船堀「竹のこ」大穴を狙え!酒場探しで「万呑券」的中◎
まったくの嘘の話なのだが、高校生の頃に『競艇』に嵌ったことがあった。土日になると、アルバイトで稼いだ軍資金一万円を握りしめ、秋田駅前から出ている『ボートピア河辺』行きのバスに同級生二人と乗り込む。いっちょ前に、競艇新聞を広げながらああでもない、こうでもないと一攫千金の成金高校生の夢を描くのだが、帰りのバスは大抵、素寒貧で後悔をする。まぁ、まったくの嘘の話なのだが。
大人になった私はというと、博打にはまったく興味がなく、知事が公表した賭博場を何百人も並ぶというニュースを冷ややかに傍観するくらいである。しかしながら、たまには博打で獲った〝あぶく銭〟で酒を飲んでみたいな、という衝動に駆られることがあるのだ。〝勝利の酒ほどウマいものはない〟と、世の酒徒らは揃って言うが、その通り。よくできたことに、賭博場の近くには必ず酒場があるというのもうれしいではないか。
よし、久しぶりに一丁やってみるかと発起し、船堀へと向かった。
『ボートレース江戸川』
……閉鎖中。まぁ、分かっていたよ。この時は三月に入ってすぐの頃だったが、固く閉ざされたゲートの理由は一つ、あの大馬鹿野郎のウイルスのせいである。しかもだ、目当てであった近くの酒場も臨時休業ときたではないか。こんな仕打ちがあるか! 項垂れながら踵を返すと……おや?
『竹のこ』
んん……? これは、酒場……なのか? まるで学園祭にある出店の様な手作り感満載のボロ小屋……いや、趣きのある建物。〝営業中〟と立て看板があるので、一応中の様子を伺ってみることにした。
なんだか〝海の家〟みたいだが、ここには人の気配はない……ん?
〝いらっしゃいませ 中へお入りください〟
謎の張り紙が、怪しげな雰囲気へと誘う。薄暗いが、奥から何やら人の声がする。中を覗いてみると、先輩数人がひっそりと飲っている姿が見えた……と、その瞬間──、
「今日は舟券、買えないですよ?」
突然、部屋の奥から店の女将さんらしき人物が現れて言った。舟券……あぁ、現在はここで場外券が買えないってことか。未だにこの〝場外で買う投票券〟のシステムがよくわからないのだが、構うことはない。
「全然いいですよ! お酒は飲めるんですか?」
「飲めますよ。こっちの席どうぞ」
まるで〝隠れアジト〟のような店内は、4人掛けテーブルが3つのみ、厨房カウンターの上には無観客のボートレースが映っている。
「いけっ、いけっ!……アチャーッ!!」
それを観る客の中に、特に興奮気味の先輩がハッスルしていた。だいぶデキ上がってらっしゃるのか……店とこの先輩の雰囲気といい、気を抜くと圧倒してしまいそうだ。
「お酒は何しますか?」
そんな中、口調穏やかな女将さんから酒の催促。ほっとしながら、まずは酒でエンジンを掛けましょうか。
『瓶ビール』
先輩らは皆ビールで飲っているので、それに倣う。クーッ、ツイー……こらぁイイですねぇ。〝TOKYO 2020 OFFICIAL BEER〟と力強く記されたラベルだって、この時は黄金色に輝いていた。
ふと、壁に目をやると七夕のようなメニュー札が多彩に並んでいる。てっきり、レース感染がメインの簡易的な酒場かと思ったら、しっかりと料理は充実しているようだ。なるほど、ではどれに投票しようかしら。
『煮込み』
こんなアジトには似合わない可愛らしい皿に、たっぷりの煮込み。白味噌仕立てのあっさり汁に、丁度いいコリシコのモツ。ネギを絡め、クンと鼻を抜ける野趣あふれる風味が、非常によろしい。やはり東京下町の煮込みはこうでありたい。第1レースは、〝抜き〟で1着ゲット。
『牛カルビ焼き』
あっさりの後はコッテリがいい。ホロホロのカルビからは、甘じょっぱい湯気が立ち上る。思わず湯気ごと口に入れて、そのミルキィなカルビの甘味を吸い込む。……ジュワァと、脂の旨味が広がると──、ンまいっ! 白熱の第2レースも、〝まくり〟で1着ゲット。
「次のレースは、と……♪」
他ではない、この独特の雰囲気で飲る『競艇酒場』──こいつはいいジャンルを発掘したようだ。まったく予定していなかった〝大穴酒場〟に、どこか得した気分だ。よぉし、このまま〝逃げ〟で、酔っぱらうことに決めたぞ。
「おっし、やった!!」
「獲った!? 獲ったのー!?」
ドッと、にわかに店内が盛り上がる。どうやら、例のハッスル先輩が当てたようだ。それに即座に反応したのは女将さんであった。舟券を当てたハッスル先輩は、上機嫌で女将さんに祝い酒を追加する。
「お~い、酒くれ~」
緊張の糸も切れて、酔いに拍車がかかるハッスル先輩。あきれ顔の女将さんは、慣れたように相手をするのだ。
「ビールのお代わりでいいのね?」
「……あんだってぇ?」
「ビ、ー、ル! でいいの!?」
「……うん」
フフフ、怒られていますね。無理もない、あの様子だと午前中から飲っていたのだろう。そうしていると、女将さんが追加のビールをハッスル先輩に持ってきたのだが……
ノンアルコールだったんかい!
明らかにベロベロの様子だったが……。はたしてハッスル先輩は、あえてノンアルコールを嗜んでいるのか、気が付いていないだけなのか、そもそも女将さんが間違って出しているのか……もはやこの不思議な酔っ払いに、清々しささえ感じたのである。
──甘いの、好きですか?
店を出ようとすると、女将さんがチョコパイをくれた。よく見ると、周りの先輩もチョコパイを頬張っている。遠慮なくその配当を頂いて女将さんにお礼を言うと、「また来てくださいね」とさらに笑顔までくれた。先輩らにも、軽く手を上げて見送ってもらえたのは、このアジトのメンバーとして許しを得たからなのかは定かではないが……
なんだか、私も今日のレースを獲ったような気分になった。
そうなると、次のレースが楽しみでしかたがない。
竹のこ(たけのこ)
住所: | 東京都江戸川区東小松川3-5-21 |
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