがしなさそう〟な店を選び、早速そこへ足を運んだ。
名古屋市のほぼ中央にある『大須観音寺』から商店街を抜けると、なんとも立派な外観が見えてきた。
『末廣屋』
〝甘い味噌臭〟など微塵もしない。格式高く掲げられた酒造メーカーの印章が浮かぶ豪奢な看板に、思わずイカも、
「ここやねん! ワイが行きたかったのは、こんなとこやねん!」
と、まるで治療のために本当の〝病院〟へでも来たかのような安堵の顔を浮かべるイカ。
暖簾の内側からは、小料理屋などで嗅ぐあの〝しょっぱい香り〟が漂ってきて、思わずその香りに陶然しまった証に《暖簾引き》さえ失念して店の中へと急いだ。
「うっ、わぁ……!」
「こ、こりゃぁ……!」
入り口から店の奥へス──っと伸び、その上には所狭しと〝おばんざい〟が並べられているなんとも美しいカウンター。料亭のような華やかな佇まいの中にも、どこか大衆的な雰囲気も醸し出して、実に、
──いい、ですねぇ……
カウンターの一番奥に酒座を決めた私たちは、まずはこの〝美人カウンター〟に見合う美酒を注文することにした。
《酎ハイ》
〝美酒って、ただの缶チューハイかよ!〟と言われそうだが、ここで名古屋の酒徒に割と本気で訊きたいことがある。
なぜ名古屋の酒場では、酎ハイやサワー類などの酒を〝缶のまま〟で出してくるのか……?
角打ちなら分かるが、この店も含め〝缶出し文化〟は名古屋酒場のどこへ行っても徹底されていたように思える。
東京下町でいう焼酎入りグラスとタンサン瓶を出す感覚なのか……または〝酌〟を重んじる文化なのか……それとも名古屋の酒場史の中で何かこうするきっかけがあったのか……うーむ、謎は深まる。後日、ネットや図書館で調べてもまったくその理由が分からなかったので、理由が分かる方はこちらからご連絡いただきたい。
ま、缶だろうがなんだろうが満足できる安喉ではあるのだが。
《イワシの甘煮》
これこれ! まるっきり〝串カツ〟とは真逆の〝ザ・和食〟料理だ。無心でかぶりつくと、コクのある醤油味と新鮮な鰯のウマさが堪能できる。つんもりと載った長ネギは、さっくりとした歯触りと中からトロリと滴るようなネギ汁が、これだけでも〝主役級〟の肴としてイケる。
《赤貝の刺身》
この凄艶さよ。
大好物の一品はコリっとした、まるで新鮮な沢庵でもかじっているような最高の歯ごたえ。ぬらぬらと艶めく舌触りに続くさわやかな磯の香りが、はしご酒で痛飲した口腔、食道、胃の3点バーストを優しくリセットさせ、また新たな食欲を沸き立たせる。
《わたりガニ》
カ……
カニ男ぉぉおぉぉッ!!
久しぶりのカニ男──まさか名古屋で再会するとは思わなかった。なにはともあれ『カニほじくり機』でホジホジと身とミソをほじくり出し、そのままチュパチュパと貪る。〝頑張って仕事をしててよかった〟と思えるのは、やはりカニと寿司を食べている時だけだと実感する。
──にぎにぎしくも、落ち着いた空気。
「うーん……ええなぁ……」
「そうだな……たまにはね、こんな酒場も……」
外から洩れる〝まだ15時〟という嬉しい光、ウマい料理、そして、店の雰囲気……まるでこの時間がゆらゆらたゆたうと目に見えて漂うかのような時間がまったりと──流れる。
滅多にないこんな場面には、思わず主役……いや、酒役を『日本酒』に持ち替えてみたのだ。
〝お姉さん、日本酒の良いところ、くれるかい?〟
『鷹の夢』
お運びお姉さんに、店先の看板にもなっていた名古屋の地酒を教えてもらう。その中から、辛口好きのイカに合わせて本醸造のちょい辛めのコイツを選ぶ。
おいしい……
決して高価な日本酒ではないが、名古屋の酒を名古屋で飲めるという歓びは、その味と価値を大いに上げる。
普段あまり日本酒を飲まないイカも、だいぶお気に入りとみえて──
チュ──……
ク──ッ!!
もういっちょう──
チュチュチュゥ──……
プシュ──ッ!!
まだまだ!
私はカニの甲羅に、酒を注ぎ──
ドピュ! ビュル! ジュボボボ………
おいしい、
おいしい……けど、
…………
……………………
………………………………
ガタッ!!
「あの……イカさん!」「……おい、味論!」
と、私たちは席を立ちあがり、同時にこう言った。
『……甘い味噌カツが、食べたいです……』
****
『あさひ』
私たちは、急いで『末廣屋』を出たあと、名古屋駅近くにあるこの『あさひ』に訪れたのだ。
……舌を疑うとはこういうことだが、『末廣屋』にて食べ飽きていた《甘い味噌》を断っていたにも関わらず、いざ断ってみると自分で思っている以上にあの味噌の味が……あの甘ぁい味噌カツの味が舌を蝕んでいたのだ。
〝味噌味噌味噌っ!!〟
〝食べたい食べたい食べたいっ!!〟
「いらっしゃいませー」
「す、すみません! みみ味噌カツと、どどどて焼きくださいませっ!」
「味噌の……甘まぁ~い、味噌のたっぷり漬かったとこやっ!」
「あぁ……愛おしいこの甘さよ」
「あぁ……やっぱ甘い味噌って、最高だ……」
重篤である……
この後も、さらに数軒のはしご酒をしては〝味噌〟を堪能する症状は続く。
まだ名古屋酒場に訪れたことのない呑み助さん、
『急性味噌中毒』には、くれぐれもお気をつけください……
末廣屋(すえひろや)
住所: | 愛知県名古屋市中区大須3-16-4 |
---|---|
TEL: | 052-241-8281 |
営業時間: | 15:00~21:00 |
定休日: | 水曜・日曜・祝日※不定休あり |