辛党必見!錦糸町「タイランドショップ」で自分史上、最辛の料理に遭遇
〝味覚〟について、どうしても苦手なものがある。それが〝辛味〟だ。いや、ワサビやカラシは平気なのだ。平気どころか、ワサビを舐めながら飲ることもしょっちゅうある。ここでいう辛さとは、ワサビの様な揮発的な辛さではなく、持続する〝HOT〟な辛さのことだ。
要するに、唐辛子の辛さだ。ひと口舐めれば、ビリビリと舌を痺れさせ、口の中はカッカッと燃えるように熱くなる。そうなったら食事どころではない、何もしたくなくなるだろう。〝辛党〟の方々は、なんだってあんな地獄を楽しむことができるのか、不思議でならない。
そんな辛さ耐性がまったくない私だが、酒場に行って辛い物が名物と言われれば、やはり食さないわけにはいかない。実際、そういう酒場も多くて、なるべくチャレンジするようにはしている。そう、努力はしているのだ。
例えば、今までで一番辛かったもの、それは間違いなく高円寺の『福龍門』の麻婆豆腐だ。過去に酒場ナビメンバーと共に、ここの麻婆豆腐を食べたのだが、とんでもない辛さだった。大の辛党であるカリスマジュンヤでさえ、ひと口してひっくり返ったほど。
私もちょっとだけ舐めてみたが、もはや食べ物というより〝劇薬〟だった。口が取れたんじゃないかと思うほど辛かった。食料不足になって何も食べられなくなったとしても、この麻婆豆腐だけは口にすることはないと誓っている。
しかし、世の中というのは広い。どんなものでも〝上には上〟があるのだ。絶対に覆らないであろうと信じていた辛さを、ブッチギリで超えてきた料理に出逢ってしまったのだ。
あれは、ちょっとした〝事件〟だった。
ちょっと珍しい酒場があると訊いて、昼の錦糸町へやって来ていた。なんでも揃う都会で、大きな繁華街もある。酒場はローカルチェーン『馬力』の本店や立ち飲みの『丸源』、老舗の『三四郎』や『鳥の小川』など多彩にある。なんといっても、昼飲みできるところも多いので呑兵衛には嬉しい街だ。
そんな酒場の猛者がひしめく街に、その『タイランドショップ』があった。
一見して、どこにでもありそうなタイ料理の外観だが、看板にひと目惚れした。〝タイランド〟の〝ショップ〟って、国自体が売り物ってことか? さらにサブタイトルが〝タイラーメン〟とある。タイラーメン……聞いたことがない。変わってるなぁ……ただ、本当に変わってるのは中に入ってからだった。引き戸を引いて、中へと入る。
おや……?
ここって……ふつうの輸入食品店じゃないのか?
見慣れない調味料、長粒米と派手な袋のインスタントラーメンが並んだ棚。脚がはみ出ている丸鶏に、南国っぽい野菜が入った冷凍庫。やはり、ここは完全にタイの輸入食品店である。ただ……
珍しいのが、その輸入食品に囲まれながら店の中央にテーブルが並んでいるのだ。そう、ここは輸入食品店で飲れる少し変わった酒場なのである。
ありそうでなかった店だ。ちょうど中央のテーブルが開いていたので、そこを今日の酒座に決めた。そして、いい意味でゴチャゴチャとした、アジアンな雰囲気で飲る一杯目はこれだ。
タイといったら『シンハービール』だ。シンハービールに、大瓶があったなんて初めて知った。グラスの模様もアジアンで可愛い。
トゥクトゥクトゥクッ(ビールがグラスに注がれる音)……ぐびっ……ぐびっ……、อร่อย、อร่อยมาก! 苦味少な目で喉越し良好。シンハービールは全部丁度いいサジ加減で、飲みやすいから好きだ。さーて、これだけ輸入食品があるのだから、出てくる料理もかなり本場に近いことだろう。まずはタイ料理の中でも、かなりお気に入りのアレからいこう。
これ、やはり『ネーム』からですよ。ネームは、ひき肉、もち米を発酵させて作ったソーセージだ。ソーセージの付け合わせに香草はなんとなく解る。ここへ、あえてピーナッツを添えてくる発想がおもしろい。
ムチムチした生ハムっぽい食感に、ほんのりとした酸味。唐辛子が練り込まれているので、ピリッと辛味がある。そうそう、これくらいの辛味なら大歓迎だ。この酸っぱ辛さには、ピーナッツの乾いた旨味がピッタリだ。実は、よく考えられた添え物なのかもしれない。
続いて『ヤムウンセン』がやってきた。聞いたこともない料理だったが、メニューは写真と説明文付きで、おいしそうだったので頼んでみた。春雨、エビ、イカ、ひき肉、紫玉ねぎ、そしてパクチー。明らかにヘルシーだ。
ただ、これが結構パンチのある食べ応え。春雨は日本のサラサラしたものではなく、ちょっと太めでモッチモチ。そこへニラやパクチーの香気、エビやイカのアクセントが相まって非常に美味である。ほんのりと唐辛子的な辛味があるが、これも大歓迎な辛味だ。
さすが、輸入食品を使った本場の味。珍しいだけじゃなく、ここは本当にウマいぞ! タイ料理だから、苦手な辛味に気構えていたが、とんでもない。
そもそも、アジアン食料店の雰囲気が好きなのだ。ちょっと薄暗くて、小ぢんまりしているけど、見たこともない派手なパッケージの食料品は、眺めているだけでも飽きない。以前から、そんなところで飲れたらいいのに……なんて想っていたが、ここがまさにその理想の店だ。
「オマタセシマシター」
タイが誇る青い酒『SPY』だ! これだよこれ、こんな日本離れした珍しさが楽しい。異常に青くて甘い酒をすすると……甘い!でも、それがいい! さらに、メニューへ目を落とす。おっ、シメでカオマンガイとか……やるっきゃないでしょう。その前に、もう一品くらい適当に頼もう。そうだ、〝フォー〟を忘れていた。この〝センレックトムヤム〟ってのがよさそうだ。説明文には〝からい〟と書いているが……まぁ、この店ならば大丈夫だろう。
──と、ここで〝フラグ〟が立った。
「オマタセシマシター」
しばらくしてやってきた『センレックトムヤム』。フォーの上にはひき肉とモヤシ、魚のすり身とパクチーがパラリと乗っている。スープはこれまでの中で一番赤いが、具だくさんで絶対にウマいはずだ。
さて、ひと口……
ズルッ、スルズル…………ん?
うん、ちょっと辛いかも……ゴホッ……あれ、結構……ゴホッ……いやいや!
これメッチャクッチャ辛いぞ!!
シャレになっていない。間もなくして唇はパンパンに腫れあがり、舌はジンジン、喉はヒーヒー炎を噴く。もうね、辛いとかじゃなく〝痛い〟の。顔の下半分が痛い。どうしたって、我慢ができない痛みだ。SPYをガブ飲みしてもまったく、まったく痛みは引かない。
パクチーの単品を頼んで、無理やり口の中に突っ込んでみたが、あのパクチー強い香気すら一瞬でかき消された。実は他に二人の同行者もいたのだが、辛味には多少自信がある二人も、悶絶しながら「頭が痛い」や「家に帰りたい」と言い出す始末。
「お姉さん、これメチャメチャ辛いよ……」
「ソウ、辛イネ。フフフッ」
何杯目かの水のお代わりを頼むときに、外国人店員のお姉さんに泣き言をいった。たしかにメニューには「からい」とは書いてあったが、もっと〝辛い〟を強調して書いて欲しかった。
結局、三人ともひと口だけで完全にノックアウト。ほぼ、手つかずで残してしまってごめんなさい……でも、どうしても無理だったんです! 本当の意味で〝口直し〟をメニューから選ぶ。
「このチャーハンは辛くないですよね……?」
「アー、チョト辛イ。ピリ辛」
「ピリ辛……ほんとに?」
楽しみにしていたシメの『カオパットマンクン』という海老チャーハンを頼んだが、もはや疑心暗鬼でしかない。チャーハンのオレンジ色は、センレックトムヤムのスープで付けたんじゃないのか、実は添えてあるエビは、センレックトムヤムなんじゃないのか……?
結果的にはかなりおいしかったのだが、顔半分の麻痺はその後2時間、収まることはなかった。
真の辛党からしたら大したことないのかもしれないが、間違いなく今までの人生で〝最辛〟だった。ただ、辛さに自信アリという方は、是非ともチャレンジしていただきたい。
「AHAHAHA!!」
「แย่ที่สุดใช่ไหม?」
帰る間際、隣で談笑する二人の女の子たちのテーブルを見て度肝を抜いた。なんと、センレックトムヤムの丼を空にしていたのだ。嘘だろ……言葉からして、おそらくタイ人なのだろうが、これは談笑して食べられるような代物ではない。二十代前半くらいか、私の半分くらいの年齢だろう。なんだか、すごく情けなくなってきた。そして、辛さに動じない彼女らが羨ましくてしょうがなかった。
「残してごめんなさい。これも下さい……」
「アリガトゴザイマス」
辛さに対して、今まで以上に苦手になりそうだったが、このまま辛さに屈したら、本当の負け犬だ。麻痺した口元を労わりながら、食品棚からなるべく辛そうなインスタントラーメンを取って購入。
ド派手な袋を見ただけで、また舌がジンジン疼いてきた。果たして、これを食べてみたいと思う日はやって来るのだろうか……辛さへの戦いは続く。
タイランドショップ(たいらんどしょっぷ)
住所: | 東京都墨田区錦糸3-7-5 |
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TEL: | 03-3625-7215 |