日本全国「酒場」これが終わったら、酒場に行こう
ちょっと、そこのあなた。
そう、あなたですよ。
なんか、元気ないんじゃない?
え? 今の混沌とした世の中に疲れたって?
え? ナントカっていう病気が怖いし、マスクもない、人もザワザワしてる?
あらま、オリンピックも延期なったんだ……。
ははぁ……確かに大変な時だからね。
うわっ、さらに外出するなだって?
そうか……そんなんじゃ、あなたの大好きな酒場にも行きづらいな。
どうしたもんかねぇ。
うーん、
……じゃあさ、この騒動が終わったら〝どんな酒場に行きたいか〟を考えてみるってのは、どう?
そうそう、それなら家に篭ってでも出来るし。まずは大人しく、色々想像しながら『酒場予定』を立てるのもいいんじゃない? ほら、せっかくだし飲りながらが考えようよ。ちょっと、家の冷蔵庫から酒とアテを出しておいでよ。
準備はいいかい? よし、じゃあ最初に行きたい酒場は、そうだなぁ……だいぶ疲れちゃったからね、肉でも喰ってパワーを付けようか。
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府中にウマい肉で飲らせてくれる良酒場があるんだ。いや〝調布〟じゃないって、〝府中〟ね。
カウンターに座って、まず、最初にサワーを頼む。味は……『かぼす』がいいな。かぼすサワーをクーッと飲りながら、目の前の卓上コンロにカチンと火を入れてやる。
テッカテカに油が沁み込んだ鉄網が、もうウマそうなんだよ。
鉄網が温まるまでに、レバネギで胃の準備運動をする。たっぷりのネギをレバで巻いて食べる。新鮮レバがシャキモリのネギと合うし、これを上手にまとめるゴマ油が効いていて最高。そこに、満を持して主役の登場だ。
種類や部位なんてのは、置いておこうじゃないか。とにかく、肉をガツガツと喰らいたい。
平皿からダーッと鉄板に広げて豪快に焼くのが正解。自分好みの焦げ目を付けたら、タレに浸してガッツリと喰らう。これが柔らか~くてウマいんだよ。そこへ、かぼすサワーを流し込む……プはぁぁあぁぁ! やっぱ肉って、心をパーッと明るくしてくれるよね。
じゃあ次は、大衆酒場に行って『やきとん』にしようか。自分で焼いて食べる肉もいいが、職人が焼く肉はやっぱりひと味違うからな。
大森にタレが絶品のやきとんを出す店がある。……いやだから〝大井町〟じゃないって、〝大森〟だっての。
カウンターと小さなテーブル席だけの小さな店内。客の密集ドンと来い。ずっと眺めていれる色褪せた木製メニュー札から、目に付いたやつを適当に頼む。もちろん、ここは〝タレ〟で。
焼き上がるまでの間、塩昆布がたっぷり乗ったキャベツをアテに、ホッピージョッキの酎ハイをグビグビ飲っていると……おや、甘じょっぱい、イイ香り。一瞬にして唾が溢れると共に、その香りの正体が目の前に現れる。
もうね、テリッテリのタレが、ヒタッヒタに漬かったやきとんは、食わずとも酒が飲めるぞ。それを満面の笑顔で咥えてニンマリ。ウマい! 柔らかいのは当たり前、トロリとコクのあるタレが最高に最高なんだよ。やっぱ酒場はやきとんだな。いや、これは絶対に行かんとアカン。
いいねぇ、あなたもノッてきたようだね。それじゃあ、肉の次は『刺身』なんてのはどうだ? 俺の中で刺身といったら『神田』なんだよね。舌の肥えたオトナたちが集まるオフィス街にしれっとお邪魔してさ、ちょっと品のある酒場で、刺身と日本酒で渋くキメようぜ。
細長いコの字カウンターのお誕生日席に、いっちょ前に座って、いっちょ前に日本酒のおいしいところを大将にお願いする。相合傘の描かれたお茶目な徳利から、茶飲み型の猪口に並々と注ぎ、ツイー……ンまい。
お、来た来た。そうこうしていると、お目当ての『カツオ刺し』がお目見え。ウットリするほどの綺麗な仕事で、箸を挿れると持っただけでウマいとわかる。……本当かって?
実食してみると、舌の上でサックリ爽やか、のど越しはコッテリ濃厚。それが混然一体となって口中に広がる。何も言うことはない、やっぱり、刺身ってのは日本の誇りなんだよ。
なに、ちょっと立ち飲みを挟みたい? さすが、あなただったらそう来ると思ったよ。そうなると、急行電車に乗って神奈川の川崎に足を伸ばすのもいいな。川崎は立ち飲み天国だが……そう、『溝の口』の名商店街にある〝あの店〟にしよう。
立ち飲みは隣の客と距離が近い。そんなのは気にしないで、肩をぎゅうぎゅうに寄せ合って立ち飲もう。「すんません、こっちに酎ハイください!」
この店といったら〝燃える男の酒〟と書かれた焼酎瓶。名前のインパクトとは裏腹に、中身は普通の甲類焼酎。これを、どこのスーパーでも売っているペットボトルの炭酸水で割って飲む。
アテも超シンプルな『梅キュー』。正直、なんだっていいのさ。こういう立ち飲み屋では、店の雰囲気と居心地の良さを愉しむのものだろ? そんな、ごく庶民的な、ごくありふれたことが出来る嬉しさが、しみじみと心に沁みるんですわ。
そうだ、東京を飛び出して地方へ行くことも出来るのか。ずーと、心も身体も冷えていたから、あったかい場所で飲りたいよな。空港から飛行機でキーンとひとっ飛びして、瀬戸内の島に行こう。
はぁ? 飛行機が怖いって? 酒場のためだ、がんばって。
東京から2、3時間もあれば瀬戸内の島に着く。おおっ、並んでるねぇ、人気店だねぇ。よし、思い切り並ぼう。マスク買うために並ぶのはもう飽きただろ? 酒のためだったら、いくらでも並べるから不思議だよね。
やっと店に入れたら、後の客の為にさっさと注文しよう。俺はね、ウニがとにかく好きなんだ。……えっ、ウニはそんなに好きじゃない? 特に安いウニは食べられないだって? いいから、食ってみろよ。とりあえず、大ジョッキのレモンサワーで「おつかれさま」。
出たっ! 箱ウニを食べるなんて、北海道に行った時ぶりだぞ。よーし、こいつをご飯の入った丼に、ダーッと大胆にブッカケる。そうすりゃ、『特上ウニ丼』の完成だ。
割箸パチリ、一気に口の中へと掻っ込んでやる……うめぇ、うめぇ過ぎる。プリップリの肉厚ウニのほろ苦さ、もうね、口の中どころか顔の下半分が旨味でトロトロだ。ほらみろ、あなたもヨダレが出てじゃないか! 瀬戸内ってウニもウマいんだなぁっ……て、
木箱のラベルを見ると思いっきり〝北海道産〟だったりするから面白い。あぁそうか、これは〝次は北海道へ遊びに来い〟ってことなのかもな。
食べ終わったら、近くにある瀬戸内の綺麗な海を見ながら、缶酎ハイでも飲んでさ。いやぁ、何も気にせず、色んなところに気兼ねなく行けるってのは、なんて幸せなことなんだ。
あぁ、飲んだ飲んだ……えっ、これじゃあ飲み足りないって? そうか、そりゃ飲み足りないわな。じゃ、もう一軒だけ行くか!
瀬戸内から東京へ帰ってきら、やっぱり締めは〝安定〟の大衆酒場がいいな。ひとり酒もいいけど……今まで散々、人との距離を制限されてたからなぁ。誰かと……そうだよ、超ベッピンさんの女の子と飲るってのが理想だな。……おいおい、相手くらいは自分で探しなさい。
「おまたせしました~♪」
「あっ! ○○ちゃん、こっちこっちィ!」
人々が戻ってきた大都会『池袋』。そこに、いつ行っても安心して飲れる酒場がある。夜の8時くらいかな、そこで女の子と奥の座敷で合流して、まずはレモンサワーを頼もう。焼酎の入ったジョッキ、レモンタンサン瓶、アイスペールがお決まりのスタイル。「エヘヘ、〇〇ちゃんオネガイしてもいいかなァ……!?」
酒は女の子に作ってもらって、イイ気分。「しょうがないなぁ~♪」と言う女の子の瓶の握り方、指使いも決して見逃してはならない。
ここは料理も安いから、ドヤ顔で『刺盛り』を頼もう。刺盛りを目の当たりにして喜ばない女の子はいない。「おいひ~❤」と、イカの刺身をすする女の子の姿を肴にして、唾を……いや、酒を呑み込む。もっと近くで、至近距離で見たい。……ちょっと、あなたはそんなに近づくなよ。
〝この後、どうやって濃厚接触するか〟などと算段を立てながら、また酒を飲む。あほらしいけど、そんな平和な酒場風景がやはりいいよな。また、ベッピンさんの女の子と飲りたいなぁ……いや、こればっかりは、ちょっと分かりませんけれども……。
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どうだい、あなたも『酒場予定』は立てられそうかい?
あ、なんか思いついた顔をしているね。
俺も日本全国の酒場には、予定という名の宿題がまだまだ山ほど残ってるよ。北海道で『ジンギスカン』、仙台の『文化横丁』、新潟で『日本酒三昧』、金沢の『名店めぐり』、高知の『屋台ロード』、大阪は言わずもがな、広島で『お好み焼き飲み』、大分の『鯖づくし』、沖縄は……泳ぎに行きたいな。
まぁ、この宿題を終わらせるのに、たとえ来年まで延期したところで間に合わないのだけれども。とにかく、あなたと一緒で、酒好きがこんなところで足踏みしているのが、なんともやるせない。
トイレットペーパーが買えない。
大好きなスポーツもライブも観れない。
お金も、なくなるかもしれない。
だけどなぁ、
俺は、本当に酒場へ行けなくなるのが一番怖いよ。
だからね、
早く元通りになることを願って、
もうちょい、足踏みをがんばりますか。
そんで、
これが終わったら、酒場に行こう。