北千住「幸楽」異国とのハイブリッドが叶える大衆酒場の未来予想図
これだけ〝酒場好き〟と公言しておきながら、私はいままでに一度も酒場で働いたことがない。酒場どころか、そもそも過去に飲食業は『小僧寿し』と『漫画喫茶』くらいで、酒と密に関わる仕事をしたことがないのだ。若い頃にもっと飲食業を経験していたら、もう少し記事の厚みも変わっていたのだろうが、じゃあ今から酒場で働いてみるかといったら……無理だろう。なんたって、ここ何十年もデスクワークしかやっていない。
それはそうと、世の中の酒場は〝労働者の枯渇〟が甚だしい。古い酒場へ行ってみると「えっ、ここ潰れたの?」と、店先のシャッターが閉まり、そこには一枚の張り紙。読めば〝跡取りがいない問題〟の内容がほとんどだ。閉業でなくとも〝人手不足の為~〟などの理由で休業。確実に、人手不足の影は忍び寄っている。本当に惜しい酒場になると、「ちょっと跡取りになってみようかな」などと、本気で考えあぐねたが、なんせこちらはデスクワークしか出来ない身体だ。指を咥えて、灯りの落ちた酒場を後にするしか出来ないのだ。
かなり久しぶりに『北千住』へとやってきた。何気に『世界の乗降客数が多い駅ランキング』では6位という、実は巨大ターミナル駅である北千住。栄えているのは街だけではなく、酒場も相当栄えている。ここで昼飲みなんかおっ始めたら、午後二時くらいでベロンベロンになれるほど昼飲み酒場が多いのだ。
時刻は午後一時、今日も今日とて昼飲みにやってきたのは、駅から徒歩数秒にある『幸楽』だ。
北千住の昼飲みといったら、間違いなくここが挙がるだろう。いい具合に疲れた看板、焼き場からは既に焼鳥の焼ける香り。店先には、元気に呼び込みをする外国人の女の子店員。「外観の写真撮っていいですか?」と訊くと「イイヨー」と快諾。ただ、後で気が付いたんだが……
キッチン、ホール、洗い場、開店前の仕込み……全スタッフ募集中の張り紙! こんな人気店でも人手不足の波が……いや、人気店だからこそ人手不足なのかもしれない。どうしよう、入ったら店員がいなかったりして……
「奥ノ席ドゾー」
ウヒョホッ、こりゃいい眺めだ。店に入ると、また別の外国人女の子に席を案内される。そこから望む店内の景色は、これぞ〝大衆酒場〟だ。縦長の店内は、コンクリートむき出しの床、黒光りした天井や柱。壁にはびっしりと統一性のないメニュー札。昼時だが、ランチタイムの定食を食べている客などいない。全員飲りに来ている〝純正〟の呑兵衛たちで賑わっている。
まさに〝完全無欠〟の大衆酒場なのだが、少しの違和感。そう、甲斐甲斐しく店内で働くのは、アジア系外国人と日本人の若い女の子たち。こんな年季の入った酒場の店員は、普通オバちゃん軍団が相場だ。しかしここでは、名酒造の前掛けをした外国人女の子や、緑色の髪をした女の子が、元気に店を走り回っている。古い大衆酒場にして、このコントラスト……なんだか、心がマッタリする。
よし、ここはビール界のマッタリ代表『黒ビール』からいこうじゃないか。いやね、たまにふと、飲みたくならないかい?
トトトトッ(グラスが黒に染まる音)……ごくんっ……ごくんっ……、マッタ──リうんめぇぇぇぇ!! なぜでしょう、黒ビールって普通のビールより〝オトナ〟って感じがするのは。珈琲のような、焙煎された旨味がたまらない。さて、喉がオトナになったので、おつまみと参りましょうか。
なんたるポテトサラダしている『ポテトサラダ』なんだ! サニーレタスにボテッとひと盛り、キュウリとニンジンのシンプルイズベスト。何も余計なことはしない〝ド定番〟のポテトサラダのようだが、味の方はいささか特徴的。
ほんのり……いや、結構〝甘い〟のだ。素材の甘さというよりは、添加した甘さが強い。しかしこれが、なんとも病みつきになる。
『ハマチ刺』って、たまにとんでもなく旨いものに当たることがあるが、これがまさにそうだ。色味がブリに近い赤身の部分は、サクリとした歯触りがいい。脂はサッとノッていて、全くいやらしくない。それと反対に、トロの部分は醤油を弾くほどの脂がウマい。ワサビを付け過ぎくらいが、丁度いいかもしれない。うん、やはりこれは当たりだ。
少々片言でも、上手に常連客に愛想を振りまき、見ていて気持ちがよくなる手際で客を回す女の子たち。そういえば、十代の頃『小僧寿し』で働いていた時、忙しさの限界を超えると〝トリップ〟したことを思い出す。それまでは忙しさでイライラしているのに、突然「フッ」と快感に近い感覚に陥る謎の現象……これ、解る人いないかな。この女の子たちなら、もしかしてその状態を知っているんじゃないだろうか。
続いて、仰々しい『ニラ玉』がやってきた。チンチンに熱した柳川鍋には、完璧といっていい仕上がりのニラ玉が湯気を上げている。スプーンですくって、アッチ、ホッチ、アチチとひと口……うンまいっ!
甘めの玉子に交じりシャキッとしたニラの歯ざわり。まるで、ハイセンスなケーキでも食べているようだ。ニラ玉の下にはスープが潜んでおり、これまた上品な甘じょっぱさでGOOD。これぞ、日本の大衆酒場の定番の味だ。
「いかガーリック、オマタセシマシター」
好奇心で頼んだ『いかガーリック炒め』のかぐわしき香りよ。アルミ皿にイカとネギ、そしてキクラゲという意外な組み合わせ。果たして、どんな味なのだろうか……
イカのブリリと弾ける歯ごたえに、コリシコのキクラゲが抜群の相性。これでもかとパンチの効いたガーリックが、想像を遥かに上回るおいしさへと仕上げる。そして、味と香り共に〝アジアンテイスト〟に仕上がっているのだ。
そういえば、他のメニューにも『ベトナム風 いかのピリ辛炒め』や『ガーリックシュリンプ』、中には『ハバネロたこ焼き』なんていう、異国的料理が定番メニューと混じっている。
〝マスター、ワタシノ国ノ郷土料理オイシイネ〟
〝ほほう、いいじゃないか。ウチで出してみようか〟
なんて、もしかすると外国人女の子のアイデアが、ここのメニューに反映しているのかもしれない。最近になってそういう酒場に出くわすこともあるが、純日本の酒場と異国料理のハイブリットは、確実に良い化学反応をもたらしている。
人手不足を異国の方々に助けてもらいながら、日本の大衆酒場を守っていく──近い将来、古い大衆酒場の殆どがそうなるのかもしれない。いや、それってなかなか発展的で素敵なことだ。
そうなると、私もデスクワークを辞めて、外国人女の子たちと仲良く働いてみるとか……良いかもしれない。もしもそれが叶ったら、私だって地元の秋田料理をマスターに提案してみようかしら。
とりあえず今は、この〝幸〟せで〝楽〟しい日本の大衆酒場に乾杯だ。
幸楽(こうらく)
住所: | 東京都足立区千住2-62 |
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TEL: | 03-3882-6456 |
営業時間: | 月〜木 11:00〜22:00 金土 11:00〜22:30 |
定休日: | 日曜日 |