南阿佐ヶ谷「つきのや」ひとり酒はこれからも
早いもので、緊急事態宣言が明けて一か月ほど経つ。このまま静かに終息して、来年の今頃に「あれ、そういやマスクしてねぇな」なんて、酒場のネタになっていることを願ってやまない。
宣言のおかげ……というのは癪であるが、こいつのおかげで改めて解ったこともある。たとえば、家族と一緒に過ごす大切さや満員電車の緩和など、当たり前だったことが、案外当たり前でなかったと気が付いたりして。私なんかは、やはり〝家飲み〟の楽しさをかなり実感することができた。それに加えて〝ひとり酒〟の楽しさもあった。
私はどちらかというと、酒場には複数で言ってワイワイするのが好きだったが、完全にそれが目の敵となってしまった。そうなると、酒場に行けたとしても必然的にひとり酒になってしまうのだが、これが結構楽しい。私なりにではあるが、いくつかの条件が揃っていると尚よしだ。
ひとつ目は、量は少なくてもいいから、おいしくて安いこと。ひとり酒でそんなに量はいらない、まぁそれは普通か。ふたつ目が重要で、大箱で明るい店内であることだ。ひとり酒だったら、バーのような薄暗くて小さな酒場の方が落ち着きそうであるが、広いからこそパーソナルスペースが確保できるし、周りが騒いでいてもあまり気にならない。結局、照明の明るい方が酒も料理もおいしそうに見えるし、ひとりだからこそじっくり味わいたいのだ。
広い酒場の片隅で、ぼんやり長く飲る。このちょっとしたこだわり、解る人いるのかしらん。
宣言下にも『阿佐ヶ谷』へはよく訪れていたが、どこ行っても〝臨時休業〟の文字ばかりだった。やっと落ち着いたころに、そういえばと、あの酒場の存在を思い出したのである。
『つきのや』
ここは前まで中華料理屋だったが、いつも閑古鳥だったことだけ覚えている。『つきのや』が移転したと聞いていたが、まさかここに入っていたのか。前の店舗はこのすぐ近くだったが……どれ、どのくらい変わったかみてやろう、飲ってやろう。
あんらまっ、見事な大箱になりましたね! 天井が高く、明るくて開放的な空間には、テーブル席が十台ほどに、カウンターが数席。洋風とも和風とも言えない造りの内観は、まだ日の浅い、いい意味で文化祭のような手作り感がなんともいい……むむ、これは私の求める〝ひとり酒〟の条件にピタリだ! 大箱の隅にあるカウンターに酒座を決め、その具合をみてみよう。
テーブル席では、おそらく久しぶりに集まった同期とヤンヤ、ヤンヤと楽しむ声が聴こえ、左隣に二つ離れて座っている先輩は枝豆とホッピーで飲っている。目の前の厨房では、マスターがシャカチャカと鍋を振る音が心地いい──あぁ……ここ、ここでひとり酒がしたかったんだよ。思い立ったら呑日、酒をいただきましょう。
出たっ、フル・ホッピーセットだぁ! ホッピーと宝焼酎のボトルは別々、デカめのジョッキに氷のボウル付きの最強セット。マクドナルドでも、このホッピー……いや、ハッピーセットを出していただけないだろうか。ボウルから氷をジョッキに入れて、宝焼酎のボトルを半分注ぐ。ホッピーをジョッキのテッペン1㎝まで注ぎ……
グ──っと、貪り飲む。自分で作る酒の旨しことよ。相手の酒を待つことのない、これもひとり酒の特権だ。よーし、料理は自分の好きなもんだけを、好きなだけ頼もう!
『青葉ニンニク炒め』
緑ィねぇ……緑と混ざったニンニクの湯気が、鼻孔に辛抱たまらない。緑の上にニンニク片を強めに乗せてパクリ。チャキシャキの食感に、ツゥンとくるニンニクが最高。皿底に溜まったお汁さんも、必ず飲み干しましょう。
おや、隣の先輩もひとり酒を楽しんでいらっしゃる様子。ちょっと気になるのが、テーブルの雰囲気で結構経っているだろうに、枝豆とホッピーだけでずっと飲ってらっしゃる。枝豆の値段は……380円と安い。なるほど、持たせますねぇ先輩。ひとり酒の趣を解っている。私も続こう。
『豚ホルモン炒め』
おほっ、強めのネギがうれしいですねぇ。そのネギを通過して、焦げ醤油の香りが鼻孔にタマラナイ。早くいきたいところだが、まずはお化粧をして進ぜよう。
辛いのは大の苦手だが、密かに辛さに慣れるようにと鍛えていたりもする。ひとり酒だとそれもできる。もし辛過ぎても〝辛いの顔〟を誰にも見られなくていい。コリシコのホルモンは、いい焼き上がりだ。濃い目の味付けをネギで中和させて、チビチビとホッピーで飲る快感ったらない。ただ、この〝ウマいの顔〟を誰かに見せられないのが少々残念だ。
『生ウニと生シラス』
大好物のツートップ。「ウニ、頼んでもいい?」なんて、誰に聞かなくてもいい。全部、僕が食べるんだもんっ!
めっちゃ粒の勃っているウニは、濃いが厚くて舌の上に蕩ける。シラスは醤油にジャブっと漬けて食べるのが好み。他に人がいると「醤油漬けすぎ」と呆れられるが、今日は遠慮なく漬けよう。シラスのほろ苦しょっぱいが、やっぱりうんめぇや。生ウニが650円で、生シラスが450円。カ──ッ、うめぇのに安い、これもひとり酒の絶対的条件だ。
「緊急事態宣言になってから、スーパーの買い物がうまくなりましたよ」
隣の先輩が、マスターと談笑している。どこに行っても規制、規制だったが、なるほど、先輩も少なからずヤツのおかげで得たものがあるのか。「でも、料理が下手だから痩せたけどね」と言って、マスターと笑う姿がいい。〝もう時間は気にしない〟と言わんばかりに、先輩のアテは未だ枝豆だけなのが心に和んだ。
言い忘れていた、ひとり酒の楽しさでもう一つ。〝誰にも気にせず人間観察ができる〟こと。やっぱり、酒場は楽しいねぇ。
さて、ボウルの氷も無くなりそうなことだし、もう一杯飲んでお開きとしますか。
帰り際、遂に先輩のアテに動きがあった。
「じゃがバターください」
あとで調べると……これも380円。ははぁ……それでさらに一時間は持たせるのであろう。長い夜になりそうですねぇ。
緊急事態宣言は解除されたが、これからも〝ひとり酒〟を愉しむ手はない。
つきのや(つきのや)
住所: | 東京都杉並区阿佐谷南1-14-12 |
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TEL: | 03-5378-8007 |
営業時間: | 15:30~22:00 |
定休日: | 月曜日 |