阿佐ヶ谷「川名」ひとめぼれ酒場で飲って惚れる
いわゆる〝ひと目惚れ〟をする方で、昔から自分のタイプだとなるとすぐに嵌ってしまい、そうなると気になってしょうがなくなる。思い返せば、鷲尾いさ子、菅野美穂、『らんま1/2』の天道なびきに北川景子……最近でいうと、深夜ドラマ『ひとりキャンプで食って寝る』の夏帆が演じる〝七子〟にひと目惚れしてしまった。
キャンプ場で出会う人々に、時に愛くるしく、時に手厳しく振舞い、快活とした性格の中にも漂う哀愁と色気が絶妙なキャラクターだ。もうすでに4周観終わったが、さらにもう5周は余裕で観られる。今一番、一緒に飲りに行きたいのが七子であることに間違いない。
それは酒場においても同じこと。店に入った瞬間、「ズッキューン!!」と音を鳴らして、心臓を突いてくる。〝出会いは突然に〟とよく言ったもので、そんな酒場は、本当に突然と現れる……
『阿佐ヶ谷』
昨今、〝本当に住みたい街〟でも名を挙げている街『阿佐ヶ谷』。名酒場も多く、家からも割と近いのでよく訪れるのだが、そんな街こそ灯台下暗しだ。パールセンター商店街でもスターロードでもない、『松山通り』という阿佐ヶ谷でも少し控えめな商店街をテクテク歩くこと10分、まさか……えっ、こんなところにステキ外観を発見せり。
『川名』
レンガ調の外壁の建物は、赤いテント看板に店先の焼き場がいいですねぇ。入りやすそうでも、入りにくそうでもないこの雰囲気ぐらいが一番いい。「うわぁ、めちゃくちゃタイプ!」と、一寸の躊躇いもなく入り口の戸をガラリ。
「はい、いらっしゃーい」
店中は縦長で、左にカウンター、右にテーブル席が三つ。奥の恐ろしく狭い入り口を通り、小上がりが広がる。
天井から裸電球が揺れ、木目の天井と壁をぼんやりと照らしている感じ、秘密基地みたいでこれもいいですねぇ。特に気に入ったのが、太めのクッションの上にさらに座布団を乗せる〝お殿様タイプ〟という、逆に座るには少し不安定な酒席だ。そこへ酒座をドカリと決め、さっそく酒を選ぼうとしていると……
〝お通し〟にと、なんとオレンジ。なにより先にオレンジを出されるなんて、田舎の婆ちゃん家以外であったためしがない。ここ、面白そうだな……どれ、酒をもらおうか。
〝婆ちゃん、あと酒ちょうだーい〟
『生グレープフルーツサワー』
図らずも柑橘系被りになってしまったが、このサワー、大好物のピンクグレープフルーツだったのだ。うれしいねぇ、今後ピングレ酒場として重宝することになるだろう。
ジャグジャグに絞ったピングレを、酎ハイジョッキにそっと流し入れてひと回し。酎ハイが紅く濁ったところで一気に飲むっ!
グレッ……フルッ……グレッ──、うめぇサワーだなこりゃあぁぁぁぁ! 普段、グレープフルーツサワーは飲まないが、こいつだけでは別だ。おそらく普通のグレープフルーツと味は変わらないのだろうが、ピンクの方はわずかに野性味を感じで飲んでいて気持ちがいいのだ。
壁のメニューには気になる料理がいっぱいだ。さぁて、どの子にしようかなぁ。
『トマト玉子焼き』
デカすぎるっ……ピザのLサイズじゃないか!! スマホ6個分サイズの玉子焼きには、びっちりとトマトが埋め込まれている。ここに醤油はもったいないので、そのままひと口。
しっかりと焼かれた玉子に、ジュワトロのトマトの酸味がたまらなく合う。これ、好きだなぁ。
『牛すじ煮込み』
出た、ゴボウの牛すじ煮込み! 牛すじ煮込みはウマいのだが、味の主張が強いので途中で飽きてくる。それをいい具合に中和してくれるのがゴボウだ。ここのは強めの量だから、食いごたえが抜群にいい。蕩りとした牛すじに無骨なゴボウが、いつまでも飽きさせずにウマい。こりゃアタリだな。どれどれ、次は何にしよう……
「えっ、奉仕品……?」
〝何年たって、アイドル〟
〝時すでにお掃除〟
〝大食後、無食となる〟
〝月に一度、定期献身をする〟
メニューと共に、壁に貼り付けられた謎の奉仕メニュー。どうやらダジャレのようだが……〝ナイトギャップ(素顔)〟という下ネタから、〝朝7時 苦笑〟という、ちょっと意味が解らないものまで、見ごたえ満載だ。
にやにやとそれを眺めていると、アレが届いたのだ。
『昆布しめ鯖』
結果的に言うと、ここ一年で一番驚き、そして最もウマかった酒の料理がこれだ。なんじゃこりゃ!? と、およそしめ鯖には結びつかないビジュアル……玉子焼きまで付いている。昆布締めって、まさかしめ鯖に昆布がそのまま張り付いているとは……どこかの郷土料理にもあるのかもしれないが、私はかつてこんなしめ鯖を見たことがない。
ワクワクと一切れ箸で持ち上げると、なんてまぁ美しい断面なのでしょう! 薄ピンク色の鯖肌に、ウグイス色の昆布が鮮やか。もう、辛抱たまらず食べてみると……うめぇぇぇぇッ!! 筆舌に尽くし難いとはこのこと、なんちゅうウマさだ。しっとりと上品に酢締めた鯖は、舌に張り付くような旨味、それを超絶グルタミン酸で追い打ちをかける昆布の感動的なウマさに、「昆布が喜んぶ!」と、憚りもせず例の〝奉仕品〟を咆哮するのであった。
その後も何品かを頂いたが、どれも完膚無きまでにウマかった。これは完全に、ひと目惚れしてしまった。
川名……〝七子〟の次は君に嵌りそうだよ。
本当のひと目惚れと同じく、酒場も突然と現れては人の心をときめかす。それにすっかり嵌っている時もまた、例えようもない幸せを感じるのだ。この文章を書いているときだって、まるでラブレターを書いている気分だ。
嗚呼……あのトマト玉子焼きや昆布しめ鯖に、川名にまた会いたい。
ひと目惚れ……いや、ふた目惚れ、さん目惚れと、一体これから何回惚れてしまうのかが楽しみで仕方がない。
川名(かわな)
住所: | 東京都杉並区阿佐谷北3-11-20 |
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TEL: | 03-3339-3079 |
営業時間: | 16:00~23:00 |
定休日: | 月曜・火曜 |