二年越しの再訪、こだわりと大雑把の間で…「まぁ、いいか」/大井町「野焼」
私はいわゆる〝O型〟の典型で、何事もかなり大雑把で、基本的に「まぁ、いいか」で済むのだ。小学生の頃だったか、いつも履いていたビーチサンダルの片方をどこかに無くしてしまったのだが、そのまま片方だけ履いたまま数日間過ごしていた。それを見た祖父が「片足が無くなるぞ!」と叱られて止めたが、なぜ片足が無くなるのか?の疑問すら「まぁ、いいか」だった。美容の専門学校は卒業をしたものの、免許を持っていない。なぜなら試験日がよくわからず「まぁ、いいか」と、そのうち分かるだろうと思っていたが、気が付いたら試験は終わっていたという。中年になってから一番言われるのが、トイレや風呂の使い方が雑なことだそうだ。〝そうだ〟というのは、他人に注意をされるものの、私自身が注意の内容を理解っていないのだ。
大雑把もそうだが、要するに〝興味がない〟ことは特に「まぁ、いいか」なのだ。
逆に気になったことは、とことんこだわるのがO型だ。掃除をし始めると床を引っ剝がしてでも綺麗にしたいし、夜中に目が覚めて名案なんかを思い付こうもんなら、そのまま朝まで寝れなくなる。やはりというべきか、これが私の大好きな酒場のこととなれば大変なことになる。
今からちょうど二年前、友人らと『大井町駅』へ訪れた。スーパー銭湯に寄り、その帰りに一杯飲ろうかとなり、とある酒場へ入った。
その酒場は15時から営っており、とにかく酒と料理が安くてどれもウマい。「何個玉子使ってるの?」と驚くデカ納豆オムレツは390円で、大皿に特盛りの焼うどんもたったの590円という。これだけコスパのいい酒場も他にはないだろう。
その中でも、特に気に入った料理が二品ある。ひとつが『イワシ刺』だ。下駄盛りの尾頭付きで、見るからに捌きたて。かなりウマくて、おかわりした程だ。
もうひとつが何気なく頼んだ『自家製さつま揚げ』だ。とにかく衝撃的なおいしさで、こちらもおかわりをした。
是非ともこの酒場を記事で紹介しようと、悦び勇んで帰った後日。撮った写真を見返して発狂した。
なんだよ、この写真!
一見、普通の外観写真に見えるが、よく見ていただきたい。そう、〝看板の電気が消えている〟のである。さらには、赤ちょうちんまで……そういえば、二年前はまだコロナ禍で閉店も早かった。それで閉店ギリギリまで飲ってから撮ったもんだから、看板の電気を落とされてしまったのだ。そのことを、酔っぱらって気づいていないという。
「なんだ、それくらい」と普通なら思うのだろうが、私はここで「まぁ、いいか」とはならない。眠れないほどではないが、気になってしょうがない。絶対に外観の撮り直しへ行こうと、再訪を誓った。
と、気づけば二年もほったらかしだったという……こういうのがやはり大雑把なのだ。
二年後のこの日〝大雨警報発表〟が発令され、都内は大混乱となる予想。何度も行くのを躊躇ったが、気合で再訪することが出来たのだ。件の店に着くと、ポツポツと雨が降り始めた。まずは外観を撮る前に、一杯飲りぁしょう。
二年ぶりの店内は、何も変わらず相変わらずの落ち着き。L字に曲がった店内は、片面がカウンターであとはテーブルが数席。古過ぎず新し過ぎずのちょうどいい雰囲気だ。よし、まずはホッピーからいただきましょう。
ゴキュッ……ゴキュッ……ゴキュッ……カッ──ニネンブリウメェェェェッ!! 再会の喜びに反し、外はいよいよ本降りになってきたが、もうそんなことは知らない。今興味あるのは〝アノ〟料理だ。
出た! 尾頭付きの『イワシ刺』だ! 切り方が前とは若干違うが、今回の方がウマそうだ。ビンビンに新鮮なところをひと口。
ウン──メ──ッ!! やっぱ、間違いない。口に挿れた瞬間、肉厚の身はトロリと舌に溶け、極上の旨脂に包まれる。これのどこが〝弱い魚〟で〝鰯〟だって? とんでもなく力強い旨味が、いつまでも口の中で泳いでいる。無論、前回同様におかわりを頼んだ。
お久しぶりですね、『自家製さつま揚げ』さん! 綺麗なキツネ色が三玉、そこへシシトウがポンと伸し掛かる。ちょっと太ったのかな、前より丸みを帯びている。なんにせよ、懐かしさで涙が出そうだ。
咀嚼を阻むかのように弾ける表面、それをプツリと前歯で破くと中にはプリップリのすり身。これだ……この魚のエキスを凝縮したすり身が、とてつもなくウマいのだ。ツユも添えられているが、そのままでも十分イケる。これを〝この状態〟で家に持って帰って、もう一度感動を味わいたい。
「もしもし? 音が聴こえなくなったみたいで……」
いや待て、家に持って帰る前に緊急事態だ。雨がだいぶヤバイことになっている。さっきまで店内に流れていた有線ラジオ放送が大雨の影響で止まり、男性店員が業者に問い合わせしている。他に何組か客が居たが、皆ザワザワとしている。ここからも外の雨の様子が見えるが、大雨どころか巨大台風のようだ。一歩だって店からは出られる状態ではないが、そんなことは知らない。今興味あるのは次の料理である。
黒板のおすすめにあった『天然ブリ刺』がやってきた。血色のいいピンクの身には、テラテラと脂が光っている。というか、魚ってこんなに脂が浮かぶものなのか?
箸先にズシリと重いひと切れに食らいつく──うんえぇぇぇぇぇ!! きっと……いや、絶対に今まで食べてきたブリ刺で一番ウマい。ねっとりと熟成肉の様なグルタミン酸の旨味、それが舌にまとわりついてみなさい。昇天ギリギリを保つのがやっとだ。
迷わずこちらも〝おかわり〟だ。ブリ刺をおかわりなんて滅多にないことだ。しかしこの店、何回おかわりをさせるのだろうか……まぁ、いいか。酒のおかわりもいただこう。
大雨の酒場は、おかわりと共に過ぎていくのだ。
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♪山へ行こう 次の日曜 昔みたいに雨が……
しばらくすると、止まっていた有線ラジオからドリカムが流れた。外の様子も、だいぶ穏やかになっている。待ってましたと言わんばかりに、客らは会計して店を後にする。私の方は、もう少しおかわりをしたいところだが……いや、今日のところは大人しく帰ろう。
「雨、止みましたね」
「みたいですね、ごちそうさまでした」
外に出ると雨は止んでいたが、空の奥にはまだ怪しい雲が控えている。店のマスターにお礼をして、急ぎ足で駅へと向かった。
いい酒場だったな。ここは絶対にまた飲りに来ようと、再訪を誓った。
──あっ、外の看板の写真は!?
大丈夫、今回はバッチリ。
すべての明かりが点いている。あー、これでスッキリ。
え? 看板にノボリがかかってるのは気にならないのかって? そこは……「まぁ、いいか」
野焼(のやき)
住所: | 東京都品川区大井1-8-4 |
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TEL: | 03-3777-5557 |
営業時間: | 15:00~23:30 |
定休日: | 月曜日 |