巣鴨「千成 本店」スガモな街の怪しい関係
『おばあちゃんの原宿』として有名な東京・巣鴨には少しだけ抵抗がある。抵抗があるといっても街にあるわけではなく、巣鴨というその〝地名〟にあるのだ。
私の出身地である秋田の方言の中に『ガモ』という言葉があるのだが、その『ガモ』とは〝男性器〟のことを意味する。たとえば河相我聞(ガモン)は〝かわいいガモ〟に聴こえるし、フェラガモなどもはや放送禁止用語だ。『ガモ』と付く言葉には未だ敏感なのだ。本当にどうでもいいことなのだが、やはり私の中で巣鴨(スガモ)も言いづらい言葉であり、特に女子の前では意識的に言わないようにしている。
「巣鴨で河相我聞がフェラガモの財布を持って……」などと、もしもそんな会話で聞こえようなら「コイツらなんちゅう会話してるんだ!」と、アワアワと泡を食うだろう。
『巣鴨』
ちゃんと訪れたのは初めてかもしれない。どこを見ても『ガモ』の文字だらけ。そんなガモの街に訪れる理由はひとつ、酒場だ。『巣鴨地蔵通商店街』を歩くお年を召したご婦人やガモ紳士に紛れながら、今回の目的の酒場へと目指す。
『千成』
白地に青字で大書された看板、臙脂色の渋暖簾をアサヒビールの提灯が朧気に照らす。いいねぇ……その圧倒的な店構えから、すでに名酒場の雰囲気を醸し出しているではないか。地下に続く階段の「ひろちゃん」とは姉妹店らしいが、今回は本陣の暖簾を引くことにした。
ガラガラガラ──、引き戸が奏でるいい音。
「いらっしゃいませ」
大将と女将さんの声とともに店の中へ入ると、そこには何ともいい歳の取り方をした壁や天井、テーブルやイスと小上がりが広がっていた。木材そのままを柱や梁にしており、これがまたいい味を出している。
既にひとり呑み、夫婦2人の先輩らが飲っていた。私はこれまたペーソスの漂う白熱電球がぶら下がるカウンターへ座った。
「酎ハイください」
「はいお持ちください、こちらお通しです」
そう言ってお通しの煮物を渡してくれたのが若大将。この若大将がかなりのイケメン。渋い店には、何故だか美男美女の顔が映える。酒とイケメン好きならぜひ一度拝みに来ることをおすすめしたい。そんなイケメン若大将への妬みを酎ハイで流して、次は料理を注文。
『牛モツ煮込み』
色白でシュっとしているが、大胆な盛りネギが格好良く、こいつもイケメンだ。コリシコのモツ、ブリュっとした脂は甘くて味までイケメン。間違いなく、来年開催の『モツニンピック』東京代表を狙える珠玉の一品だ。
『レバカツ』
何も言わずスッと『ウスターソース』を差し出す若大将、さすが判ってらっしゃる。シャバシャバとカツ全体にウスターソースをかけ、衣の表面がシンナリするまで、添えのサラダへも忘れずにシャバる。
キュ──……としたソースの甘酢っぱさと、レバの淡白な味のマッチングが、イイ。あとはウスターサラダでチビチビ飲るのが至極。これはまた、居心地のいい酒場を見つけてしまったようだ。
「こんちはー」
「あら、どうも。カウンターどうぞ」
しばらくすると、常連らしき中年男性(イケメンじゃない)と若い女性の2人が店に入ってきて、私の隣席へと座った。普段ならまったく気にも留めないのだが、少し違和感があり、見るともなしに2人を見た。連れの女性は美人でスタイルも抜群だが、およそ『奥さん』には見えなかった。うーむ……これはあれだ、おそらく正規ではない関係だろう。そのあと聴こえてくる2人の会話が、それを察するものだった。
「ヤキトリト、カニタマト、生鱼片、色拉……」
「すいません、焼鳥とカニ玉と刺身とサラダと……」
(おや……外人さんか?)
中年男性は純日本語なのだが、女性の方は半分が日本語、半分が中国語らしき言葉を混ぜて喋っている。とにかく食べきれないほどの注文をしては、気持ちがいいくらいに平らげていく2人。
「アタシ、我想去旅行!」
「うんうん、行こうな」
「我想去韩国! 你什么时候去?」
「そうだなぁ……12月くらいかな」
食べながらも、女性はよく喋るし声も大きい。それを穏やかな口調で受け止める中年男性。その日本語と中国語のゴチャ混ぜ感が面白く、ついつい聞き入ってしまう。何にせよ、仲が宜しい2人のようだ──が、
「奥サントハ、ドウナノ?」
「えっ」
(えっ……)
和やかな空気がピ──ンと、一気に張り詰めた。
『奥さんとは、どうなの?』……間違いない、女性はしっかりと日本語で発音していた。途中から意外と普通の夫婦かもしれないと思っていたが、やはり違ったようである。他の客も聞こえていたのか、いやらしくも会話が少なくなり、その動向に耳を傾けている様子。
──中年男性からの〝次の一手〟がないまま、時間だけが過ぎた。数十秒ではあるが、とんでもなく長く感じる……何かひと言でも、彼女に声をかけてやってくれと祈るばかり。
真横のアリーナ席にいる私は流石に気まずくなり、ここは店を出ようと財布を取り出した瞬間──
ガタンッ!!
「うわっ!? なんだ!?」
思わず声が出た。何かが頭上から床に降りてきたのだ。店にいた客全員がその床に目をやると、そこには……
『わぁぁぁぁ可愛ぃぃぃぃ!!』
皆が声を揃える。ずっと気がつかなかったのだが、店で飼っている猫が梁から飛び降りて、ペタリと床に寝そべったのだ。さっきまでの張り詰めた空気は嘘のように、この猫の登場によって打ち消された。あのピリついた空気を「まぁまぁ」と悟って降りてきた思うと、可愛くて可愛くて仕方がない。素晴らしい看板猫である。
私は、モフモフお腹をタップリ摩って店を後にした。
酒場で出会った怪しい関係。
おそらく『ガモ』がシュンとなっていたであろうあの中年男性は、猫ちゃんに焼き魚の一匹でもお礼は出来たのだろうか……
千成(せんなり)
住所: | 東京都豊島区巣鴨2-3-8 第2ゆたかビル1F |
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TEL: | 03-3918-9479 |
営業時間: | 16:00~23:30 |
定休日: | 日曜日・年末年始 |