新小岩「わか」飲食業が出来ない男が酒場をやろうと思える時
これまでに色々な仕事をしてきてきたが、こればっかりは向き不向きがあって、これが合わないと酷でしかない。高校生では『某フライドチキン店』の裏方でバイトしてみたものの、あまりの規律の厳しさから数日で辞め、二十歳そこらでやった日雇いの『建築現場作業』は、なんの訓練もなしに5,60㎏はあったであろうコンクリートの板を運ばされたが、体力が持たず二日間で辞めた。
まぁ、ただ根性がないといえばそれまでなのだが、二十代半ばまではとにかく様々な職種をやってきた。結果わかったのが、私には〝飲食店は向いていない〟ということだった。ラーメン屋、寿司屋、漫画喫茶などやったが、料理的なセンスはないし、接客も苦手。間違いなく私には合わない職種だ。
ただ……こうやって酒場という飲食店を何年も訪れていると、だいぶ考え方も変わってきたのだ。内装のいい店に行くと「あぁ、こんな店、自分も作ってみてぇなぁ」や、そんな店で本当にウマい料理を食べようものなら「うめぇ……これ、自分ちでも作れるかな?」さらに、「それを人に食べさせてみたい」などと、沸々と飲食業に対しての興味が沸いてくるのだ。よく酒場の店主のインタビューなどで〝元々飲み歩きが好きで、気が付いたら自分で店を出していた〟というのを訊くが、今はその気持ちが切に解る。
新コロがわずかに流行りだした頃、酒場の観光地『新小岩』に訪れた。その日は何軒かをはしごして通りから外れた裏通りを歩いていると、なんとも好みの外観が現れたのだ。
『わか』
ブリキ感満載の緑テント、その上には木目柄に店名が大書された看板、ホッピーのぼりの揺らぎが、おいでおいでと誘うよう……いいですねぇ。
特にいいですねぇなのが、この木製の引き戸と看板。どちらもいい色に仕上がりで、由緒ある割烹のようだ。否、その引き戸から中を伺うに、大衆立ち飲みの様子。これは中でちょっと立って試してみるしかないよね。看板に「たのもー!」と声をかけて、引き戸を引く。
カラカタ、カラタタ……
木と鉄とコンクリートが擦れるいい音色。
あらあら、まあまあ、中もいいですねぇ! コンクリートむき出しの床、茶色の壁にクリーム色のメニュー札がところ狭しと並び、その中心には〝角括弧の字カウンター〟がドドンだ。それを装飾するように一升瓶、ポット、炊飯器、炭酸サーバーなどが、いい意味でごちゃごちゃと演出している。この雰囲気、我が家の酒部屋もこんな感じにしたいものだ。
酒座は一番奥。カウンターは、色よし形よし、硬さも……よしっ! 何より、我が家のテーブルと柄が一緒なのがいい。そうなると、早くここに酒を置いきたくなるもの。
『チュウハイ』がカウンターにトン、キャッシュオンで小銭をチャリン。ほらね、やっぱりこのカウンターに似合っている。これを三十秒間眺めて、いざゴクリ。
チュウッ……チュウッ……チュイ──……うわっ、これ、めっちゃめっちゃ炭酸が強くてステキっ! 我が家でも最近炭酸メーカーを導入していて、いつでも強炭酸チュウハイが飲めるが、これで300円なら酒場で飲りたくなる。お茶割系ならさらに250円だとさ。もし自分で立ち飲み屋をやるなら、この値段設定で検討しよう。
むむっ、ホワイトボードにパワーワードが並んでいるじゃないか。頂きましょう、大至急それらをこのカウンターに並べましょう。
『赤貝ひも』
大好物の赤貝のひも、これだけの量でたったの300円ですって? ワサビを強めに絡めて醤油をチョン、口へポン。コリコリシコシコ、いつもの愛しいヤツだ。貝ひもってよく考えたら何の為の部位かもよくわからんが、何でこんなにウマいのだろうか。
『タラチリ鍋』
おぉぉぉぉ!? うどんが入っているじゃないですか! 立ち飲みの小鍋と高を括っていたが、かなりの具沢山だ。シャキリと小松菜、絹豆腐はスープとの喉ごし抜群、主役のタラも肉厚なところがゴロゴロ。それらの旨味が沁みたスープですするうどんをズルズルッ、ハフハフッ……ウマい! これもたったの300円だって……?
実際、どうやってこの値段で出せるんだ? いつも行っているスーパーの刺身パックだってもっと高い。そういや、飲食店だったら人件費だってかかるじゃないか。
特殊な仕入れ先があるとか、何か他に経費を削減できる工夫があるとか……飲食業素人には、到底考えも使いないが、そんなことを考えているのも、ちょっと面白い。
この『わか』は、私のやりたい酒場の理想にかなり近い。だから、やるなら絶対に立ち飲み屋だな。貝ひもは絶対に入れて、あとイカの肝焼きとおもしろハムエッグ。自家製しめ鯖と、それからそれから……かなり呑兵衛心を掴むメニューを考えられる自信がある。それで自分の店が、『食べログ』で4点以上獲れたら嬉しいだろうなぁ。
うん、今の私には結構イケるかも、飲食店。「ヘイらっしゃい!」なんつって。
まあ、そんな生易しい世界ではないし、特に今は新コロで全国の酒場は大変な時だが、最近はこんな想像ばかりをアテにして家飲みを愉しいんでいる。
おっと、忘れるところだった。
酒場ナビメンバーのイカとカリスマジュンヤは、酔っぱらって暴れそうだから、最初から出禁にしておこう。
わか(わか)
住所: | 東京都葛飾区新小岩1-49-12 |
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営業時間: | 15:00~21:00 |