府中「武蔵野うどん」フラり、休憩酒場のススメ
〝はしご酒〟を家業にしている酒場ライターさんは〝あるある〟の話だと思うのだけれども、3軒4軒と記事のネタを意識しながら飲り進めると、酔っ払うというよりは精神的に疲れてくる。特に老舗酒場ばかりが続き、5軒目にまたボロボロの酒場のカウンターで5度目の酎ハイと煮込みで飲る……流石に、アタマがおかしくなりそうになる(実際にはおかしくなっている)
そこで私は、一度リフレッシュを兼ねて〝休憩するための酒場〟を挟むことにしている。居酒屋チェーン店やファミレスなんかが丁度よく、心は無心、なーんにも考えずにただ一杯のレモンサワーを飲むだけの時間。つまみの写真くらいは撮るのかだって? 絶対に撮らない、撮ってはいけない。一切を無心にして休憩酒場が成立するのだ。それがあるかないかだけで、その後に控える6軒7軒の酒場への意気込みが変わってくるのだ。
私なんかは休憩酒場として一番使うのは『うどん・蕎麦屋』である。チェーン店やファミレスもいいのだが、意外と変わった客が多いので、ついついそっちに意識がいってしまうことがある。そうなると休憩酒場として本末転倒となる。その点、うどん・蕎麦屋は昼間だと年配客が多いので静かに過ごせる。一番安いカケうどんとビールを一杯だけ飲んでゆっくりするのだ。これほど休憩酒場として相応しい場所はないんじゃないだろうか。
ある日、『府中』のはしご酒の4軒目を出たところで休憩酒場を探していた。この日はちょっと飛ばし過ぎていたのもあり、とにかく飲り疲れた。へとへとで駅前周辺を物色していると……
『武蔵野うどん』
おほっ、いいじゃないですか。〝武蔵野うどん〟と大書された扁額に軽やかな鶯色の暖簾。清潔な外観は当たり障りのない至極普遍的な店構え。ちょうどいい、かる~く一杯だけ休憩酒場させていただこう。
「いらっしゃいませ」
三角頭巾の女将さんが迎えてくれた店内は、こじんまりとしてなかなか良い。とうに昼時を過ぎていたので客は疎ら、これは申し分ない。私は奥のテーブル席へと座った。
手拭きで顔を洗い、傍にあったメニューをチラリ。サワー系がいいな……おっ、あったあった。さっそく、女将さんに酎ハイを頼んだ。
チュー……いやはや、ひと段落。本当はこのままひと眠りといきたいところだが、ちょっとだけアテを入れるか。そうだなぁ、カマボコかお新香でも貰おうか……ん?
1ページまるごと特集された〝富山県直送品〟が目に留まった。すりかま揚げ、昆布巻きカマボコ、肝入りイカ一夜干しなど、ちょっと聞いたことがない料理ばかりだ。中でも『黒作り』という、見るからに珍品の挿絵が気になる。まぁ、量も少なそうだし、いくつか頼んでみましょうかね。
『黒作り』
黒ッ!! ほぼ〝炭〟じゃないか……思わずカメラでパシャリ。その炭を恐る恐る箸で持ち上げ、口に入れてみると──ウ・ん・まいッ!! なんだこれ、なんちゅうウマさだ。イカの塩辛をイカスミで和えたものなのだが、単純にして物凄い深い味わい。新鮮なイカの歯触りに、イカスミのマッタリした風味が完璧に合う。富山の郷土料理らしいが、都内のスーパーでも絶対に置くべきだ。絶対に、呑兵衛たちの評判になるはずだ。
『肝入りイカ一夜干し』
これも軽い気持ちで頼んだ品なのだが……こいつは……稀に見るとんでもない名酒肴だったのだ……! その名の通り、イカの肝を取らずそのまま一夜干しにして焼いたものなのだが、噛むと香ばしい焼きイカの風味が伝わるとともに、肝のネットリとした磯の味が押し寄せてくるのだ──ウんめぇ……!
それは、恐ろしいくらいに旨味が凝縮されており、とてもそこら辺のイカ料理と比較にはならない。これは、今まで食べてきたイカ料理の中で一番ウマいと言ってもいい。……待てよ、こいつと日本酒を合わせたりなんかしたら──、
しまった!
名珍味の連チャンで、口が完全に〝日本酒欲〟になってしまった……。酎ハイ一杯で十分だったはずが……ええい、知ったことか。
トクトクトク……
「これが鳳凰美田ねー」
「イェーイ♪」
もう、ウキウキである。この名珍味と日本酒が合わないワケがないからな。利き酒セットを頼むと、富山の『銀盤』、栃木の『鳳凰美田』、福井の赤丸急上昇中である『花垣』の三種を選び、女将さんから慎ましやかに注いでいただく。
ツイー……男らしい銀盤の口当たり、軽やか爽快な鳳凰美田、どこまでも舌に印象付ける花垣。そして、それらを引き立てる名珍味たちだ。しかしなんだ、富山ってのは〝富山の売薬〟くらいしか知らなかったが、こんなにウマい珍味と酒のあるお国だったとは。
「すりかま揚げがおすすめだよ」
いつしかウットリとこの休憩酒場を愉しむ私に、女将さんが追い打ちの富山料理を勧めてきた。えぇ、そりゃあ頂きましょうよ。
『すりかま揚げ』
目の前に出されると、ほんのりと魚の香りが漂った。箸でつまむと、ムチッという音と共に弾けそうだ。〝ぶりん〟としたボリューム感と、租借すればシャリシャリと微かな魚の存在が歯に心地よい。
もう休憩してる場合じゃねぇぞ!……ってホラ、言っちゃったよ。こうなったら最後まで行こう。アラカルトがコレで、店名が〝うどん〟なんだから、絶対ウマいに決まっている。そう、ここのうどんを食ってみたい……!
『素うどん』
店の奥で製麺した、茹でたてピカピカのうどんの登場だ。ズルルル……ズルルル……やっぱりだ、うんめぇなぁ……! 麺のコシが半端ではなく、これぞ〝男のうどん〟と言いたい。ツルシコ麺に濃い目のツユがバランスよく馴染み、いつまでも啜っていられる飽きさせない味わい。
ここ、ウマいッ!! 全部ウマいッ!! 腹いっぱい──、
あっ!!
……この後に行くホルモン屋の事を、すっかり忘れていた。だが、すでに私の〝酒場度〟は十分満足しつつある。全然、休憩酒場なんかじゃない、なんなら何度でも行きたいフェイバリット酒場である。
フラりと立ち寄った休憩酒場が、とんでもない名店だったのだ。思わぬところで、休憩酒場の面白さを発見してしまった……でも、それじゃ今後、本当の意味の休憩酒場がなくなってしまいそうだ。
ま、いいか。とりあえず今度、富山へ行きましょうかね。
そこでの休憩酒場も楽しみだ。
武蔵野うどん(むさしのうどん)
住所: | 東京都府中市府中町1-5-5 |
---|---|
TEL: | 042-368-6340 |
営業時間: | [平日] 11:30~24:00 [日・祝] 11:30~23:00 |
定休日: | お盆、年末年始 |