今日は埼玉で昼から飲む!蕨「冨士屋」の定食タイム
酒場好きの酒呑みには、無意識的な〝使命〟が存在する。それが、絶えず〝昼飲み〟ができる酒場を探していることだ。そう、これを読んでいるアナタもそうだ。町を歩いてて、それっぽい建物は見えると店先に走り、営業時間を確認するのは当たり前。「おっ、11時から営ってるのか」と分かれば、恨めしそうに外から店内をのぞき込み、先輩らが飲っているのかをチェック。仕事の休憩中だって……いや、仕事をやるフリをしながらネットで昼飲み酒場を探しているはずだ。
昼飲みが出来ると分かって、「よし、行ってみよう」と決めたあとは〝脳内予習〟である。どうやって始めようか……開店早々だと店主に〝卑しい〟と思われるかもしれないから、口開けを少し過ぎてから行こう。店に入って、まずは瓶ビールだろうな……おっ、昼間からでも結構しっかりとしたメニューも扱っているじゃないか。ならば、刺身盛り合わせと串をタレで少々……いや、あんまり〝飲る気マンマン〟てのも気が引けるから、まずはハムエッグにしておこう。あくまで〝昼飯のついでにちょっと飲むだけですから〟をアピールしておきたい。まぁ、結果的にホッピー諸々頼んじゃうわけだが。なんにせよ、ランチ時は店も忙しい。少しでも店主に心証を良くしておいた方が、遠慮なく昼飲みができるというものだ。
馬鹿みたいなことを言っているが、私は案外こんな感じで昼飲みに挑んでいる。特に平日の昼時は、どんな店もランチメニューをメインで扱っているので、昼飲み客にのんびり飲られては回転率も悪くなる。「誰もそこまで気にしてねーよ」と同志に嘲笑われそうだが、一応そんな気を使いながら〝使命〟を遵守している。
さて、実際の昼飲みに話を移ろう。
埼玉の『蕨』に、初めて来た。よく考えると凄い町の名前だ。地名が山菜っていう……まぁ、そんなことはどうでもいい。ここへ訪れた理由はもちろん、昼飲みが目当てだ。以前から気になっていたのが、駅からすぐにある『冨士屋』である。
「うほっ、めちゃくちゃタイプなんですけど!」
ウットリ、素晴らしき外観。酒場とも食堂ともいえないその独特ない出で立ちは、地方の少し栄えた町にありそうな雰囲気。民芸風の全体的に茶色い外観、店先のショーウインドウ、ビールメーカーのノボリ。ちょっと渋いが入り難くもない、すべてが丁度いいバランス感。女優で行ったら沢口靖子、めちゃくちゃタイプなやつだ。
事前に調べたところ11時から営業しており、間違いなく昼飲み出来る時間割り。現在13時少し前。あと数十分もすれば、ランチ客がいなくなる理想的な昼飲み時間となる。我ながら素晴らしい時間配分だと自負しつつ、さあ店に入ろう。
チリーン、チリーン……
純喫茶っぽい、懐かしいドア鈴の音色が、
昼飲みのはじまりの合図。
おぉ……店内は思っていたより大箱で、ピカピカのレトロ感! 昭和チックな鶯色の砂壁風、天井にはいくつもの小さなライトが並び、なんとなくレトロな洋館を彷彿とさせる。良い……これは素晴らしく良い。こんなところで昼飲みするために、我々は日々頑張っているのだ。早く、飲らせてくれ!
「すいませーん」
「はーい。レジにあるメニューからお選びくださいね」
ん……レジにあるメニュー? 奥の方で、お運び女性が料理を運びながら仰る。店の入り口にあるレジ台に目をやると、一枚のメニューがあった。それを見てみると、コロッケ定食、とんかつ定食、焼肉定食など、定食のみが記されていた。
「あれ?」と、メニューの裏側を見ても酒や一品料理が書いていない。そうこうしていると、先ほどのお運び女性がやって来た。
「お決まりですか? 先払いでお願いしますね」
先払い?……あっ、しまった! ここはあれか、昼時は〝定食限定〟ってやつだ。昼飲みができる酒場を探していて、たまにあるんですよ。いや、まったく問題はないのだが、そうなると本当に定食だけ食べて帰るしかない。困ったなぁ、酒なし定食のみなんて……ここ最近経験していない。ただ、いつまでも店先に突っ立っていられない。元々は単品で頼もうとしていたハンバーグを、定食でお願いすることにした。
酒座……いや、今日は酒なしなので、ただの〝席〟か。この席が四人掛けの広々としたテーブルで、座り心地バッチリ。うーん……本当はここに、酒とアテを並べるはずだった。
定食はすぐに届いた。酒なしナイーブをよそに、これがまた素敵な『ハンバーグ定食』だった。目玉焼きの付いたハンバーグの皿、ライスとみそ汁に漬物。マカロニサラダまで付いている王道セットだ。
この手作り感満載のハンバーグのインパクトよ! まずは俵型の大きな肉塊を、割り箸で半分に割る。すると断面から、大量の旨汁が溢れ、たちまち皿を満たす。汁が滴る半分をカジリつくと……んまいっ!! 咀嚼毎にジュワッ、ジュワッという旨味が口に溢れ、独特なスパイスの風味と共に口福へ至らせる。
その口福を残したまま、酒を……いや、ライスを掻っ込む。あぁ……今の私は小学生だ。小学生だった頃の、ご褒美晩御飯を食しているのだ。これはこれで、なんだか良かった気がしてきた。いや、今日はこれで正解なのかもしれない。
酒はないが、これはこれで愉しむことにしよう。続いては目玉焼きと絡めて……おや?
今更だが、テーブルの端にメニューがあることに気が付いた。定食メニューはもちろん、夜からのグランドメニューもある。ハンバーグをモグモグしながらメニューをめくり、コレがいい、アレもいいなどと未練たらしく読み進め、ドリンクのページに辿り着く。図らずも、
「あの……すみません」
「はーい」
「お酒って、頼んでもいいですか……?」
未練たらしいついでに、お運び女性に〝酒が飲めるか〟の確認をしてみたのだ。なんと未練たらしい男だ。ハンバーグ定食を食って、大人しく帰れば……
「ええ、大丈夫ですよ」
「……ふぁっ!?」
頼めたのだ、フツーに酒が頼めたのである……! つまるところ、私の思い込みだったという。本当にね、私ってばこういうオッチョコチョイな奴なのだ。そうなると私の卑しさは止まらず、「もしかして、単品も頼めますか?」などと性懲りもなく訊いてみたのだ。無論、単品も問題なく注文できるワケで。
まずは先に『ホッピー』の到着だ。定食ビハインド五回裏、飲めないと思って飲めると分かった時の嬉しさといったらない。なんだか、久しぶりに君と再会した気分だ。瓶だって、いつもより艶やかに見える。
焼酎とホッピーを5対5で割り、一気に半分まで飲み込む。アルコールの幸せな苦みを喉に感じつつ……やっとだ、これでやっと求めていた昼飲みが始まったのだ。
続いてやってきた『ポパイエッグ』。バターのいい香りと、たっぷりのほうれん草にベーコンとシメジ。そこへ半熟よろしく、目玉焼きがまたいい。
これが、バター効きまくりのウマさ喜々まくり。クリーミングなバターの風味が鼻から抜け、シャグシャグとしたほうれん草の食感が最高。とろり半熟の黄身が、それらをまろやかな風味へとまとめてくれる。あぁこれ、食堂で昼飲みしてるっぽいぞ。
「少しお時間かかっても大丈夫ですか?」
「もちろんですとも!」
私の思い込みで、定食からの腹五分目スタートの現在13時半。お腹は目盛りいっぱいだが、もう一品どうしても頼みたいものがあった。
それを告げると、奥の厨房からマスターらしき方がカウンターの板場へとやってきて、柳刃包丁を握った。完全に、私の頼んだそれを仕込んでいる様子。こんな呑兵衛ごときのためにわざわざと……なんだか申し訳ない気分だ。
「刺身盛り合わせ、お待たせしました」
うおぉぉぉ!なんて美しい盛り合わせだ! 角皿にマグロ、ホタテ、ハマチ、タコ、そしてゲソを挿れてくるセンスの良さよ。
マグロ、ヤバい。何センチあるのか、分厚い切り身はビシッとカドが立っている。赤身なのにコッテリとした脂がたまらなく、まるで超レアステーキを喰らっているかのようだ。分厚さはホタテやハマチも負けておらず、モッシリとしたパンチがある食い応え。タコとゲソはサクッと歯切れよく、コリシコでかなりウマい。この刺身たちと、ホッピーを交互に飲る。
なんという幸せ。何度も言うが、未練たらしく酒が飲めるかを確認してよかった。
全部食ったった……一時間かけて、腹はとうに限界を超えた。
周りの席では、サラリーマンと学生らが既に入れ替えを3回はしている。もちろん、彼らは酒を一滴も飲らずにだ。どこか後ろめたさを覚えつつホッピーを啜っていると、歳を召した〝マダム〟がひとりで入ってきた。
かなりの上品さを醸し出しているマダムは、私の隣のテーブルへ座った。位置的に私と向かい合わせなり、目が合う。思わずホッピーの瓶をテーブルの端に寄せた。マダムは、ホッピーなんぞ知らないだろうが。
「あらどうも、お久しぶりですね」
「そうなのよ、中々食べに来れなかったでしょう?」
通りかかったお運び女性とマダムが挨拶する。コロナの影響か、おそらくこの店の常連だったマダムは、最近まで来れないでいたのだろう。と、その時。
「おビール、いただくわ」
さり気ない、そして優雅にビールを頼んだマダム。すぐに届いたビールをグラスに注ぎ、スッと口元へ運ぶマダム。午後の光がわずかに店内に注ぎ、そのテーブルを映す光景は、まさに私の理想とする昼飲み状態だった。
そして彼女のアテは、生姜焼き定食。定食しかないと悲嘆していた私……なんたる浅ましきこと。
定食だ、定食を見つけよう。これからそれっぽい建物を見つけた時は、あえて定食で飲ってみるのもいいかもしれない。と、またマダムと目が合い、なんとなく頭を下げ、私もホッピーを上品に口元へ運んでみたのだ。
昼飲みの〝使命〟は、まだまだ終わらない。
冨士屋(ふじや)
住所: | 埼玉県蕨市中央1-30-5 |
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TEL: | 048-444-2344 |
営業時間: | 11:00~14:00×17:00~23:00[日祝]11:00~14:00×17:00~22:00 |
定休日: | 水曜日 |