元町中華街「福楼」激ウマが的中!占いの街で予想を超えたガチ中華
「アナタ、ゴ先祖サマニ、護ラレテルヨー」
「えっ、そうなんですか……?」
三十歳くらいの頃だったか、私は友人ら三人と横浜中華街にある『手相占い』へ来ていた。確か10分で1,000円くらいだっただろうか。私の前に友人三人が診てもらったが〝性欲が強すぎる〟だの〝今の彼氏とは別れる〟だの、散々たる言われようで、皆怪訝そうな表情でその占い師の話を訊いていた。
最後に私の番。なんだか嫌だなぁと思いつつ、手のひらを差し出すと開口一番に〝ご先祖様に護られている〟とのこと。詳しく訊いて見ると、なんと私の家系は〝子孫が残りにくい〟のだという。確かに、我が家のご先祖様に当たる方は養子で、直接的な血縁はないと訊いたことがある。私には妹がいるのだが、娘がひとりで今後男児を産む予定もなさそうだ。そのことを言い当てたオジサン占い師が答えて曰く、私が〝子孫を残す代わりに厄から護る〟ということらしい。脇から汗が流れた。確かに……自分で言うのはなんだが、それまでも今までも心身ともに〝絶対絶命〟というピンチを、何度も乗り越えてきた。この占い師、ひょっとするとホンモノなのかもしれない。
「じゃ、じゃあどうやったら結婚できますか?」
「ソレハ……言エナイヨー」
ふざけるな! と思わず声に出そうになったが、占い師が答えて曰く〝商売だからこれ以上は追加料金〟とのことだ。急に怪しさが出てきたが、実績もあるらしく、その年だけで既に三組のカップルを結婚へと導いたという。気になる追加料金は『三万円』。突然の胡散臭さに「シェイシェイ!」と言ってその場から立ち去ったのだ。ただ……今だったら払っていたかもしれない。まさかこんなに〝拗らせる〟ことになるとは、その時は夢にも思っていなかったのだ。
このままではご先祖様に面目が立たねぇ……あれから十年以上がたったが、いつもどこかで三万円を払わなかったことを大いに悔やんでいる自分がいるのだ。
そこで最近になって、あの占い師の店を探しに行ってみようと思い立ったのである。
それから数後日の横浜桜木町。占い師を見つけるまでに、結婚相手と出逢っていたらどうしようという淡い期待は気概で終わり、純潔独身のまま訪れることが出来た。さっそく中華街へと向かうことにした。
中華街のメインストリートに並ぶ店は観光客向け。何度も訪れてはいるが、ここら辺の店に入った記憶はなく、毎回が冷やかしである。
あの占い師に会った時も、冷やかしついでだったはずだ。行ってみれば何となく思い出すだろうと思っていたが、さすが十年も前のことだ。占い通りを少し回ってみたが、まったくピンと来ない。
うーん……確かこんな裏路地だったような……おや?
これはいい裏路地だ。今までに二度台湾を訪れたことがあるが、その時の雰囲気と結構似ている。寺院を囲む通りなんて、ちょうどこんな感じだったな。なんだかんだ、やはり中華街ってのはいい。誘われるがままに奥へ奥へと迷い込んでみると、行く先にはいつもの酒場があった。
これはまた〝ガチ〟な佇まいの町中華『福楼』である。とにかく赤が強め、さすがガチ中華だ。看板外壁から始まり、テントや装飾も赤、赤、赤……! 店先のステンレス製蒸し器から上がる湯気がまたいい味をだしている。時刻は……おっと昼の十二時前じゃないか。これは思し召しだと、一旦占い師捜索を中断して、ウレしハジかしの昼飲みといきましょう。
「イラシャイマセー」
ブーツゥォッ(すばらしい)!! 窓無しレンガ調の壁面を怪しく照らす中華照明。ド派手柄ビニールクロスの丸テーブルは、奥へとカギ型に続いている。
店員さん同士では、しっかりと中国語の会話。こいつはタマラン雰囲気だ。行ったことはないが、北京の郊外の田舎食堂はこんな感じなんじゃないだろうか。そんな田舎食堂を堪能できる、一番奥のテーブルを酒座に決めた。
「ナニ、シマスカ」
「チンタオ的ビールを下さい!」
頼んで〝秒〟で届いた『チンタオビール』の慎ましさ、ド派手クロスにお似合い過ぎだ。こいつをグラスにトットットットッ……
喝ッ……喝ッ……喝ッ……、ハオヂィィイィィッ(旨い)!! ハマのガチ中華で飲る酒のウマさよ。さらにまだガチ昼だっていうからやんなっちゃう。さて、何から頂こうか……よし、ここは私の〝酒場占い〟にて占って進ぜよう。
てぇいっ! まずはこいつからだ!
天から降りて来たるは『空心菜炒め』との暗示。チンタオビールと同じく緑色が映える。見るからにシャキッとした光沢の束を箸で鷲掴んだ。
口の中をまるで草原を駆け抜けているかの如く、爽快な青菜の歯触りがシャグシャグと心地好い。そこへ待ったなしの強ニンニクの風味が、食と酒の中枢をジグジグ刺激してきやがる。こんなもの、チンタオが進まないわけがない。
続いて、五月生まれの本日の私のラッキーアイテムは『麻婆豆腐』と酒場占いにアリ。丸皿に刺激的な色と香りを放ちながらの登場に熱狂する。熱狂するのはそれだけではなく、味の方は半狂乱のおいしさだ。
低反発の豆腐はしなやかな舌触りがたまらず、辛味の効いた麻辣がトップリと口中を中華的幸せへと至らしめる。
当たってる……当たってるぞ。適当にやった私の酒場占いは、今のところすべて的中だ。むむっ! またもや降りてきた! 今日のラッキーカラーは……〝白〟でしょう!
そうなれば『イカとセロリ炒め』がドンピシャ。どの角度から見ても〝絶対ウマい〟の色と形のシルエット。白く照りっ照りのイカからイカせてもらいます。
酒呑みはイカが口元に来ると〝吸啜反射〟で啜り喰らうというが、まさしくズルッと唇に吸い込まれた。コリシコの食感、細かな飾り包丁によって餡の旨味と絡み合う。ダブル主演のセロリがまたいい役で、繊維質がサクサクと全体と馴染んでおいしい。
キエェェッ!!──出ましたっ!! 最後に『エビチリ』を食べると〝すばらしい出逢い〟に恵まれると出ました。エビにチリソース、刻みネギだけのシンプルな仕上がり。エビをスプーンですくい上げてみると、その香りがたまらず喰らいついた。
ケチャップと豆板醬の濃い味がいつだってウマい。プリプリで大振りのエビと、パリパリと揚げた春巻きの皮とが絶妙な調和で愉しませてくれる。嗚呼……このままを、このまんまをそっくり家に持って帰りたい。
昼間っから最高の気分だ。こんな気分、それこそ誰が占えたであろう。気が付けば、チンタオビールも三本目。いいぞ……これはきっと〝良い運気〟が寄って来た気がする。
すっかり忘れそうになっていた本来の目的〝占い師探し〟を思い出し、チンタオビールの四本目を空けたところで店を出た。とにもかくにも、この酒場そのものが〝すばらしい出逢い〟であったことに間違いない。
中華街を2周ほどして、やっと〝それらしき〟占いの店を発見することが出来た。薄っすらとした記憶と照らし合わせても、店の外観はかなり近い。店の中に通されると、奥からオバサン占い師がやってきて目の前に座った。前の時はオジサン占い師だったが……まぁいい。さっそく手相を診るというので、手のひらを差し出した。
「アナタ、イマ酔テルネ」
なんて、分かりきった冗談を言ってきたらどうしよう……占い師はじっくりと私の手のひらを診ている。ドキドキしながら言葉を待っていると、占い師は顔を上げてニッコリとこう言った。
「アタナ、レスキュー隊ノ仕事シテルネ」
「……は? レスキュー隊?」
「ソウ、レスキュー隊ネ」
「僕が、レスキュー隊……」
無論、そんなワケは無いのだが、オバサン占い師は自信に満ちた表情で続ける。彼女曰く、確かに私はご先祖様に護られる星の手相らしい。だからこそ、この手相の人は危険なレスキュー隊の仕事でも活躍するらしい。いや、どういうことだ。私が護られるはずではないのか、それとも私が誰かを護らなければならないのか……?
「すいません、僕はレスキュー隊じゃないです」
「アラ、ソンナハズ、ナイヨー」
「でも……」
「……」
この時はとにかく、この〝無意味な時間〟を、誰かに三万円でレスキューして欲しいと願うばかりだった。
福楼(ふくろう)
住所: | 神奈川県横浜市中区山下町137-26 |
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TEL: | 045-651-2962 |
営業時間: | 11:00~22:00 |
定休日: | 無 |