武蔵小金井「さち呼」今年もまた、酒場の〝旬〟がやってきた
どんなものにも〝旬〟というものがある。食べ物ひとつでも、野菜はやはり春が最高で、夏のアジは脂がのって馬鹿ウマい。秋はなんでもおいしいが、やっぱり日本酒の『ひやおろし』が毎年待ち遠しい。冬はもう鍋一択でしょう。タラ、チゲ、牡蠣、おでん……早く冬が来ねぇかな。犬や猫には発情期、植物も実がなる頃か。人生にだって一番輝いている時があるもんで、何にでも〝旬〟というのがあるのだ。
生き物だけではない。実は酒場にも〝旬〟があるのだと最近知った。「おっさん、何を馬鹿なことを」と思うだろうが、いや、これがあるんですよ。
期間はちょうど今くらい、九月の終わり頃から十月いっぱい。そう〝秋〟である。やっと日差しが弱まってきたかなーって頃にデカい台風が飛んできて、それが去ったらガクッと気温が落ちる頃。落ちるといっても決して寒くはない、24、5℃くらいの丁度過ごしやすい気候だ。食材はどれも脂がノリ初めて、とくに酒の肴になるものは一斉に美味となる。店先の扉を開けて、涼しい夜風を入れる気持ちよさ。ひやおろしの日本酒をクッと飲って、うんめぇアテを突く。ほろ酔いで店を出れば、「リーン、リーン」と鈴虫の鳴き声で、夜風の気持ちいい帰途につく──これを酒場の〝旬〟と呼ばすして何と言おうか。
そして、まさしく酒場の〝旬〟を味わえる店が、中央線快速に乗ればすぐに味わうことができるのである。
九月中旬。連日の真夏日からストンと涼しくなった夜、武蔵小金井から歩いてすぐの『さち呼』に訪れた。V字路の先に構える見るからに小さな店で、さらに店先を電柱がドンと塞いでいるといういじらしさ。
よく見てみると〝さちこちゃん〟と思しきロゴの載った暖簾が、なんとも可愛らしいではないか。秋の夜風に揺れる、さちこちゃんの暖簾をめくった。
「いらっしゃいませ~!」
明るい女将さんの声と共に、やはり小ぢんまりとした店内があった。手前に厨房カウンターと奥にテーブルがちょっぴり。思っていた以上に小さい店だったが、ひとり飲りにはちょうど良いいサイズ。カウンターに酒座を決め、女将さんに酒を頼む。
正直、夏より秋のほうがビールを飲む。きっと気のせいなんだろうが、どことなく麦の味がまろやかな気がするのだ。うん、ビールの〝旬〟は今まさにってことで──
コクン……コクン……マロン……、まろやか旬の味っ!! タンサンも夏よりおいしく感じるが、これも気のせいなんだろう。まぁ、とにかくウマいことは間違いない。どれどれ、酒場を続けましょうか。
お通しの『南蛮漬け』の何たるウマさ! 旬のアジをカラリと揚げ、丁度よく酢で締められている。仕上がりもいいが、この時期にさり気なく出してくる大将のセンスがすばらしい。
それから『チヂミ』だ。私は料理を注文する際、よく〝この店でこの料理?〟という、店の雰囲気と似つかわしくないものを頼む。この小料理屋のような雰囲気のチヂミとはどんな味なのか。
ウマいっ! モチッとした生地に、ニラとタコがたっぷり。それとね、圧倒的にタレがおいしい。ピリッとした辛味のカドを、まろやかに仕上げている。おいおい、下手な本格韓国料理屋のよりだいぶウマいぞ。〝この店でこの料理?〟には、こういう嬉しいことがよくあるんですよ。
……あ、ちょっと解ったかも。もしかすると、冬に向けて脂肪を蓄えるために、人間の舌は旨味を感じる器官が敏感なっているのかもしれない。きっと人間の舌の〝旬〟は、ちょうど今頃なのだろう。
店内のあちらこちらに張られている〝大将おまかせシリーズ〟。おまかせをスルーなんて出来るわけもなく、『寿司8カン』を、いざ。
1、2、3……あれ、8カンのはずなのに、全部で9カンあるぞ? なんと、1貫は大将からの〝オマケ〟とのこと。大将……ちょっと見た目が怖そうだと思っていたけど、なんて神様なんだ!
味だって神様級で、エビはブリンブリン、イワシはトロトロの脂の旨味が大量。少なくとも、大将は数年以上は寿司の道は噛んでいるのではないだろうか。口へ挿れた時のシャリの解け具合も抜群だ。
マグロ、これなんて普通の飲み屋で出すレベルではない質だ。えっ、これが全部で1,200円なんて……いいんですか? いかん、それより私は寿司を食うと、日本酒がいきたくなる病気に長年罹っているのだ。
いっちゃおう、『八海山』をいちゃおう。女将さんは躊躇いもなく升グラスへじゃぶじゃぶと注いでくれる。間髪入れず、顔から迎えて「ツイー……」うんめぇなぁ。しっぽりとした秋夜にこのおいしさは、もはや罪深い。
ほら来た! 大好物の『なめろう』がお出ましだ! 旬のアジ+大好物で、不味いわけがない。ハート形がなんとも可愛らしく箸を刺しづらいが、ど真ん中から箸でハートを打ち抜いてひと舐め──うめぇぇぇぇっ!!
サリッサリッとした粗目の食感、じわぁっと込み上げてくるアジ脂と味噌の旨味。そして、薬味の爽快さが絶妙なるハーモニーを成す。旬のモノとはいえ、トップクラスのなめろうで間違いない。こらぁ日本酒が進みやさぁなぁ。
「1品は、大将からのオマケです」
「わぁ、ありがとう!」
隣客が頼んでいた刺身5点盛りが、1点多い6点盛りとして届いていた。いいなぁ……小さな優しさが、小さな店に溢れている。他にも何人かの客がいるが、皆コクリコクリと静かに飲っていて……なんでしょうね、この落ち着きは。この得体のしれないまどろみを、やはり酒場の〝旬〟だからこそ、より一層強く感じるのだと疑わない。
今年もまた、酒場の〝旬〟がやってきた。
「ありがとうございました~」
店の戸を開けると秋の匂いがして、またひとマッタリ。秋の夜風が、日本酒で酔った頬の火照りにちょうどいい。そうそう、この時期は野良猫も過ごしやすいのか、町を散歩していてもよく見かける。野良猫探しの〝旬〟でもあるのだ。
ちなみに私の〝旬〟は今だと思っているので、どなたかお試しいただいても結構です。
さち呼(さちこ)
住所: | 東京都小金井市本町1-17-9 |
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TEL: | 042-384-6407 |
営業時間: | [火~日] 17:30~22:30 |
定休日: | 月曜日 |