神戸「ひかり」愛しの神戸美人はありのままで
関西弁の女性って……『おっかない』
東北は秋田の田舎で育った私は、上京してきて驚いたことなど山ほどあるのだが、その中のひとつに『関西弁の女性』も含まれている。
秋田ではほぼ出会うことのない関西女性のイメージなど、上京ホヤホヤの頃は皆無に等しく、そのうち実際に関西女性が関西弁をしゃべるのを初めて聞いた時は「うわっ!! 女が関西弁しゃべってる!!」と驚き、直後に「そらしゃべるやろ!!」と後頭部を叩かれたものだ。
たまたま私だけなのかもしれないが、それ以降、出会えば出会うほど『京都美人』はまったく〝はんなり〟などはしておらず、知れば知るほど『大阪の女性』は〝大阪のおばさん〟であることを思い知らされた。
だが──、『神戸』の女性はどうだろうか。
東京にいながらでも、大阪京都の出身女性は割と出会うが、純粋な神戸出身の女性に出会ったことはなかった。
イメージだと……そう、洒落た港町に住む上品でシュッとした美人、といったところであろうか。そう言えば、私が骨抜きになった『北川景子』や『大橋未歩』も神戸出身の美人だ。
やはり、品のある関西訛りと端麗な見た目とのギャップで、キュンと魅せられてしまうんだろう……そんな事を漠然と想像していたのだった。
「神戸の女はええでぇ~」
そんな私の想う『神戸女性』を不躾かつ卑猥に語るのは、ご存知、酒場ナビ兵庫県代表の『イカ』である。
そうこの男、実は神戸市とも近い《西宮市》が出身で、もちろん神戸にも詳しい。そんな彼が、神戸のお好み焼き屋で『女将』と『若女将』の女性2人が切り盛りしているという店へ呑みに行こうと言うのだ。この時はちょうど、その店の隣にある『中畑商店』でホルモン焼きを2人で食べていたので、私は五つ返事で了承したのだ。
『ひかり』
既に店名が美人っ!!
これはまさに『神戸美人』に逢える期待度100%で、私はドキがムネムネしながら店に入っ……
「らっしゃーい!! 兄ちゃんら2人~!?」
「えっ!?……あ、はい」
「ほな、そこの空いてるカウンター座ってや~!!」
店に入ると例の若女将が声を掛けてくれたのだが……
あれ……?
上品で控え目なはずの神戸女性にしては、ちょっと声が大きくないか……?
いや……少しだけお転婆さんなだけだろう……。
目の前には焼油でよく磨かれた鉄板がカウンターの端から端まで伸びており、そこから漂う『熱気』と香ばしい『香り』だけですでに酒が飲めそうだった。
「何しはんの~」
と、訊ねてきたのは年配の女将さんだった。『神戸美人』……というよりかは七福神の『大黒天』様に近い風貌の女将に酎ハイを祈願した。
その大黒天様に小槌を借りて《酒ゴング》……とはいかず、普通に酒ゴングを鳴らし思わず〝えびす顔〟になるのだ。
「兄ちゃんら、隣でホルモン食うて来たんか? せやろ?」
酎ハイを口に付けると同時に、今度は若女将が訊ねてきたので慌てて、
「はい、隣の『中畑商店』で食べて──」
「どやった? おいしかったやろ? もうお腹一杯ちゃうん? なあ?」
「えっ!? あ……あの、はい……」
〝ガラガラ おーい、おるんやろー? 入んでぇー〟
と、突然自分の家にドカドカと入ってくる様な……そう、この関西人特有の《勢い》……ちょっと、神戸女性のイメージに違和感を覚え始めた……。
そんなことはよそに、イカがその慣れた関西弁で大黒天様に言う。
「お母ちゃん『玉子のり巻き』ちょうだーい」
「一本でまるごとでええんか?」
「まるごとでええでー」
「ほなちょっと待ってなー」
そう言うと、目の前の鉄板に生地を流し込む大黒天様。当たり前だが、生地の形の造り方に始まり、具を乗せるタイミングや生地を返す手つきは、さすがプロで──、
「お母ちゃんちゃうで!! こーやるゆーてるやん!!」
ドキッ!!
突然、若女将がまるで《極妻》の『岩下志麻』並みの迫力で大黒天様を叱りつけた。いや、関西弁慣れをしていない私だけがそんな風に聞こえたのかもしれないのだが……大黒天様は何も言わずにそのまま焼き続けたのが印象的だった。
通常の『お好み焼き』であればこの状態からトッピングをして食べ始めるのだが、この『ひかり』ではここからさらにある工程が待っているのだ。
若女将が焼き上がったお好み焼きを、あらかじめ鉄板で焼いていた『海苔』に乗せ、
なんと、そのまま『太巻き』を巻く要領でヘラを使ってお好み焼きを海苔で巻き始めたのだ。
そして、それをまな板にトンと乗せると、包丁で……
ザンッザンッザンッと、これまた上品で控え目なはずの神戸女性とは似つかわない力強さで切り分けるのだった。
「おまたせやでー」
『玉子のり巻き(550円)』
ンまいっ!!
海苔を焼いていることで、香りが引き立つと同時にパリっとした歯ざわりもあり、それが中の『たまご感』が強めのふんわり生地と、豚バラやネギのアクセントをしっかりと纏めているという〝計算尽くされたウマさ〟なのだ。
そしてなにより見た目が『美しい』ではないか。
ここに来てやっと私がイメージする神戸らしい『美』を感じることが出来たのだ……が、
「姉さん、これにソースかけて食うてもええやんな?」
私がうっとりとしていると、なんとも『品』がなく、〝ソース大好き関西人〟丸出しのイカが若女将に訊いたのだ。
あーあ、
こんな美しい料理に、そんなにソースをかけやがって……
「好きなだけかけやぁ! ソースないと頼りないやろ!」
……若女将もまた、〝ソース大好き関西人〟のひとりであった。
「あーん? 今の〝頼りない〟いうんのは、〝味が足らない〟ってことやねん」
「あー、なるほどね……」
「ガラガラ まいどー」
イカに関西弁の翻訳をしてもらっていると、業者らしき男性が店に入ってきた。
男性そのまま若女将の元へ行くと、厨房の床を見ながら何やら話し始めた。
「──ほな、これでもう大丈夫やねんな?」
「せや、またアレやったら、これをこーして……」
私とイカが、酒をすすりながらその様子を見ていると、それに気づいた若女将がいつもの大きい声で私たちに言った。
「なんかこの前なー、ここの排水溝が詰まったやんかー」
「は、はぁ」
「ほんでなぁ、この人に来てもーて、機械でドッカーン吸い込んでもろたんや」
「ド……ドッカーン……ですか……?」
「せやねん、それ1回10万円もかかんねんで!!」
「あ、あの……」
「めっちゃ高かない!? なぁ!?」
あの、
ちょ……ちょっと……
私の神戸女性って……
若女将は、その勢いで業者の男性と話を続ける。
「今度から排水溝詰まったらこれ使うんやな?」
「せや、この薬品を溝に流したらええねん」
「オッケー、この薬品をブチ込んだらええねんな!!」
〝ブチ込んだらええねん〟
〝ブチ込んだらええ──〟
〝ブチ込んだ──……〟
『京都美人』の〝はんなり〟などない、
『大阪の女性』はやっぱり〝大阪のおばさん〟であり、
洒落た港町に住む上品でシュッとした『神戸美人』は……
単なる私の『思い込み』であったと、
しっかりと頭に〝ブチ込まれた〟のだった──。
「おいなんや? 味論どないしたん」
この時の私を『ちびまる子ちゃん』っぽく表現するとしたら、顔に『 | | | 』が入っていたといったら分かりやすいだろうか……イカは阿保の『はまじ』のように話しかけてきたのだ。
「せやお前、神戸の女と会いたがってたやん。せっかくやし若女将と一緒に写真撮ってもらおうや」
「う……うん」
確かに、そうなのだが……あくまでそれは上品でシュッと落ち着いた『神戸美人』とであって、〝ブチ込んだらええ〟と言う関西女性ではないのであって……
「ほんまにー!? 嬉しいわぁ、一緒に写真撮ってくれる人なんかおらんねん!!」
イカの写真撮影の申し出に、七つ返事で了承する若女将は、
「お母ちゃんと一緒やと痩せて見えるやろか!? あはは!!」
と、完全に関西女性〝らしい〟発言をしつつ、近くにいた男性客にシャッターを押してもらうのだ。
「ハイ、ソース!!」(パシャッ)
店を出てから気づいたのだが、
この写真も『神戸美人』はおろか、ブレブレの一枚に仕上がっていたという、ある意味『奇跡』である……。
結局、
一番の『神戸美人』てのは、
『玉子のり巻き』だったのかもしれない。
ひかり(ひかり)
住所: | 兵庫県神戸市兵庫区東出町3-21-2 |
---|---|
TEL: | 078-671-4016 |
営業時間: | 10:30~20:00 |
定休日: | 水曜日 |