大須観音「佐喜」生で食べられるハムをはじめて食べてみた結果──
酒場ナビメンバーのイカと名古屋へ来て、<急性味噌中毒>に罹患する少し前のこと。
大須観音駅にあるその名も『大須観音通り』という有難いアーケード街を歩いていると、どこからともなく赤味噌の香気が漂い、その元を辿ってみると紅暖簾の前に着いた。
『佐喜』
アーケード街の一角に構える小さな店。まだ陽が高いのに、暖簾の間からは地元先輩客らの賑わいが覗く。
奥に空いている席が見えたので、仲間へ入れさせてもらうことにした。
「いらっしゃーい」
女将、若女将の2人が迎える。カウンターのみ7~8席といったところか、こじんまりとして如何にも地元密着な雰囲気が良い。早速、私とイカは奥の空いている席を酒座として、まずは酒だ。
《酎ハイ》
やはりか……‼ 同じく大須観音にある『末廣屋』の記事にも書いたのだが、名古屋の酎ハイ、サワー系は必ず〝缶のまま〟客に出すのだ。「そんなの普通だぎゃ?」と名古屋人に言われるのかもしれないが、私が東北、イカが関西出身の私たちにはこれがかなり珍しい。ただ唯一、この店が他の店と違っていたのは……
プルトップを外して出してくれるところだ。理由はよくわからないが、どこか丁寧な仕事に感じてしまう不思議。
まあ、カンでもナンでもウマいので、次は肴だ。
《味噌カツ》
2人で名古屋に来てから何本目の味噌カツであろうか。しかし、これがまた何度食べようがウマいものはウマい。
ベリーショートがベリー似合う女将が、目の前の味噌槽からヌッと味噌カツを引き抜き、数枚のキャベツと共に私たちに差し出す。
「……ンチュゥゥゥゥ」
ジュヨワァンと衣から染み出る赤味噌のラブエキス。口内を満たすほどの肉汁がラブエキスと渾然とし、それを飲み込む惜しさと葛藤するばかりだ。
「これって……何やろ?」
恍惚中の私の耳に、イカの塩辛声が入る。指差す壁掛けメニュー札を見ると、見慣れぬ文字があった。
〝明宝ハム〟
なんと読むのかもわからず、イカが若女将に訊ねた。
「あのー、これってハムでっか?」
「ええ、〝めいほうハム〟っていうんですよ」
「お兄ちゃんたち知らないのかい? こっちじゃ有名なハムだよ」
若女将の説明に被さり、横の客も会話に入った。どうやらお隣の岐阜名物らしいのだが、私もイカも始めて聞いたハムだった。
そしてこの直後、若女将が衝撃的な発言をする。
「そのハム、生で食べられるんですよ」
え……
ええっ!?
生で食べられるハム……!?
私たちは耳を疑った。
「生……って、生ハムみたいなのですか?」
思わず若女将に確認してみたが、いわゆる『生ハム』ではないという。
となるとハムは普通、塩漬けした肉をケーシング、それをボイルするのが一般だから……
なに!?
〝ボイルなし〟
ってことか!?
私にとって生のハムで想像するのは、アニメ《天空の城ラピュタ》に登場するパズーと、その家で空賊ドーラが唾をベッチョリと引かせたあのハムしか思いつかないが、あれはアニメでの話。実際にあんな生の肉をそのまま食べたら間違いなく腹を下すだろう。
──だが、
「それ、いただけますか……?」
我ら『酒場ナビ』として、そんな珍しい料理を注文しないわけにはいかない。
私たちは不安と、ある意味〝期待〟をしながら、その生の肉塊を待つことにした。
「どうぞー」
「わぁ! 生のハムや!」
その現物が差し出されるとイカが叫び、私も叫……
「わぁ! 生の……えっ?」
《明宝ハム》
……あれ?
これって、普通のプレスハムじゃないの……?
「え! ホンマにこれこのまま食べてええのん!?」
「そのまま、生で食べられますよ」
若女将に確認すると、イカは興奮状態でそのハムを口に入れた。
「うまい! 生のハムってうまいんやな!」
「生で食えるハムなんか、このハムくらいだろうね」
隣の客も、どこか自慢げな顔でイカを見ている。
……うーむ、やはり生のハムなのか?
まじまじとその肉を見てから、ついに私もそれを口に入れた。
ンまいッ!!
薄ピンクの肉の中には適度な脂玉が混ざり、噛むたびにそれがプリンプリンと小気味よい。しっとりとした味の中に新鮮な肉の甘みがなんとも堪らない、
のだが……
やっぱこれ、
普通のプレスハムじゃん!!
〝プレスハム〟としては一級品であることに間違いないが、どう味わっても私の思い描く〝生のハム〟ではない……しかし、イカは「生や、生や」と嬉しそうに食べている。
ちょっと待てよ。
そういえば、これと似た出来事があったな──
〝え⁉ それそのまま食べるの!?〟
私は昼飯をコンビニで買ってきて食べることが多いのだが、大概どこのコンビニでも売っている袋に5、6本入った『あらびきソーセージ』を買うことが多い。その袋の真ん中から裂いて、そのまま箸でつまんでおにぎりなどと一緒に食べるのだが、その場にツレがいた場合100%驚かれる。
どうもあの『あらびきソーセージ』というのは、〝焼く〟か〝茹でる〟といった調理をしないと食べられないものだと全国の一般認識的にあるようだ。だが、子供の頃からそのままの『あらびきソーセージ』が食卓に出るのが当たり前であった私は、人々が言う〝生〟がごく当たり前なのだ。というか、調理方法の説明にも〝そのままでも召し上がれます〟と記載されている。
「うまいなぁ! 味論、お前も生のハム初めてやろ?」
「えっ!? い、いや俺は……」
『あらびきソーセージ』はもちろん、スーパーで売っているこの《明宝ハム》と同じようなプレスハムだって、とっくの昔から〝生〟で食べている。
よし……そのことを皆に説明しよう──
「いや実は、俺はいつもそのま……」
「そういえば、お肉嫌いな寿司屋の奥さんも、これなら食べれるんですって」
「へー! ホンマでっか!」
「あはは。やっぱり寿司と同じく生だからかねぇ?」
……気づけば、店にいる全員がこの〝生で食べるハム〟の話で大盛り上がりだ……いや、全員ではなく私を除いてだ。完全に〝明宝ハムワッショイ状態〟である。
「な……生で食べるハムって、う、うまいなぁ~……」
「せやろ味論! 名古屋まで来てよかったな!」
──言えない、
とても言える雰囲気ではない。
私は、ただただ愛想笑で〝生のハム〟を食べ続けたのだった。
因みに、未だイカへは私の『あらびきソーセージ』のことを言っていないので、彼はこの記事をみて初めて知ることになる。
結局、店を出た後もイカの〝明宝ハム熱〟が冷めることもなく、「家でも生で食べるんや!」とタクシーで名古屋駅へ戻り、片っ端から《明宝ハム》の置いてそうな百貨店を回ることになったのだった。
最後に、あの場に居た方々へ一言。
あ れ は 生 じゃ な い
あ”ー、スッキリ。
佐喜(さき)
住所: | 愛知県名古屋市中区大須2-17-2 |
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TEL: | 052-221-6425 |
営業時間: | [月~金]11:30~15:00 17:00~20:00[土・日・祝]11:30~19:00 |
定休日: | 水曜日 |