日暮里「いづみや」ぼっちなあなたに妄想酒場への誘い
《ひとり酒》をするのが好きな方は多いかと思う。いや、むしろ現代の個人主義社会では、大勢でガヤガヤと酒を飲むのが嫌いな方のが多いかもしれない。
そんなことを言っておいて、私は大勢で酒を飲む方が断然好きである。理由は、単に酒の席では〔話相手〕が欲しいからなのだ。
しかし、〔酒場〕の〔ナビゲート〕などというサイトの大風呂敷を広げている以上、ひとりで店に出向かなければいけない場合もある。
そんな時、私はひとりでどう酒場を過ごすかというと、
『妄想』
である。
スマホを弄ったり、本を読んだり、店員と喋ったり……いくらでもある〔ひとり酒〕の愉しみの中から、私が好んで選ぶ過ごし方は『妄想』一択なのである。そしてそれは、ボーッと店内を見ながら酒を飲みつつ、何かしらのきっかけで〔発動〕するのだ。
先日、前から行ってみたいと思っていた日暮里の酒場に行ったときのこと──
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『日暮里駅』
普段から山手線を使っているのだが、渋谷、新宿、池袋などの常に開発に次ぐ開発ばかりの駅しか利用せず、たまにこの日暮里の方に立ち寄ると、突然の色褪せた景色に本当に同じ路線なのかと困惑する。
ことに『日暮里駅』は、何度か降りたことはあるのだが、建物が全体的に〔錆びている〕イメージだ……いや、実際に錆びている。
そんな錆駅の目の前に、今回行ってきた酒場が現れる。
『いづみや』
擦れた暖簾の渋みも然ることながら、幾度の修正に修繕を繰り返してきた店先の看板も味があってよい。……とまあ、こういう発見を共有できないのも、《ひとり酒》をしない理由のひとつでもある。
「空いてるところどうぞー」
中へ入ると、これまたよい具合に〔擦れ声〕の女性店員が迎え入れてくれる。よくみると奥の座敷席で昼食を食べていたのだが、〔裏方〕で食べないというある意味〔客優先〕の姿勢が素敵である。
綺麗に磨かれているカウンターの一番端に座り、近い将来、内壁と一体化してしまいそうなメニュー札を眺めていると、
「メニュー見えるー?」
と、先ほどの女性店員がニッコリとカウンター越しに話しかけてきた。
「目だけはいいので大丈夫です。天羽の梅サワーください」
「はーい」
『天羽の梅サワー』
天羽っ濃いっ!!
『天羽の梅』というシロップをサワーで割って飲むのは、東京の下町ぐらいだと思うが、私はこの天羽の梅の味が好きで、ここまで濃い目に入れてくれると、授かった羽で飛んでイキそうになる。〝梅〟と言いつつも誰もが知っているあの〝梅〟は一切入っておらず、何とも表現し難い味なのだが、マッタリとした風味は炭酸……いや、東京下町的に言うと〔タンサン〕にピタリでいくらでも飲めるのだ。
続けて、いくつか料理も注文する。
『アジフライ(410円)』
いい具合に〔反り揚がった〕フォルムに、感激ソースを滝流す。ザャグッとした噛み応えの後は、柔らかくて旨味たっぷりの身をじっくりと賞翫することができる。
『まぐろぶつ(510円)』
各面に1~6までの〔点〕を書き入れれば、そのままサイコロとして使えそうなくらい真四角形で美しいフォルム。
こちらも滝醤油をワサビ塊に滝打たせて、十分に浸漬させたところで先ほどの〔天羽の梅〕でマッタリと流し込めば、此れ口福に。
店のBGMは環境音と、たまに聴こえる〔擦れ声〕のみ。
落ち着いた昼下がりの情景に、ウマい料理と酒が幸せのひと時を過ごさせてくれるのだが……やはり、ひとりだと口寂しい。
まあ仕方なしにと、しばらくは頭上にあるテレビでも観ながら天羽を啜る。
そんな時、
例の〔発動〕が訪れる──
……あれ?
「あら?テレビ映らなくなってるわね?」
突然、観ていたテレビが《信号なし》という黒い画面に切り替わったのだ。
静かな店内に女性店員の訝しむ声が響き、数人いる客も一斉にテレビ画面を向いた。
にわかにザワつく店内。
女将は何度もリモコンをテレビに向けて操作するが何の反応もない。
「……どうしちゃったのかしら」
もしかしてもしかすると……
何か『事件』が起こってたりして……。
パチンッ──
……ここで遂に私のひとり酒の定番、『妄想』が〔発動〕したのだった。
《以下、妄想》
〝ピーポ──ピーポ──……〟
そんな中、遠くで救急車のサイレンが聴こえてきた。
うーむ……何か胸騒ぎがする……。
「やっぱ駄目ね。電気屋さん呼んで来るわ」
待って!!
外へ出ては駄目だ店員さん!!
なんだか危険な気がするんだ!!
「あの!すんません!ハ、ハムエッグください!」
「?……はい、お待ちください」
あぶなかった……
どうにか〔侵略者〕が跋扈する危険な外に行かせるのを止めることができた……。
もうお分かりだと思うが、
この〔謎の通信障害〕は、おそらく地球を侵略しにやってきた『宇宙人』の仕業なのだ。
パニック映画が大好きな私は、先日も観たトム・クルーズの《宇宙戦争》を貪る様に観ているから分かってて──
「……ハム……」
──その映画もトムの携帯電話が突然繋がらなくって、息子たちと外に出てみたらなんと空に──
「あの、ハムエッグ……ですけど」
「えっ!? ……あー、すみません……」
ハッと気づくと……目の前には〔擦れ声〕の女性店員が立っていた。
緊急事態のあまり、我を忘れていたところに『ハムエッグ』が届いたのだ。
うーむ、自分はこの緊急事態に一体どうしたらいいんだ……うわっやっべ!!
思わずボーっとして醤油をかけ過ぎてしまった……
だが──
……そうだよ、〔宇宙人〕になんか攻められたって、平和ボケの日本が対抗できるわけもなく、結局はアメリカにいる離婚調停中の冴えない何かの技師のパパがなんとかしてくれる……はずだ。
ここは落ち着いて、宇宙人野郎にただでやられる前に、酒場で好物だった酒と料理を食べて〔宇宙人との戦い〕に備えるとにしよう。
「冷酒……冷酒ください!!」
「はーい、冷酒ねー」
……この女性店員もさっきと比べると、なんだか表情が硬くなった気がする。きっと彼女も、この状況に気づいてしまったのに違いない……。
『冷酒』
ンまい……。
やはり秋田県出身の私の最後の酒は、日本酒で正しかったようだ。
しっかりと〔もっきり〕をしている冷酒の背景にいる先輩も、『兄ちゃん……宇宙人なんかに負けるんじゃないぞ』と気遣ってくれる。
あと食べておきたいとものは……あ、あれか!
『ほうれん草のおひたし(270円)』
おひたしが食べておきたいというより、上に乗っている『かつお節』が食べたかった。『かつお節なんてもの、例え侵略者との戦いで生き残ったとしても、その後生きているうちにこれだけ日本特有なもの食べられるかどうか……
ん?〝日本特有〟だって?……そうだ、アレを忘れるところだった!!
『納豆(190円)』
大好きなネギ多めっ!!
もう〔高血圧〕の事など一切考える必要はない。人類最大の危機に直面したこの世界に、残される人類に希望を託すかのように一滴一滴たっぷりと滴らせる。希望で漬かった納豆にカラシ絡めて口に入れた。
──涙が、出た。
これからこの店を飛び出せば、もう家族や友人、そして酒場ナビのメンバーたちみんなと会えなくなるのだ……同時に〝ただのカラシ乗せ過ぎやろがい〟という声もどこからか聴こえたが、私の〔最後の戦い〕はもうそこまで来ていた。
対面の男女客も、無心で最後のポテトサラダを食べている……ポテトサラダもよかったかもな──と思いつつ、
〝さあ来い、宇宙人野郎!!〟
私は、勢いよく立ち上がり、そして店の出口を前にして深呼吸をした。
アメリカのパパじゃなくても、最後に日本人の神風が一発食らわしてやる……!!
力強く引き戸を開け、目の前に広がる日暮里駅前の宇宙人来襲の大惨事に、ライフル銃を構え、うおぉあぁ──
《以上、妄想》
──などということは一切なく、ブォォォンという音を鳴らし都営バスがちょうど出発したのだった。
さーて、帰ろっと。
【閉店】いづみや 日暮里店(いづみや にっぽりてん)
住所: | 東京都荒川区西日暮里2-18-5 |
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TEL: | - |
営業時間: | [月~金・土・日] 11:30~21:00 |
定休日: | 不定休 |