珍酒「牛乳ハイ」で北海道を吞み込め!板橋「北海 三四郎」で酔わされる大地
絶対にチビにはなりたくなかった私は、中学校の三年間を牛乳漬けで過ごした。朝、昼はもちろん、家に帰ってからは必ず1リットル飲むのである。それが功を奏したのか、おかげさまでチビになることはなかったが、〝飲み癖〟がついたのか、今ではすっかりアルコール漬けの日々だ。
またその頃に、ジャガイモをよく食べた。フライドポテト、肉じゃが、ポテトサラダ……料理というより、あのパンチのあるジャガイモそのものの味が好きなのだ。特にお気に入りだったのだが、ご飯にジャガイモを混ぜたものだ。穀物同士の野趣あふれる味わいがよかったのだが、「戦時中を思い出すから止めなさい!」と祖父母に嫌がられていた。
極めつけは、北海道の修学旅行だった。牛乳やジャガイモはもちろん、チーズにバター、海の幸では特にイカが濃厚かつ衝撃的なおいしさで、その時の感動は未だに覚えている。
間違いなく、その頃の経験が今の牛乳やジャガイモ好き、延いては北海道ならではの料理が好きになったきっかけである。そんな思いを満足させてくれる酒場はないか、自慢の酒場手帳を開いてみると……ありましたね、板橋に。
この板橋も再開発の波に飲まれ、今や駅前は戦禍の火除地のように広大な空き地となっている。今は亡き『三忠食堂』を偲びながら、目的の北海道へと向かった。
うひょー! ここここ、『北海 三四郎』だ! 店名からして北海道を連想させるが、とにかく外観のビジュアルの良さといったらない。
雨だれ痕の電気看板、店先に積まれた室外機、大衆酒場店先あるあるの植木鉢、低めに掲げられた〝北海〟の白暖簾がすばらしい。M-1グランプリがあるのならば、毎年ファイナリストになるだろう。それではいざ、ジャッジ!
「いらっしゃいませ~」
イイッ! 中もイイッ! 店に入ると左手に数脚のテーブル席、右手にカウンターが伸び、奥には座敷まである。要するに全部ある。
外観と同じく、いい意味でゴチャッとしている店内は、どこを眺めても飽きない。落ち着け、まずは空いているカウンターに座るのだ。
ふと隣の席を見ると、お姐サマがひとりでペーパーゲームに夢中だ。はて、このお姐サマはこの店の人間なのか、それとも客なのか……? そこへエプロンを掛けた、こちらは間違いなく女将さんであろう女性が「お酒になさいます?」を訊いてきたので、そちらで頼んだ。
デタァァァァッ!!『牛乳ハイ』、これを飲りたかった!! 甲類焼酎を牛乳で割ったものだが、実は家でも結構飲んでいる。前述の通り、私は単純に牛乳が好きなので「焼酎で割ったらウマいんじゃね?」と飲み出したのが大当たりだったのだ。
ゴクッ……ギュニュッ……ギュニュッ……、アッハー、ホルスタインッ! 何年も前から愛飲していたのだが、友人らに勧めても気持ち悪がって飲んでくれなかった。いやぁ、こんなところで飲めるとは……なんだか、運命の酒場に出逢えたように気持ちになる。
「はい、こちらさんにお酒ひとつね」
「あら、いいのママ? お願いしても」
「いいのよー。あと、4卓さんにイワシね」
いつの間にか、隣にいたお姐サマは店内を仕切り始めていた。女将さんからは〝ママ〟とも呼ばれている。やっぱり、お店の人だったのか……しかし、客が居る横でペーパーゲームなんてやるだろうか? そもそも、客が酒場でペーパーゲームをしているのを、今まで見たことがない。
この謎のお姐サマは、一体何者なのか……。
そのママが、名物の『三ちゃんチーズ』を持ってきてくれた。熱された白い器にたっぷりのチーズ、表面にはパセリがたっぷり、まるで洋食屋のグラタンだ。
スプーンをズブリと挿れてと、溶けたチーズを垂らしながらホックホクのジャガイモ、そして意外にも明太子が姿を現したのだ。アチッ、ホフッ、アチッと、スプーンごと口に入れると、とろぉりチーズとジャガイモが混然一体となる。そこへ明太子の塩気と辛味がうまいことまとめ上げ、ジャガイモ好きにはたまらない逸品に仕上がっている。
「鉄板、お熱いですから」と、今度は女将さんが持ってきくれたのは、こちらも名物の『札幌バター』。ジウジウと熱気冷めやらない鉄板には、またもやジャガイモ、しかも巨大な。それとブツ切りのピーマンとベーコンなどが、香ばしいバターの香りに包まれている。
もう辛抱できねぇと、ジャガイモに喰らいついた。同じジャガイモだが、さっきのとはまるで別物。表面はカリリと歯ざわりよく、中からはバターに蒸されたジャガイモのポクポク感。私の大好きなパンチのあるジャガイモだ。
面白いことに『三ちゃんチーズ』に然り、この料理たちは牛乳ハイと相性バッチリなのだ。もうグビグビいけちゃうもんだから、自然とおかわりをもらうことになる。
「すいません、牛乳ハイをもう一杯……あっ」
無意識で、近くに居たママの方に声を掛けてしまった。まだ私の中で、この店の人間と断定したわけではなかったので、一瞬躊躇ったのだが……
「はいよ、牛乳ハイおわかりねー」
すんなりと、受注完了したのであった。なーんだ、やっぱり店員だったじゃないか。よく考えれば、下町の大衆酒場では、客なのか店員なのか分からない、なんてことはよくあることだ。
牛乳ハイと共に『スルメイカ刺し』もやってきた。北海道といったらやはりイカは外せまい。こんなに白い食べ物なんて他にないだろうという程の色白美人。こいつを割り箸でズリュンとすくい上げ、醤油をチョン、ツルツルと啜る──ンまいッ!! ヒヤリとした口唇ざわりに、ネットリとした甘味が咀嚼するごとに舌へと絡みついてくる。
白くて、冷たくて、甘い……それって、牛乳と同じ? これはもしやと、目の前の牛乳ハイと合わせてみる。どれどれ……うわっ! あんね、牛乳と生のイカが合うわけがない。余計なことはしなくていい……ああ、びっくりした。
おいしくて楽しい北海道の時間は、あっという間に過ぎていった。
「ごちそうさまでした」
「また、いらしてくださいね」
女将さんは、言葉が丁寧だ。少しの時間だけだったが、思っていた以上に北海道を堪能することが出来た。腹イッパイ、胸イッパイ、デッカイどー。ここがお気に入りの酒場のひとつとなったことは言うまでもない。
荷物を持って、席から立ちあがると、
いつの間にか、またママがペーパーゲームを始めていた。うーん……こうして改めてみると、やっぱりこの店の人間だったのか分からなくなってきた。
もしかすると、この酒場に棲む牛乳の妖精だったのかもしれない……
北海 三四郎(ほっかい さんしろう)
住所: | 東京都板橋区板橋1-19-3 |
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TEL: | 03-3964-7047 |
営業時間: | 17:00~01:00 |