浅草「水口食堂」他 女の子2人を《はべらせて》昼飲みはしご酒をした結果──
「あのー、味論さんちょっといいですか?」
「なんだい? 子猫ちゃん達」
ある日、職場の休憩所で若い女の子社員2人にこう切り出された。
「わたしたちを昼飲みに連れてってくれませんか!?」
昔、それに似たタイトルの恋愛映画があったような……
酒場ナビを始めてからというもの、〝飲み屋に連れて行って欲しい〟という誘いが格段に増えており、それも知人は疎か、人づてに噂を聞きつけて誘ってくる人物までいる。
その中の、そして〝かなり〟若い女の子2人が、例のごとく誘ってきたのだが……一応『免責』をとる。
「いいんだけど……俺が知ってるのはオジサンが行くような〝渋い店〟だよ?」
「そう! それがいいんです!」」
最近の若い女の子は本当に〝渋い〟酒場が好きな子が多い気がするが、是非とも〝大衆酒場女子ブーム〟が来てほしいものだ。それこそ私たち『酒場ナビ』の出番であるというもの。
しかもこんなにノリの良さそうな女の子たちなら、ちょっと〝粋がって〟酒場を紹介しようもんなら、夜には〝あられぬご褒美〟が待っているかもしれない。
ゴクリと、私は二つ返事……いや、半勃ち返事で文字通り『酒場ナビ』を引き受けたのだ。
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『浅草』
数日後、妥当といえば妥当であるが東京の昼飲みの〝代名地〟である浅草に、私と女の子2人の3人が集まった。
両手に花で『雷門』を抜けると、仲見世通りには雲ひとつない快晴が広がる。自分の『超晴れ男』ぶりに感謝しつつ、はしご酒への期待が股間と共にいっそう膨らむのだ。
『水口食堂』
「えっ!? ここって……食堂ですか?」
「フフ、そうだよ。まず昼飲みといったら食堂は外せないからね」
昼飲みの出来る酒場には限りがあり、まして都内で平日昼間から酒を出す店を探すには、『グーグル先生』の存在なくしてはあり得ない。そこでいつも助けになるのは、大抵昼からやっている『食堂』なのだ。
「へー! なるほどですね!」
「酒の種類は少な目だけど、瓶ビールは大体置いてるんだ」
「そっか! 食堂のオカズでお酒を飲むのもいいかもです!」
なかなか『酒場機転』の利く女の子たちである。
私はスマートに食堂の2階席へ彼女たちをエスコートした。
そして、早速先ほど言っていた〝食堂瓶ビール〟を注文する。
尺……いや、酌上手な女の子にビール注いでもらい、《酒ゴング》で昼はしご酒をスタートさせた。
『いり豚』
「おばあちゃん家の味がする~!!」
水口食堂の名物『いり豚』は、確かにおばあちゃん家のやさしい味なのだ。少し味が濃く、その濃味を丁度よくするのには麦汁の淡味が最適だ。
『ハムエッグ』
厚めのハムにオレンジとケチャップが添えられた食堂らしい感激ハムエッグに、私はすかさず彼女たちへ言った。
「ハムエッグは、最初に黄身を箸で割るのが『作法』だからね」
「えーそうなんですかぁ?」
「思い切って、破っちゃいなさい」
「わかりました!」
爛々として、今にも飛び出しそうな興奮眼球でその様子を見守る私。
「えーいっ!!」
「うーわ、大胆……!! そのままもっとクパァって……!!」
と、興奮して思わず口に出してしまったのだが……
「なんか味論さん、ヘンタイっぽ~い!!」
「……あ! い、いやいや、元々これはメンバーのイカってやつが言い出したことで……」
しっかりとイカのせいにしておいたのだ。
何はともあれ、ハムエッグの仕上がりも見事な『スケベッグ』状態に加えて、彼女たちの反応もまずまずの好感触のまま1軒目を後にした。
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『安兵衛』
続いて2軒目に訪れたのがこの立ち飲み屋だ。先ほどの食堂とは違って、《先輩》だらけのこの店でグッとハードルを上げてみることにしたのだ。
中へ入ると狭い店には案の定セミプロクラスの《先輩》が、所狭しと立ち飲んでいた。
この相反する先輩と女の子たちが混ざりあう光景……面白すぎる──
「ゴホンゴホン……あ、あったあった」
店の中へ入るや否や、咽はじめた女の子のひとりが自分のバッグから『マスク』を取り出して直ちに装着した。
(いやいや! 先輩らに失礼だろっ!!)
と、小声で注意したものの、その子は頭上に『?』が浮かぶばかりで、その注意の意味を理解した様子はなかった。
そんなやりとりを、周りに気づかれないうちに奥の調理カウンターで酒と料理を購入する。
『アジ刺し』
少量ながらも質や下ごしらえに不満はないところは、さすが浅草の立ち飲み屋である。これぞ都心にはない下町酒場のアテというものだ。
『たけのこ』も同じく、丁度よく温まったオクラとのバランスがよく……
「はーい、撮ってるよ~」
「わーい、味論さんも入って~」
私が料理を堪能していると、突然、女の子2人でインスタグラムの『ストーリー機能』という動画を自画撮り風に撮り始めたのだ。
(わ──!! それはダメダメっ!!)
「え~? そうなんですか?」
『若さ』×『女子』
この2つが掛け合わさる恐ろしさよ……
明らかに異色過ぎる若い女の子2人に対する《先輩》たちの奇異の目に耐えられず、私は2人を引きずり出すように店を後にしたのだった。
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「わぁ! テントみたい!」
「ね~! おもしろいね!」
少し面食らったものの、やはり〝きゃぴきゃぴ〟の若い女の子。その可愛らしい2人の発言に、思わず私の股間もテントになりそうだ。
『高橋』
彼女らが物珍しがる3軒目に訪れた店とは、先ほどより遥かに入りやすく、今や外国人観光化が進む『ホッピー通り』の『高橋』という店である。ここら辺の店のほとんどには、店先にビニールで作られた『外野席』が設けられているのだ。
「味論さん、隣の人が飲んでるあのピンクのってなんですか?」
「あれはバイスサワーだよ」
「超かわいい!! あたしもそれにしよっと!」
『バイスサワー』
見た目は可愛らしいが、暦とした下町のオッサンが飲む酒である。これもその見た目の可愛らしさをうまく使えば、この若い女の子たちの様に支持される日は来るかもしれない。
『クジラベーコン』
「これもピンクで超かわいい~!!」
クジラベーコンは『畝須』という、クジラの絵でもお馴染みである腹部の〝シマシマ〟を燻製にしたものだ。もちろん彼女たちは初めて食べたらしいが、これも見た目の可愛らしさも相まって高評価のようだ。
そんな雰囲気に便乗して、私も〝粋がった〟注文をする。
「すんませーん、電気ブランください」
『電気ブラン』
東京下町の呑兵衛ならご存知であろう『電気ブラン』とは、ここ浅草の名店『神谷バー』から広まったブランデーの混合酒である。
「それって何ですか味論さん?」
「これは下町の酒でね……やっぱ浅草に来たらこれを飲まなきゃね」
正直、ほとんど飲んだことはなかったが、女の子を手前に〝通〟ぶって頼んでみたものの……その〝キツさ〟にすぐに店員を呼び、それをソーダで割った『雷ハイボール』にしてもらうという恥をさらしてしまったのだが……
「へー! 後で炭酸と割って飲むんですね!」
「……あ、いや、これはメンバーのカリスマジュンヤがこうやって飲むみたいで、俺はいつもストレートで……」
アルコール度数30度以上という激辛酒を前に、しっかりとカリスマジュンヤを利用したのだった。
わー!〝ハイボールくじ〟ってのやってみたい!
やったー! ハイボールのバッチ当たった!
超かわいいー! ウケる!
しかしなんだ、
若干若さに翻弄される場面もあるが、こうして女の子を〝はべらせて〟呑みに行ける事とは、なんて『優越感』があるのだ。
「ねーねー味論さん、これ見てください!」
「可愛くないですかっ!?」
そんな微笑ましさも感じながら、はしご酒は4軒目に突入するのだ。
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『三岩』
夕暮れ前と共に訪れたこの店の、そのあまりの美人暖簾ぶりに思わず《暖簾引き》をして店へと入った。
年季の入った店内には、明らかな常連風の《先輩》がひとりだけであった。
だいぶ『はしご慣れ』した彼女立ちは、もう私が何も言わずとも瓶ビールを注文し、《酒ゴング》の手順までしっかりと踏めるようになったのだ。
「わ! 牡蠣の天ぷら食べたいです!」
『牡蠣の天ぷら』
どこにでもあるようであまり見かけない牡蠣の天ぷらは、厚めの衣がガシュリと歯に触ると同時に、中からあの〝牡蠣汁〟特有のウマ味が染み出し、つけダレなど必要ないほど濃醇な味わいが口内を巡らせるのだ。
「味論さん、〝ヌタ〟ってなんですか?」
無理もない、こんな若い子たちが『ヌタ』など知るわけもない。ここも一発、この下心丸出しの『ヌタ男』がいっちょ前に説明でもしてやろう、と注文をした。
「はい、ヌタお待たせ」
暫くすると、店主がヌタを持ってきたのだが……
『ヌタ』
えっ、3つ!?
いやいやいや、〝ヌタ3つ〟なんて見たことがないし注文するはずもない。感覚的にいえば『塩辛』を3人で3つ注文するようなものだ。
驚いているのも束の間、女の子の一人が店主に言う。
「あたし達、3つなんて頼んでないんですけど!?」
「んーそうだったかい? 3つって言ってなかったかい?」
「言ってないですよ! だって、」
「……あ! 大丈夫です! 3つでいいです!」
「えー!? いいんですか味論さん!?」
……若い女の子、いや、女性のこういうときの〝問い詰める感〟は、大抵の男性も恐ろしいと思っているはずだ。だがそんな時は黙って受け入れる、それが私の……男の『酒場流儀』である。
ヌタなんてものはひとつをチビチビ摘まむものだと思っていたが、ほどよく甘さのある味噌ダレは新鮮で清涼感のあるマグロとネギとよく絡み、天ぷらの口直しに丁度よい。量も考えると結果的に3つ注文してよかったかもしれない。
これには彼女たちも気に入ったようで、
「あ! ヌタって超おいしーじゃん!」
「ほんと、マジ超うまーい!」
一瞬〝ピリついた〟彼女たちも、キャッキャウフフと喜んでいた矢先に──それは起こった。
「ごめんね、お嬢ちゃんたち……実はね」
突然、女将さんが申し訳なさそうに私たちへ話しかけてきたのだ。
「はい? 何ですか?」
「あのね……あそこにいるお客さんが……うるさいって言っててね……」
なんと……
唯一店にいた先客の《先輩》が、彼女たちの声を「うるさい」と女将さんを使って注意してきたのだ。
まぁ、若い女性特有の甲高い声が強めに響いていたのは確かだ……
私はすぐに先輩に謝ろうとした瞬間、
「あーそうですか! じゃあ帰ります!」
「えっ」と私と女将さんが思う間もなく、テーブルに金を置いて彼女たちは店を出て行ってしまったのだった。
間違いなく自分の年齢の3倍以上はある先輩に、臆することもない女の子たちに呆然とするしかなかった……。
慌てて代金を払ったあとに店を出ると、彼女たちはちゃんと店先で待っていた。
ホッと息をついたのも束の間、
「もう夕方だし、あたしたちこれから彼氏と会うんで帰りまーす!」
で……
「……え、彼氏、あぁ……そっかぁ~」
出たよ、
「今日はありがとうございました!」
「また飲んでくださいね!」
はいはいはいはいは……──
恐らく、殆どの酒場ナビ読者がこの『結果』を分かっていただろう……
『若い』ってなんだろう、
『女の子』ってなんだろう──
『酒場』はできても、
まだまだ『女の子』を『ナビ』するには修行が足りないと、
ひとり浅草線に乗って帰るのだった。
水口食堂(みずぐちしょくどう)
住所: | 東京都台東区浅草2-4-9 |
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TEL: | 03-3844-2725 |
営業時間: | [月・火・木・金] 10:00~21:30 [土・日] 9:00~21:30 |
定休日: | 水曜 |