大森「いかり亭」安くてウマい!大衆酒場はそれがいいじゃない
私は酒を出す場所なら、高級老舗店だろうと学生食堂だろうと、「そこで飲ってみたい」と思えばどこへでも足を運ぶ。ましてや〝値段〟なんてものは、二の次三の次で、とにかく読者の方々に様々な酒場へ行って欲しいという気持ち一心で記事を紹介している。
〝高かったけど、店の雰囲気が気に入った〟──いいじゃない。
〝安かったけど、めちゃめちゃウマかった〟──いいじゃない。
〝怖い女将さんだったけど、最後におまけしてくれた〟──とてもいいじゃない!
成功や失敗を経て、最高の酒場を探求する……これこそが『酒場道』というものではないだろうか。飲み代なんてのは、一度置いておけばいいのサ。
──とまぁ、いっちょ前な講釈を垂れてはいるが……いやね、そうは言っても何十軒、何百軒と酒場と戯れていれば、極稀にとんでもなく安くてウマい酒場に逢着してゾッコンするのですよ。
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なんでも揃う東京においても、意外と苦戦するのが〝昼飲み酒場〟を探すことだ。ある程度調べて、いざ現地に赴いてみたものの、実は中休憩で閉まっていたとか、すでに廃業していたなどのアクシデントが起こることもしばしば。ただ、「しかたねぇか」と缶酒を片手にそこら辺をフラブラしてみると、案外気持ちのいい散歩になり、そこへ思ってもいない名酒場と出逢うことがあるのだ。
とある正午、東京海岸の平和島から大森へと〝散歩酒〟をしていると──ほら、またありましたよ、と。
『いかり亭』
おっ、ここは新橋や四ツ谷にあるローカルチェーン『赤札屋』のひとつじゃないか。真っ赤っかの外観が目印であるこの酒場といえば、〝とにかく安い〟だ。さらに嬉しいのが、どの店舗も昼間から飲れるところだ。ここで出逢ったのも何かの縁。迷わずその赤暖簾を潜ることにした。
「いらっしゃいませー」
うおっ! レッドカーペット!? 100席近くある大箱の中心には、長いレッドカーペットが伸びていた。歩いてみれば、まるでアカデミー賞の授賞式に参加したような気分だ……いや、これから赤札屋で飲むのだから〝アカノミー賞〟とでもいいますか、やかましいわ。
テーブル席にストン。昼時分まもなくなので、他に飲ってるのは先輩が数名。空いている大箱で飲るのは大好きだ。ゆっくりとした時間の中で、ゆっくりと飲れる──酒場環境としては理想的だ。それはそうと、赤札屋といったら〝アレ〟があるはずだが……おっ、あったあった。
〝100円酎ハイ〟
赤札屋の最大の名物といったらコイツだ。100円といっても、中ジョッキにしっかりとレモンスライスまで浮かべるこだわりの逸品。焼酎も濃く、ケチっている素振りがまったく無いのだ。さらに、ここにはメガジョッキサイズ150円の酒まで揃えてある。たまりませんなぁ……どっちにしようかと迷ったところ、気が付いた。──水より安いじゃねぇか、両方下さい!
『酎ハイ・メガ緑茶ハイ』
合わせて250円! 安い立ち飲み屋でも、一杯250円の酎ハイなんてのは中々ないのに二杯でこの破格である。まずは、チビジョッキ(中ジョッキ)から飲りはじめる。
ング……ング……ング……ンまい。しっかり酎ハイしており、これがどうして100円なのかと疑うレベルだ。お酒が安いと、料理で還元したくなるのが酒飲りとしての心意気だ。赤札屋は料理も豊富で、和洋中を網羅している。
『麻婆豆腐』400円
まずは中華。深めの中皿にもっさりと盛られた、これまた見るからに量があるマーボーだ。ほワぁんと辛味の効いた香りがたまらず、レンゲでズズズと掬い上げてひと口。
あつあつ、ふうふう。辛すぎず甘すぎないシンプルな辛ダレが、たっぷりのひき肉と豆腐と外連味なく混ざり合い──ウマい、これが400円のクオリティとは思えない。とにかく、ウマさと熱さで酎ハイがどんどん進む。進んでもいいのだ、なんてったって酎ハイは100円だからネ!
『いわし 210円・甘エビ 310円』
続いて和食。いわしの刺身は厚切りを7切れ、甘エビも頭付きを3尾と値段と比較しても申し分ない。いわしは旬というのもあるが、鮮度よく脂がとろとろと抜群にグー。甘えびは瑞々しいムッチリボディと、頭があるのでミソをちゅうちゅうと吸える喜びを愉しむことができる。
「酎ハイ2つ、あとナポリタンで」
先輩が二人入ってきた。近くのテーブルに座ると、メニューも開かずに100円酎ハイとナポリタンを頼んだ。……大の男が二人も揃って、酒のアテにナポリタンをつつくのか……? 妙に気になり、私もそのナポリタンを〝泥棒〟してみることにした。
『ナポリタン』
デ・カ・イッ!! なんだこのデカポリタン、大盛りが過ぎる……フードファイター用じゃないか!? 大皿に親の敵かというほどに盛られたナポリタン。恐るべきは、この量でたったの……たったの390円ということだ。然りとて、コンビニ弁当の揚げ物の下敷きにされているナポリタンではしょうもない。
ムンずと、箸で持ち上げて確認してみるが……どうにも、ウマそうな香りが漂ってくる。エイッと啜ってみる。
「ズルズボー、ズルズボー……うっ」
うんめぇじゃねぇかっ!! 柔らかめのパスタに、昔懐かしいケチャップのみのシンプルな味付け。酎ハイに入っているカットレモンと同様に、さり気ないピーマンの存在もすばらしい。いや、高級レストランのパスタに比べてどうかは分からないけれども、一杯飲み屋の、それも380円でこの量と味は、これを企業努力と言わずして何と言おうか。
「はぁ……なんか、すげぇ酒場だ」
〝安くてウマい〟という単純なことに、図らずも甚く感銘を受けたのだ。極端なことを言ってしまえば、有名とされる老舗酒場で飲りながら「うむ、これはいい」やら「お、渋いねぇ」みたいなことを嘯く自分が、一瞬、阿保らしくなったほどだ。こんな酒場を探し続けることこそ、呑兵衛としての命題なのかもしれないとつくづく思いつつ、その後も〝安ウま欲〟は止まらず、ニラまんじゅうを追加。
それと何を頼んだかなぁ……既にここ一軒で二時間は経とうとしている。
ふと、先ほどの〝ナポリタン先輩〟らが目に入った。
ナポリタン先輩たちも、きっと私と同じように〝安ウま欲〟を満たしているに違いないとテーブルの上を見ると……なんと、あれから一時間以上、390円のナポリタンひとつをアテに飲っていたのだ。──ただ、それが不思議と異様に感じさせないのである。
「酎ハイ、お待たせしました」
「いやぁ、やっぱこれが100円て安いよなぁ」
結局、最後に行きつく〝大衆酒場〟とは、ここなのかもしれないと、6杯目の100円酎ハイを受け取る姿は異様に見えたかもしれない。
いかり亭 大森店(いかりてい おおもりてん)
住所: | 東京都大田区大森北1-11-4 |
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TEL: | 03-3768-2656 |
営業時間: | [月~土] 14:00~6:00 [日・祭] 14:00~1:00 |
定休日: | 年中無休 |