町屋「ときわ」お婆ちゃんとデパート食堂の昼下がり
我が家の家系には〝専業主婦〟という女子はおらず、美容関係という職業柄、土日や夜も問わずバリバリ働いているのが当たり前であった。特にお婆ちゃんは痴呆症で施設へブチ込まれる前まで、それはそれは大したキャリアウーマンであった。そんなお婆ちゃんには、色々な場所で飯を食わせて貰った。
毎週日曜日に行く焼肉、駅前市場にある食堂、タイミングがいいと仕事場があるホテルのレストランで、子供にはもったいない値段をご馳走してくれた記憶はいまだに残っている。
その中のひとつに『デパート食堂』というのもがある。どこの地方都市にもあるデパートには必ずレストラン街があり、その中にひとつくらい食堂があったものだ。学校が午前中までの時なんかに、お婆ちゃんの仕事場へ遊びに行くとよく連れて行ってもらった。オムレツ、スパゲティ、ジュースにアイスクリームもあったな……。ホテルのレストランも嬉しかったが、私はこういう家庭的な雰囲気の店の方が好きだった。今更気が付いたのだが、その頃から食堂が好きだったのかもしれない。
『デパート食堂』……なつかしいなぁ。今だったら、そこで酒を飲るだろうね。
『町屋』
酒場探しへと電車を乗り継ぎ、町屋へ来た時のこと。時間は昼の2時。昼下がりをのどかに走るチンチン電車を眺めながら歩いていると『サンポップマチヤ』という、なんとも情緒あるデパートが現れた。
酒場が開くにはまだ少し時間があったので、たまにはデパートのレストラン街で小腹を埋めに行こうと中へ入り、エスカレーターを降りた。そもそもデパートが大好きなので、はじめての街でデパートを見つけると、用もないのに決まって立ち寄るのだが……おや?
『ときわ』
地下一階まで降りてみると、一見すまし顔だが……そこかしこに趣きがある店構え。
サンプルケースの展示チョイス、店名の書かれた木製看板……間違いない、ここは名のある酒場だ。後日、調べてみると、元々はこの場所で昭和29年から営業する居酒屋だったらしい。その時の店も見てみたかったが、今のこの外観もどこか〝なつかしい〟感情を揺さぶらせるではないか。どれ、中へ入ってみよう。
「いらっしゃいませ~」
おぉっ!!
おぉっ……おぉっ!!
これはいいですねぇ。広い店内には、メニュー札がビッシリと張られている。しかも、どれも値段が安い。そして、この店内の雰囲気……そう、これはまさに幼き頃、お婆ちゃんに連れられたデパート食堂の光景そのものだ。
「お好きな席どうぞ」言われると、広い店内では童心が蘇りハシャギたくなる。ブルーのビニールソファ席に座り、疎らな客の中でぼんやりと店内を眺めながら、さぁ、ゆっくりと飲ろうじゃないか。
『酎ハイ』
小ぶりのグラスによく冷えた霜付き酎ハイが、飲み始めにウレシイ。子供の頃は、これがオレンジジュースだったのかと飲みしめながら、「お婆ちゃん、俺はもうお酒が飲めるんだよ、エヘヘ」と独り言。さぁて、次は料理だと、オムライスでも頼みたいところだが、ここはあえてお婆ちゃんとの〝思い出料理〟を選んでみる。
『なめろう』
漁師料理のなめろうを、なぜかお婆ちゃんはよく作っていた。正確にはなめろうに近い何かの料理だったのかもしれないが、生のアジを木の俎板の上で勢いよく出刃包丁で叩いている姿を思い出す。
しっかりとお造りにしているここのなめろうは、叩きたての正統派で、サックリとネットリが相まって誠にウマし。
『とんかつ』
この重厚感、1キロはあるんじゃないかと錯覚するド迫力のフォルム。ソースをジョバリッとかけ、ガブリッと喰らいつくのが正しい。──ウまい!ザグッとした歯触りのあとに、分厚いロースからは柔らかジュゥシィな旨汁がとめどなく溢れる。肉に小麦をまぶし、卵を潜らせパン粉を付ける……とんかつの作り方は、お婆ちゃんの手伝いをしながら教えてもらったんですよ。
『ツブ貝刺』
カリッ、コリッ、カリッ、コリッ……新鮮なツブ貝は食べると口の中で規則的に〝鳴く〟のだ。ちょっと醤油とワザビを多めに付けて、チビチビと酒と合わせるのがツブ貝刺の醍醐味。永遠の大好物なのだ。大好物になったきっかけも、もちろんお婆ちゃんだ。
高校生の頃に、お婆ちゃんと寿司屋に行ったのだが、私は好きなものを色々頼んだのだが、お婆ちゃんは最初から最後までツブ貝しか食べなかったのだ。理由を訊いてみると「うめぇがら」とだけ言っていた。気になった私は、別の日にツブ貝を頼んで食べてみると──「うんめぇ!」、そこからである。
久しぶりのデパート食堂では、しみじみと思い出が蘇るばかり。
デパートなんてところにいるものだから、この後は必ずおもちゃ売り場に行ってプラモデルを買ってもらう。もちろんその後は、併設しているゲームコーナーで狂ったように遊ぶ。遊び疲れて戻ってくると、止めていたはずの煙草をベンチでプカプカと吹かしているお婆ちゃんの姿──「もう、いいがぁ? ンじゃ帰るがぁ」
……あの時は元気だったなぁと、オレンジジュースをまたひと口と、呑むたびに懐古するのである。
なんだか、亡き人のお話のようになってしまったが、施設にブチ込まれているだけで、母親によればまだまだ元気だという。今後、お婆ちゃんと一緒に飲めることはないと思うけれども、『デパート食堂』──いいですよ。
あなただって行ってみれば、
きっと誰かを想いながら、昼下がりにオレンジジュースで酔っぱらってしまうはず。
ときわ(ときわ)
住所: | 東京都荒川区荒川7-50-9 |
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TEL: | 03-3809-2335 |
営業時間: | 11:00~22:00 |
定休日: | 不定休(月2回・サンポップ町屋に準ずる) |