江の島「魚見亭」長期休肝日のノンアルコールな島酒場
どこに行っても、酒が飲めねぇ……
期限付きとはいえ、平日も休日、昼も夜も関係なく、酒場で酒を飲らせてくれない日々が続いております。〝あの酒場だったら、案外イケるんじゃないかな……〟などと淡い期待も、消毒液の如く瞬時に蒸発して、これは一筋縄ではいかないと嘆息するばかり。
この鬱憤を、どこにぶつけていいのかも分からないが、〝酒場〟にはどうしても行きたい。で、行ってみると酒が飲めない、うなだれる、酒場に行きたい、酒は飲めない、うなだれる……の繰り返し。そんなことを五十回ほど繰り返しているうちに、少しだけ変化があった。
海が見たい──
〝酒が飲めない〟の前に、海が見たくなったのだ。大の海好きの私が、かれこれ一年は海を見ていない。ぼんやりと海を眺めてさ、今日は波が穏やかだの、ちょっとまだ寒いけど足だけ入れてみようとか……我慢の限界だ。
思い立ったら吉日。海に行ってはいけない宣言は出されてないので、東京から一番近い、あの海へと向かうことにした。
♪LALAーLAーLALALA LAーLAーLAー!
『江の島』
で、来ました、東京都民の観光地である江の島。ただ、この日は〝暴風〟といってもよい風の強い日で、島に繋がる『江の島大橋』を歩くことすら厳しい。
なんとか島に上陸すると、今度は雨脚が強まってきた。自称〝超晴れ男〟の私でさえ及ばない、稀にみる悪天の中、半ば開き直ってズンドコと島の中を進むのだ。
殆どの東京都民は行ったことがあると思うが、「何年か前に行った」くらいで、実はどんなところかを詳しく覚えている人も少ないのでは? 何を隠そう、私もそうだ。
「こんなところあったかな?」なんてところが、やはり多い。有料のエスカレーターがあるなんて、まったく知らなかった。
『サムエル・コッキング』には、昔登った記憶がある。あれ、誰と登ったのかと思ったら、昔付き合っていた彼女とだった。そうそう、その子と付き合う前にデートでここへ来て、その後付き合うことになったのだ。まぁ、その子とは半年で別れたが。
島の裏側は、もはや完全な台風状態だ。立っているのもやっとのところで、龍神さまが棲むという洞窟へ入る。
あれ?……前に来たときはもっと〝ちゃちい〟感じだったが、だいぶ男前になっているじゃないか。なんでそんなことだけ覚えているのかと思ったら、昔付き合っていた彼女と来たからだった。まぁ、その子とは二か月で別れたが。
しかし江の島って、こんなに観るところが盛沢山だったのか。そりゃ、何百年も観光地として愛されているのも頷ける。おかげさまで〝海欲〟は、だいぶ満たされた次第だ。
「あっ、猫!」
ふいに雨が弱まったかと思うと、アジサイの茂みから二匹の猫が「やれやれ」といった表情で出てきた。
二匹は尻尾をユラユラ。私は、その猫が赴くままに尻尾を追いかけていると、ある店の前に止まった。
……おや、ここは?
『魚見亭』
おぉ、何たる良い店構え。ショーケースに行燈の照明、外からでも分かる開放的な空間……猫が導く〝魚〟を〝見る〟場所か。これは思し召しとしか思えない。
ここへ入らずんば、龍神様の罰が当たるに違いない。猫たちに礼を言うと、さっそく中へ入ることにした。
「いらっしゃいませー」
おっ……
おおっ、中は思っていた以上に広い! 外飲り席を合わせたら、150……いや、200席近くある超大箱だ。
やはりオーシャーンビューが眺められる外飲り席で飲りたいところだが……外は台風直撃状態だ。となると、この店の一番先端である角席に酒座を決め、しばしその特別な景色を堪能するのがいい。
ゴォォォゴォォォと、その荘厳な景色と対比して、この酒場の中は静謐な時を奏でている。この雰囲気、堪らない。酒が……酒が無性に飲りたい。意気揚々と店員のお姉さんを呼び止めた。
「あの、瓶ビールを……」
「すいません、今はノンアルコールしか出してないんですよ」
なんとっ! そうだった……海に来てテンションが上がるあまり、そのことを忘れていた。うーむ、酒なしってことか……いや、ここまで来て酒がないのはあまりにも残酷すぎやしないか?
「ノンアルコールビールならありますが……」
申し訳なさそうに言うお姉さん。いやいや、お店は何も悪くないんですよ、悪いのは新コロだ。ノンアルコールビールか……ほとんど飲んだことはないが、ここはやむを得ない。それでお茶を濁すことにしよう。
とくとくとく……見た目には普通のビールだ。〝偽物〟っていうわけではないが、グラスの『KIRIN BEER』のロゴが、なんとも切なく感じる。
んぐ……んぐ……んぐ……んんんんんん……? ちょっとまて、これがノンアルコールビールなのか!?
口当たり、のど越し、苦み、後味が、まるで〝本物〟のビールだ。まだノンアルコールビールが出始めたころ、一度だけ飲んだことがあったが、到底本物のビールには及ばず、それ以来避けていたが、今はこんなにウマくなっているとは思いもしなかった。
ふむふむ、何度飲んでもビールだ。なんだ、飲んでみてよかった。凄いよ、逆にメーカーの〝酒への想い〟が、心底伝わった。こりゃ、料理も揃えば、まったく酒場を愉しむことができるぞ。
『シラス丼』
この悪天候で生のシラスは市場に入らなかったらしく、釜茹をいただく。箸を丼に突っ込み、こんもりとすくい上げてバクリ。シラスは生派だが、さすがは江の島のシラスだ、一匹がどれも肉厚で味も濃い。
ほんのりと残る苦みが、ノンアルコールビールにもよく合うねぇ。
『エビフライ』
ひゃぁ、これは見事な反り上がり! ぶっといエビフライが三本、揚げたての香りが食欲をくすぐりやがる。ソースをタラリとひと回し、カリッと食らいつく──うんめぇな。衣の中からブツン、ブツンと小気味よいエビの歯ごたえと、甘み強めの旨エキスが口中に溢れ出す。
エビフライなんて子供の食べ物だと思っていたが、完全に大人の食べ物だ。
『江の島丼』
もう一発、シラス丼が〝開け丼〟なら、こちらは〝締め丼〟だ。一見、親子丼にも見えるが、なんと、鶏肉の代わりにサザエが使われている贅沢丼なのだ。
トリュンとした半熟卵のソレに箸を挿れ、口へと突っ込む。海の幸がたっぷり効いた出汁と、コリシコのサザエが見事にマリアージュした至極の逸品。こいつにビールを流し込むと、うむ、やはり合う。サザエとアルコールの苦みが……いや、ノンアルコールだった。
しかし驚いた、ノンアルコールだって十分に酒場を愉しめるじゃないか。よく考えてみれば、今は酒を出せないだけで、酒場は酒場なのだ。
「すいません、ノンアルビール追加ください!」
この後も、ノンアルコールビールを何杯か頼んでみたが、まったく酔う気配はない。当たり前なのだけれど、だんだんそれが面白くさえ感じてきた。
結局私は、酒に酔っているというより、酒場に酔っているのかもしれない。それなら、滅多に取らない『休肝日』だと思って、今はノンアルコールな酒場を愉しむのもアレなもんです。
それにしたって、長い休肝日だよなぁ。ノンアルコールで酔っ払えてしまう日は、そう遠くないかもしれない。
魚見亭(うおみてい)
住所: | 神奈川県藤沢市江の島2-5-7 |
---|---|
TEL: | 0466-22-4456 |
営業時間: | 10:00~日没後30分(季節により変動あり) |
定休日: | 無休 |