横浜「みなと刺身専門店」専門酒場列島最前線『極みの刺身』
『専門』とは──専らその分野だけに、深く携わっている仕事や学問。また、その学問や職業。(Weblio国語辞典)
このありふれた言葉を名乗るとなると、実はなかなか勇気がいる。いくら自負できることがあっても、それ専門で飯を食っていけるのは、ごく限られた人間だけだと思うし、私でいうと酒場のことを文章にしているだけで生活できているわけではない。ただ、私の家族親戚の多くは建築士、税理士、美容師など資格を持った専門職ばかりというのは、何の因果だろうか。実は、美容の専門学校へ入学するために上京していたりもする。だが、数百万円の学費をかけつつ、その専門職を成し遂げることはなかった……
閑話休題。学校にせよ会社にせよ、〝専門〟を名乗るということは、技術や知識に関して、かなり精通していなければ成り立ちはしない。ましてや、その技術や知識がイマイチだった場合には、その落胆は大きいということだ。
……下の話の方で〝〇〇専門〟というのもよくあるが、これを語ると大変長くなるので、別の回にしておきましょう。話は2020年末の横浜へと移る。
『横浜駅』
酒飲みが〝横浜で飲む〟といえば、野毛か関内と思われがちだが、大都会の横浜駅周辺にも、しっかりと酒場専門街がある。それは、横浜駅を出てすぐにある。
『狸小路』
来るたびに変貌する横浜駅周辺で、この一角だけはその風情を保っている有難い横丁だ。『お加代』『たばる』『豚の味珍』という老舗酒場はもちろん、そこへ新たに加わる酒場があるというのはうれしいこと。そのひとつに……
『みなと刺身専門店』
こんなところに〝専門〟が! 周りと比べると新しい外観だが、すでに貫禄たっぷり。狸小路に立ち飲みっていうのがナイス。しかし、世界有数の港町で〝刺身専門〟とは何とも大胆不敵。これはひとつ、教えを乞うとしましょう。
いつものことながら、キンミヤの〝宮〟と捺された戸を引くときのワクワク感といったらない。
「いらっしゃいませー!」
ステンレスの二段式コの字カウンターは超満員。これはちょっと無理かと思いきや、何とか詰めてもらい酒座を獲得することができた。こんな時って、本当にうれしくなりますねぇ。まずは酒をいただこう。
『トマト割りと緑茶割り』
クリスマス前日だったか、確かこの日は相方がいて、なんとなくクリスマスカラーで酒を合わせてみた。私はトマトを割りをグビッ……クリッ……スマッ──、ういぃぃぃぃうめぇ、クリスマスうめぇ。相方も緑茶割りをおいしそうに飲んでいる。ただ、その相方が三十代の男だってのが口惜しい。
いよいよ〝専門〟の刺身といきたいが、焦らない。海鮮系で舌を慣らしてからだ。
『カニミソ』
色がイイッ!! カニミソは大好物なのだが、店で出されるほとんどが、薄い灰色で水っぽいものばかり。ここのは、緑がかったカニミソ本来の深緑色。たっぷりと箸ですくって、箸に吸い付く──、ウマいっ!! コク強めのミソが、舌に触れた瞬間、グググーッと沁みこむ感じ……これはもはやカニだ、カニそのものを凝縮している。
『あん肝』
ポテリと可愛らしい塊が四つ、ほほう、あん肝に大根おろしとは初めてだ。その塊へ箸を挿れると、箸先からすでに伝わるウマい重み。そのままひと口……こいつも、ウマいですなぁぁぁぁ。チーズともバターともいえるような舌ざわり、超濃厚な肝のコクがすばらしいじゃないの。大根おろし、こいつも全体を食べやすくするのに最適な脇役だ。
ここは『カニミソ』と『あん肝』の専門店ですか……? この時点で十分、専門店として満足しつつあるが……ここで真打、刺身の登場だ。
『かすご鯛』
めちゃめちゃ美人、皮美人だ! 銀色に輝く皮がなんとも食べるのがもったいないが……パクリ! うわぁ……おいひぃ! 白身ならではの淡泊さを残しつつも、ねっとりと舌に纏わりつくような旨味を、最後に酢がキリッと締めている。
『白子ポン酢』
白子はよく食べているが、こんなに〝純白〟な白子を見たことがない。ツルリと食べると……やばい、間違いなく今まで食べてきた白子の中で一番ウマい。少しヒンヤリとした舌ざわりが気持ちよくて、その後に迫ってくるトロォ────ッとした新鮮な白子の蕩味が絶品。これはまさしく、白子を刺身で食べているとしか言いようがない。
立ち飲みでよかった、座っていたら尻から溶けてしまっていたかもしれない……。
金目鯛にスズキ、アイナメにカンパチ……店内のホワイトボードには、刺身待ちを今か今かと待ちわびる魚の名前が並び、どれもそれ専門としてイケる程の仕上がりになるのだろうと、容易に想像が出来てヨダレが出る。
刺身専門店──いい専門と邂逅してしまった。
一方で、自分には何か〝専門〟と呼べることはなかっただろうか。
ああそうか、美容師という専門職を目指して上京してきたが、今はただの酔っ払いが専門職だった。
みなと刺身専門店(みなとさしみせんもんてん)
住所: | 神奈川県横浜市西区南幸1-2-5 |
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TEL: | 045-322-7979 |
営業時間: | [月〜土] 15:00~24:00 |
定休日: | 日曜・祝日 |