金町「深川酒場」やっちまった!無記憶酒場の答え合わせに臍を噛む
いつも気絶するまで飲ってらっしゃるノンベヱ読者の諸氏ならば十分にご理解いただけると思うが、一日に5、6軒も回っていると〝記憶がない状態〟に陥ってしまうことがある。あとで〝お会計したっけなぁ?〟や〝どうやって家に帰ってきたか分からない〟なんていうのはよくある事だが、そもそも〝酒場に行ったという記憶がない〟という、本末転倒なことが稀に起こる。私ははしご酒をしても、いつもどこかで〝記事にしたい〟という一応プロ意識が働いているので、行った酒場の記憶が完全に消えるということはないものの、ぼんやりと……だけ憶えていることも少なくない。そうなると頼りになるのが、その時に〝無記憶撮影〟した写真や同行者の証言である。
その日、ひさしぶりに東京下町で飲りたくなり、友人と『金町』へ向かっていた。久しぶりのはしご酒というのもあり、すでに他所でたらふく飲っていた。酔いの具合から「やばいかもしれない……」という憂慮を抱えつつも、金町といったら名店揃い。駅を着いた頃から胸が弾んでいたが……
記憶は、そこからストンと無くなっていた──
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大抵、次の日に二日酔いの頭痛で目が覚め、おもむろにスマホのアルバムを開くと「あれっ!? これどこだよ!?」と、こうなるのだ。金町へ行った次の朝も「そういえば……」とアルバムを開いてびっくらこいた。その酒場へ入ったことは何となく思い出したが、そこでどう飲ったのかが全く思い出せないのだ。
「これはイカン」と、それから数日後に金町へ一緒に行った友人と、当日の〝答え合わせ〟をすることになった。自分のスマホに収められた無記憶撮影の始まりは、店構えの写真からだった。
「俺、ほんとにこの店に入った……?」
「いやいや、入ったでしょ、深川酒場」
『深川酒場』
めちゃめちゃ渋い店構えだ。ただ、やはりよく覚えていないのだ。ずいぶん暖簾が地面に近いな……酔っ払って構図がズレたのかと思ったが、よく見ると下屋の位置が異常に低いので、建物自体が地面にメリ込んでいるような構造だ。
「おもしろい店構えだな。生で見たかったー」
「いや、生で見たし入ったって」
……なんだか、とても損している気分だ。でもまぁ、一応行きたかった酒場に入ることは出来たのか。友人の呆れ顔をよそに、次の写真へとスワイプする。
おぉ……なんていい雰囲気の店内だ。畳張りの小上がり、花の飾られた上品なカウンターは、小割烹風で写真からでも居心地の良さが伝わる。
「めちゃくちゃ雰囲気いいな!」
「それ、入った時に同じこと言ってたよ」
友人曰く、この時は小上がりが酒座になったようだ。おいおい、そんな〝好立地〟で私は最初に何を飲んだのだ? まぁ、いつもの透明炭酸液だろうと、次の写真を開く。
『酎ハイ』
やはり……。おそらく、おいしく頂いたのでしょうね。霜の付いたグラスに厚切りカットレモンがイイ感じだ。
「イイ感じじゃなく、おいしそうに飲んでたよ」
あらま、ほんとだわ。ずいぶんゴキゲンな顔してやがる。既に私は、この酒場を気に入ったとみえる。次はきっと、料理の写真になるのだろう。どれどれ……
『銀だら煮付け』
うわっ、すげぇウマそう! 大ぶりの切り身が二つ、上品な色合いの煮汁がしっかりと漬かり、いい照りを放っている。あ──なんか……これはちょっと記憶があるかも。下町のわりに、出汁の効いた甘くあっさりとした味だった気がする。あぁ、汁をすすりてぇ……(すすっているとは思うが)
「げっ! 赤貝なんて食べたのか!?」
「……アンタが絶対に食べたいって頼んだんでしょうが」
いっちょ前に大好物の赤貝、そしてヒラメまで頼んでいやがる。ツヤツヤの赤貝は間違いなくコリシコとウマいのでしょうね。ヒラメもこの肉厚さよ。ムッチリとした歯触りとネットリとした舌触りが最高……だったのでしょうね。くそう……これを今書いていて、私がうらやましくてしょうがない。
「あ”ぁー、この赤貝食いてぇ!!」
「食ったっつーの」
食ってるっぽいなぁ……残っている味がないか、口の中を舌で探してみたが、もちろん残っているはずはない。
「あれ? 珍しい、こんなのも頼んだの?」
「ああ、これは女将さんがサービスでくれたやつ」
『ぜんまいと油揚げの煮物』
えっ!? こんなしっかりしたものを、サービスしてくれたのか……? そんなに親しくなっていたとは……
「コレ食べると、お婆ち……」
「〝お婆ちゃんの味だ!〟って歓喜してたよ」
やはりか……だって、ぜんまいの煮物を食べた記憶なんて、お婆ちゃんが作ってくれたもの以外に思い出せない。そうなると、これもぜんまいの独特な風味と歯応え、それを包み込むコンニャク、油揚げ、ニンジンの細切りがジュワリ甘醤油味でウマいんだよね、お婆ちゃん。
「っていうか、女将さんがめちゃめちゃサービスしてくれたじゃん」
そう言って、次の写真を開けと促す友人。
『ししとうのちりめん山椒和え』
「これもくれたの!?」
「和え具合が絶妙だった」
『手作りドレッシング』
「なにこれ!?」
「女将さんがね、刺身のツマにかけて食べるとおいしいから、って」
「うわっ! 完食しちゃってる!」
なんてこった、こんなにサービスしてもらって記憶がないなんて……女将さんはこちらに気を使っていたのか、まめにカウンターから出てきては私たちに話しかけてくれていたらしい。このサービス量からして、きっと楽しい会話をしていたのだろうが、もちろん内容は皆無だ。「なぜ、俺にビンタしなかった!!」と友人を責めたところで、時すでに遅し。無記憶酒場でこんなに後悔したことはない。もはや、早急に再訪するしか面を拭うことはできない。
『みざん 山椒の実』
「山椒の実? これも女将さんが出してくれたの?」
「いや、それは違うよ」
その日最後の写真として残っていたのが、瓶詰めの山椒だった。もちろん初めて見る代物だ。
「カウンターの先輩が、突然勧めてきたんだよ」
「えっ? これって先輩の私物? なんで?」
「わからない。とりあえず、おいしいからって」
「うそ……」
瓶の中には山椒の粒が詰まっていて、みんなでそれを摘まんで「ウマいウマい」と食べていたらしい。無記憶先輩の突然の行動には驚いたが、本当の驚きはそれからだった。
「えっ!? 俺、それを持って帰ったって!?」
「そう。自分の鞄に入れて持って帰ったじゃん」
いやいやいや!
さすがにそんなことをしたら、記憶があるにきまっている。正直に言うと山椒はちょっと苦手なので、尚更持って帰るわけがない。いくら無記憶酒場だからって、そこまで図々しいことを──
あった……
内ポッケに……
無記憶先輩、
無記憶山椒を大事に食べさせてもらいます……
深川酒場(ふかがわさかば)
住所: | 東京都葛飾区金町5-31-9 |
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TEL: | 03-3608-1515 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日・祝・第2・3土曜日 |