「こマねちZ」三鷹イチ入りづらい?そこには異世界酒場が待っていた!
私は、散歩が好きだ。
たとえば、行きたい場所があれば、あえて最寄りの駅からひとつ前の駅で降りて向かうし、ちょっと道に迷っても〝おっ、散歩できるじゃん〟と頭に過り、なんならルンルン気分だ。もちろん、その片手には缶酎ハイをしっかりと握っており、それをチビチビと飲りながら景色を眺めたり、珍しい人を観察したり、家々の家構えが結構面白くて、これがいいアテになるのだ。気が付いたら10㎞散歩してたなんてこともざらであり、その時の足のくたびれ感が堪らなかったりする。
ただ一つ、散歩の大敵が〝暑さ〟である。殊に東京の真夏の野外は殺人的な暑さで、常に熱中症を意識しなければならない。幸い、いままで熱中症に罹ったことはないが、強烈な日差しをジリジリと受けながら、大量の汗をアスファルトに零しながら散歩する過酷さは、他には例えられない。〝そんな時に散歩するなよ〟と言われそうだが、それでも散歩してしまうというから、困ったものである。ちなみに、ランニングと登山は一切やらない。
この日もかなり暑い日で、よせばいいのに吉祥寺から三鷹へと散歩を始めてしまったのだ。そこら辺の道の生え方は特徴的で、中央線を水平にしてそこを斜めにズドンとまっすぐ井の頭通りが伸びている。歩き始めは吉祥寺の雑貨屋がたくさんあるので楽しいが、三鷹に向かって段々と無機質な住宅街になる。それも楽しいのだが、なんせ今日は殺人的な暑さだ。余裕をコいていたが、かなりきつくなってきた。
ついには、遠くに陽炎が揺らめきはじめる。いや、あれは蜃気楼かもしれない。まさしく東京砂漠が、私を灼熱地獄へと誘い、もはやここがどこなのか分からなくなってきた。砂漠を散歩……いや、さ迷うこと数十分、ふと揺らめきの向こうに、赤い提灯が見えたのだ。
「オアシスか!?」と駆け寄ってみると、それはオアシスとは似ても似つかぬものだった。
看板らしきものはあるが、なんて書いてあるのか分からない……重心が全体的に低いドッチャリした外観は、どこからともなく植物が侵食し、もはや原型がどんなだったかを想像さえできない。しかし、暖簾の掛かりや提灯の灯り具合は、不思議な魅力を放っている。店先のビールケースからして酒はあるはず、少なくとも今の私にとってオアシスであることは間違いない。すぐに入ろう。
「いらっしゃいませー」
……えっ、何ココ!?
どこから説明していいのか、テーブル1卓とカウンターだけの小さな店内には雑貨、電気コード、旗、フライヤー……とにかく色々なものがギュウギュウに詰め込まれた、まるでオモチャ箱の断面のようであった。なんというか……そうだ、ゲームの『ファイナルファンタジーVII』にでも出てきそうなサイバーパンクな世界観──ここは、まるで〝異世界〟そのものだ。
天井に吊られた扇風機の数も半端ではない。全部点けたら、店内に〝エアロガ〟の魔法が起こりそうだ。こんなところで飲む酒は、さぞかし楽しいだろう。間口に近いカウンターに酒座を決め、マスターに酒を頼んだ。
この背景にして『ホッピー』が妙に映える。ただのホッピーが、得体のしれない〝ポーション〟にさえ見える。まずは暑さで干からびた喉へ、勢いよくポーションを流し込んだ。
ゴクッ……クラウドッ……ゴクッ……、くぅぅぅ──ケアルガうめぇ! ここが砂漠だろうが異世界だろうが、火照った身体にはホッピーが正解。おぉ……なんか楽しくなってきたぞ。この異世界で、何をアテてやろうかしらん。
これだけ人工物に囲まれた中での『セロリ』のコントラストよ。暑い時のセロリって特にうまいよなぁ。ぶっ太目のセロリを握るように持って、そこへたっぷりの味噌をつけて丸かじる。
瑞々しぃセロリの繊維質、シャリパリの食感がタマリマセンなぁ。葉っぱのところをマヨネーズ強めで食らうのも大好きだ。
この『焼鳥』、いい。まず、このステンレス容器のチョイスがいい。店の世界観にぴったりじゃないか。ネギ、モモ、レバはどれも丁度いい焼き加減で、特にレバなんて蕩ける食感が素晴らしく、おかわりしたほどだ。
『つくね』のテカリ具合がまたいいですこと。しっかりと黄身まで付いて、品のいいタレの甘じょっぱさが、黄身の甘いトロミとバッチリとマリアージュ。うーん、異世界の焼鳥ってウマいんだなぁ。
ふと、視線を感じる。
はて、店員さんか、それとも他の客か……むむっ!
貴方でしたか……目の前の謎の隙間に、どういう構造で雑誌が収まっているかなんてどうでもいい。ただただ、この異世界で吉岡里帆と目が合っただけで満足なのだ。
これまた〝こんなところで?〟という『鶏刺し盛り合わせ』がやってきた。レバ、ハツ、ササミと、かなり本格的な盛り合わせがうれしい。フレッシュなレバの歯ごたえ、ハツのザリザリ感、ササミはワサビを山ほど乗せて味わうのが吉。ツンとした辛さが、汗と共に体から抜けていくようでウマいッ!
いやはや、店だけではなく、ちゃんと料理まで楽しめる酒場だったとは、お見逸れいたしました。
ここは『こマねちZ』という店の名前だった。
スマホで調べてやっと分かったのだが、当時の画像らしき看板には〝やきとり こマねち〟と掲げており、現在ではその中の数文字だが看板に残っている。シュールなネーミングセンスといい、それを修繕せずそのままというのだからサイバーでパンク、パンクでファンタジー……やはり異世界な酒場であることに間違いはなかった。
「初めての方ですか?」
会計の際、マスターが声を掛けてくれた。その中に、ちょっと印象的な言葉があった。
「そうなんですよ、ごちそうさまでした」
「この店、三鷹イチ入りづらい酒場なんです」
「えっ?」
「またお待ちしてますね!」
〝入りづらくしてるけど、待っている〟
なんとなく哲学的で、深い意味を感じるマスターの言葉。もちろんですとも、また異世界を楽しみたくなったら、必ず訪れますとも。
暑い散歩道に出会った、蜃気楼のような酒場であった。
こマねちZ(こまねちぜっと)
住所: | 東京都武蔵野市中町1-21-10 |
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営業時間: | [平日]15時30分~22時00分 [土]17時00分~21時00分 |
定休日: | 日曜日 |