関目「谷口酒店」酒場が見つからない!迷子酒場はごっつええ感じ
「えーと、ここか?」
「……いや、ちゃうなぁ? こっちやろ」
ウキウキ気分で初めての町をはしご酒していると、突如として襲ってくる興醒の時間。そう、それは〝行きたい酒場が場所がわからない時〟である。
「絶対、ここ以外考えられねーぞ?」
「せやけど、ここクリーニング屋やしなぁ」
私と酒場ナビメンバーのイカ2人は、大阪の『関目』という、私は全く記憶に掠ったこともない駅へ降り、その酒場を探してかれこれ20分は経とうしているこの状態は、もはや『迷子』といっても過言ではない。
「……っ!? あ、あった!! イカさん、酒場があったぞ!!」
「──えっ!? これ酒場なん!?」
『谷口酒店』
しかしまぁ……これは見つからない訳だわ。既に何度も目の前を往復していたこの一般家屋こそが、捜し求めていた酒場だったのだ。
どこを見ても看板などはなく、シャッターというシャッターは閉まっていたが、おそらく入口と思われる引き戸からは光が洩れていた。
《暖簾引き》だって……? それが出来る暖簾があったら、とっくにこの店を探せている。実際のところ〝ここが酒場のはずがない〟と、どこかに疑念を抱きつつも、とにかく中へと入ってみたのだ。
「せやねん!! あのおっちゃんアホやでっ!?」
「お母ちゃん、こっちに酒持ってきて~!!」
「ちょと待ちや!! めちゃめちゃ忙しいねんっ!!」
「今そこ、トイレ入ってんて──!!」
う……わぁ……
なんという騒々しさ、
なんという関西弁の嵐……!!
店先には大きな道路があったが、そこで走っている車の走音など比ではない、200dBほどもあろう気焔が店全体を揺らしているようだ。
そこへ私たちに気づいたひとりのマダムが、喧騒を潜って声をかけてきた。
「お兄ちゃんら、何か食べてくん!?」
「あ! は、はいっ!!」
「もう殆ど残ってないねんけど、ええかー!?」
「大丈夫ですっ!!」
店員なのか客なのか、まったく区別のつかない格好をした謎のマダム。とにかく、私とイカは〝返事は大きく〟ということに注力した。そうでなければ、この店全体に潰されてしまいそうだったからだ。
ビールケースに木製板が載せられただけの仮設席に座り、先ほどの店員なのか客なのか、まったく区別のつかないマダムに酒を注文をした。
『氷結』
「缶のでええやろ!?」と、店員なのか客なのかまったく……いや、店員であるマダムが持ってくると、《酒ゴング》で一息つく。なんだか、今回の酒ゴングの音は聴こえづらい。
(……お前も、気づいたやろ?)
(……うん、あの女将さんって──)
調理場にはエプロンを着けた、こちらは間違いなくここの店員であろうママさんがいたのだが……
(キャシィ塚本やん!!)
パーマ具合、色付きメガネ、ピンクのシャツ……そして調理場で奮起する様子が、《ダウンタウンのごっつええ感じ》のコントで登場した『キャシィ塚本』にそっくりなのだ……いや、松っちゃん本人かもしれない。
そうなると、酒場ナビ的にどうしてもしたくなるのが、このキャシィさんとの『記念撮影』なのだが……
「お好み出来たでー!!」
「ビール追加!? なんぼでもあんでー!!」
この絵に
(味論……ちょっとあれ見てみ……)
(う、うわっ……)
……調理場の一角には、まるでキャシィ塚本が〝暴走〟したかのような痕があり、私とイカは『コウジ』と『リョウコ』の気持ちで、震え上が……
「ちょっと、お兄ちゃんたち!!」
「は、はいぃぃ!?」
「こんな残りもんしかないねん、ちょっと見にきてー!!」
怖い話をしている時に、突然大声で「わっ!」とされるのとまったく同じ現象である。私たちは急いでキャシィさんの元へと向かい、確認させていただいた。
『筋コン』
その名の通り、牛筋とコンニャクを炊いたもので甘辛の味付けにコリコリの牛筋、コンニャクのプリプリがとにかく食感を愉しませてくれる、これぞ大阪ならではの味。
『おでん』
残り物なのでタネは少ないが、その中に『手羽元』があったのがうれしい。私は手羽元を甘辛に煮込んだものが大好きなのだが、この手羽元もそれと同じように甘辛く、そして柔らかくてウマい。
……しかし筋コンといい、おでんといい、なんて〝茶色ばかり〟のテーブルなのだ……イカの地黒も含めれば茶色3点バーストである。
料理に満足したところで、いよいよ本題である。
(……ちょっと喋れたし、イケるやろ?)
(……よし、頼んでみようか)
やはり、キャシィさんとの記念撮影をしたい私たちは、勇気を振り絞って声をかけたのだ。
「あの~、キャ……ママさんちょっといいで……」
「なに!? お酒おかわり!?」
……ォフゥゥ、この迫力……だが、それに負けては《サカバー》が廃る。
「お、お酒やないんやけど……ちょっとママさんと記念写真撮りたくて」
「えっ!? なんでや!?」
……いや、確かにそうなのだ。突然一緒に写真を撮りたいなど、確かに〝なんでや!?〟なのだが……ここで引き下がる訳にはいかない。
「前からこのお店に来たくて……僕ら、東京から来たんですよ」
「えっ!? なんでや!?」
この頃になると、周りにいるギャラリーからの視線が気にかかる。その視線は「ほんまに、なんでコイツらわざわざ東京から来たんや?」というものばかりである。それを耐えながらも、さらにキャシィさんへお願いするのだが……
「遠くから来たので……お願いできませんかね?」
「イヤや!!」
うわぁ!! やっぱり、ダメか……!!
「もっと綺麗な子撮ったりーや!!」
う~ん……これ以上お願いしたら、テーブルをひっくり返されるかもしれない……
「立ち位置はここでええか?」
……でも、この酒場自体も楽しくて、いい思い出にもなったし、
「ピースした方がええか?」
……そうそう、ピースもしたし、
……えっ? ピース?
「おおきに、また来てやー!!」
──これだから大阪の酒場は、大好きだ。
谷口酒店(たにぐちさけてん)
住所: | 大阪府大阪市旭区高殿6-14-27 |
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TEL: | 06-6951-5552 |