田端「立飲スタンド三楽」いい日、立ち飲み 涼しさをさがしに…
『文明の利器』
自動車、テレビ、洗濯機、パソコン……現代社会は偉人たちが残した数々の英知に溢れ、それを当たり前のように手にして、当たり前のように使っている。
だが、それらを〝ありがたや〟とする機会は、科学が進化すればするほど無くなり、たまに「昔はあんなに不便だった」とオッサン同士が酒の席でネタにするくらいだ。
私もそのひとりなのだが、最近そんな『文明の利器』を〝ありがたや〟と思う出来事に遭遇した。
だいぶ涼しくなっていた東京を、台風一過の影響でとてつもない暑さが襲った。この日の昼間は巣鴨、大塚周辺の酒場をはしご酒して、そこから夕方にたどり着いたのが『田端』という街だ。住んでいる人には悪いが、山の手の中でもかなり影が薄い街で、正直なところ「酒場なんてあるのか」と思いつつも、とりあえず駅周辺を散策していた。
しかし、夕方と言ってもかなり暑い。今夜はもう帰ろうとも思ったが、涼みがてら何処かの酒場へ入ろうと少し歩いた。
『立飲スタンド三楽』
おおっ、なんて素敵な外観!! 田端駅から歩いてすぐに、その酒場は現れた。〝酒場なんてあるのか?〟などとんでもない、これは相当期待できる店構え。店の入口の戸は開いており、既に中で数名が飲ってる姿が見えた。よしよし、とりあえず中へ入って涼もうか。私は涼しげに揺れる縄暖簾を割って中へと入った──
「──熱っつ!!」
思わず声が出てしまった。店の中がとんでもなく暑かったのだ。いや、暑いなんて可愛らしいものじゃない、〝熱い〟のだ。店の中央には20人は立てる縦長のコの字カウンターがあるのだが、それを取り囲むような熱気が半端ではない。とにかく、洒落にならなく〝熱い〟のだ。
天井から何台もの扇風機があるのが、ただただ熱風を拡散しているだけで本来の役割を果たしていない。これはもはや、ただの『暖房器具』である。
はじめて〝熱いから〟という理由で、本当に店を出ようと思った。しかし数名いる紳士淑女の客らは、特別〝熱い〟などという顔はしていない。女将さんもしっかりエプロンまで着て、かいがいしく仕事をしている。
あれ……? 熱いのは最初だけで、案外時間が経てば気にならないのか、それとも他に何か理由があるのか……? 何にせよ、飲らずに帰るのは酒場に失礼だ。とりあえず一杯飲ることにした。
『酎ハイ』
キンキンに冷えた……とは言えないが店内が熱い分、喉ごしの喉感温度はだいぶ低く感じる。ング……ング……プヒャーッ!! ちょっと涼しくなった気はするが、まだまだ熱い。今度は食べ物で〝涼〟を求めよう。
『酢の物』
見た目に涼しく、なんだかサッパリしそうだ。キュウリのシャキリとワカメの歯ざわり、それを包み込む酢加減も丁度いい……が、これだけではサッパリはできない。よし、次の〝涼〟だ。
『マカロニサラダ』
熱いときはサラダに限る。色々な形のマカロニ、それとハムとキュウリがマヨネーズにあっさりと絡んでいる。彩りも涼しげじゃないか。
こいつに醤油でキレを足して食べれば、スカッとさわやかな気分に……なるわけがない。さっきから汗が止まらないのだ。
「酎ハイ、おかわりください……」
涼しくなるどころか、ただただ酒(水分)のおかわりを求め、それをまた汗として流すという繰り返し。こんな酒の飲み方は初めてだ……。
「こんちわ~」
「お、久しぶり」
新たに常連らしき客が入ってくる。さすがというべきか、その客はこの熱さにまったく動じず「ビールください」と言って他の客らと談笑する。その会話に「今日は暑いね~」などという言葉は一切出てこない。
この光景、どこかで見たような……あっ!
そうか……『サウナ』だ、これはサウナと同じ光景だ。
『サウナ酒場』だと思えばなんてことないじゃないか。サウナが熱いのは当たり前、逆にその熱さを愉しむのがサウナだ。まわりの客もみんなそうやってこの酒場を愉しんでいるにちがいない。ここはサウナ、サウナ酒場なんだ……お、そう思うと、何だかカッコイイ飲り方の様な気がし……
ジュワァァァァッ!!
「熱ぁぁづぅ──ッ!!」
突然、これまでにない強烈な熱気が私の全身を襲った。その熱気の元は、カウンター内にある〝天ぷら鍋〟からだった。客の誰かが天ぷらを頼んだのだろう、チンチンに温まった油に女将さんが次から次へとネタを投入、辺りは荒ぶる火山ほどの熱気だ。
「こ、これが〝酒場ロウリュ〟というやつか……」
すでに全身は汗でびしょびしょ。持っていたタオルであおいだところで、まさに焼け石に水だ。これはギブアップするか……いやいや待て、サウナは熱さを我慢すればするほど、終ったときの達成感を感じるもの。常連客もまだ誰も帰っていない。こうなったら……
「すいません!! こっちも天ぷらくださいっ!!」
ジュワァァァァッ!!
『とり天』
〝熱には熱を〟と思ってロウリュを注文してみたが、揚がるのを待っている間、鍋からはおよそ経験したことがない熱気が上がり2度ほど意識が飛んだ。震える手で塩をかけザクリと頬張る。揚げたてサックサクの衣に、ジューシーな鶏肉がウマい。これで体の外も中も、カンカンに熱されてしまった。ここまで来たら、もう立派なサウナ酒場の客として周りにも認めらたんじゃないか? よし、何かだかまだまだイケる気がし……
「女将さん、こっちにも天ぷらお願いね」
……えっ?
えぇ──ッ!?
……さらに、他の客が天ぷらを注文したのだ。そりゃ、ここの天ぷらはウマかったからなぁ……もちろん、注文のあとはこの音だ。
ジュワァァァァッ!!
いやいや、このロウリュが効くんですよ。いいねぇ、3回目。これですよこれ、これがサウナ酒場の〝粋〟な飲り方というやつだ。ハッハッハ、そうなると、次の私の一手はこれだ──
「ごちそうさまでしたっ!!」
……そもそも暑いのが苦手な私は、本当のサウナでもすぐに出てしまうのだ。汗でびしょ濡れの体を引きずって、ふらふらと店の外へと出た。
「うっ……」外も外でジットリと、生ぬる~い空気が漂う。風は一切なく、もちろん本物のサウナのように水風呂だってない。あるのは、店から漏れる常連客らの余裕に満ちた笑い声と天ぷらの揚がる音だ。
〝い、家に帰って、早くアレを……〟
『文明の利器』
私にとって、それは間違いなく『エアコン』だ。
立飲スタンド 三楽(さんらく)
住所: | 東京都北区東田端1-12-23 |
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TEL: | 03-3893-5361 |
営業時間: | 17:00頃~21:00頃 |
定休日: | 土・日・祝 |