蒲田「鳥万」老舗酒場からはじまる出逢いのファクト
──東京を代表する大衆酒場の街、『蒲田』
久しぶりにその街へ訪れた理由は、東京呑兵衛なら誰もが知っている大衆酒場の老舗『鳥万』に行きたくなったからだ。
『鳥万』
この酒場へは羽田空港へ行く前によく使う。チェックインの時間より早めにここへ立ち寄り、これからはじまる旅行に想い馳せながら、ギリギリまで酒を飲んだあとに羽田空港へ向かう──旅行自体も楽しいが、この時間も堪らない時間だ。
今日はこのあと旅行に行くわけでもなく、純粋に〝鳥万〟という酒場を愉しみに来たのだ。日が落ちる前から店が開き、あっという間に酔っ払いの諸氏でこの大箱を埋め尽くすところは流石といったところ。今日は2階席の小さなテーブル席へと通された。
ほぼ満席で、隣のテーブルには熟年の先輩2人が向き合って座っている。友人同士で呑みに来ているのだろうが、たまにひと言ふた言だけ交わすのみ。熟年男の渋い飲み方だ。
『柿ピー(お通し)』
鳥万のお通しといえば、このプラ容器付き柿ピー。酒を待ちながらポリポリやっていると、以前酒場ナビメンバーのイカが、同じ蒲田の『いとや』という酒場で、美人客に《あちらのお客様からです》をやって派手に撃沈した話を思い出した。
『三戸なつめ』似の美人だったらしいが、一杯飲み屋でそんな出逢いなどあるものなのか……? 店内を見渡してみたが、この1フロアの合計で1,500歳はくだらないおじさんばかり。女子といえば、お運び御姐さまくらいだ。
やはり、酒場でそう簡単に出逢いなどない──ちょうど届いた酎ハイを飲んで噛みしめる。よし、料理を注文しよう。
『ホタルイカの沖漬け』
私の大好物。ちょうど旬の時期だったのもあって、かなりウマい。身にハリがあり、噛むたびに甘じょっぱいイカワタのエキスが口に広がる。
いいねぇ、ウマいねぇ……ん、待てよ、他にも蒲田の『豚番長』で、メンバーのカリスマジュンヤとイカが〝蒲田の番長〟という先輩と出逢って、語り呑んだ話があったな。
うーむ、この〝蒲田〟いう街の酒場は、『出逢い』が多いのかもしれない……もう一度、さらに客の増えた店内を見渡してみたが、この1フロアの合計で2,000歳はくだら……
〝そんなごと、あるわげねェ〟
幾三先輩だってそう言うに違いない。それより、今日はこの鳥万を愉しみに来たのだ。続けてもう一品料理を注文することにした。
『海ぶどう』
そうそう、無性に食べたくなる時があるんだよな。深緑色のぶどうに醤油にチョンと付けて、プチプチとした歯ざわりがコイツの醍醐味。うん、こりゃイケる……ん?
ジ──……
なーんか、
〝視線〟を感じる。どこからだろう……あ。
視線の元は、隣のテーブルに座る斜め向かいの先輩からだった。何かを言いたげに、ちょっと笑っている。どうも私の食べている海ぶどうが気になるのか……? うーむ、どう見ても普通の海ぶどうのようだが……
「この海ぶどう、どうかしましたか?」
思わず、斜めの先輩に訊ねてみた。すると、
「あ! いや、すいません。何でもないです」
……やはり、何か含んだ表情だ。さらに訊ねてみた。
「いやいや、絶対なんかあるんスよね!?」
「いやぁ……ほんと、余計なお世話なんですけど……」
「は、はい……?」
なんだか、妙な緊張感が漂ってきた。先輩はニヤリと結んだ口を開いた。
「海ぶどう食べるなら、近くにある○○って中華屋がいいですよ」
「……えっ」
単純に、海ぶどうがおいしい店を教えたかっただけのようだが、この先輩、それだけの為だけに他人の私へ〝アピール〟してきたのだ。これはおもしろい、それに蒲田に詳しそうだ。話をしてみよう。
「そうなんですか? ずいぶん詳しそうですが地元の方ですか?」
「いや、地元じゃないけど毎日ここに来てます」
えっ、毎日!? そりゃたかが海ぶどうひとつでも、薀蓄が出るはずだ。さらに話を訊こうとすると……
「……じゃ、ワシはそろそろ行くよ」
「あ、お疲れさまでした」
ずっと黙っていた隣の方の先輩が、小さな嗄声で挨拶をすると、斜め前の先輩が頭を下げ、隣の先輩は店を出て行ったのだ。
「あれ、隣の先輩ってお連れの方ですよね……いいんですか?」
「いえ、あの人はここの常連で、よくこの席で一緒になるだけですから」
要するに、隣の先輩同士はまったくの『他人』だったのだ。これは驚きである……どう見ても、会社の同僚が仕事帰り一緒に酒を飲みに来たとしか見えなかった。驚きはさらに続く。
「因みにあの人、毎日開店から来て16時45分に帰るんですよ」
16時45分に帰る……!? 時間を見てみると、確かにそれくらいの時間だ。17時ぴったりではなく、あえて半端な45分に帰る理由が気になってしょうがない。話はさらに続き、
「あと、2018年の135日目から、休まずここに来てるみたいですよ」
135日目というと、4月の……えぇい、まどろっこしい数え方! というか、この人はなぜ他人であるはずのあの先輩のことをそこまで知っているのか? 私は完全に『斜め先輩』に興味が沸いてしまった。
「先輩!! 他に蒲田の酒場を教えてもらえませんか!?」
「あぁ、いいですよ。じゃあ、店の前まで案内しますよ」
なんの躊躇もなく、斜め先輩は私をおすすめの蒲田酒場へと案内をすべく、揃って鳥万を後にしたのだ。なんだか『出会い系』みたいだ……
「あー、ここですよ」
『豚番長』
あれっ!? なんと、着いた酒場は例の〝蒲田の番長〟がいるという酒場であった……これも何かの縁だろうか。ここはあえて〝知ってます〟とは言わず、私が店に入ろうとすると斜め先輩が帰る素振りをはじめた。
「あれ先輩、一緒に飲んでいきますよね?」
「いやいや、僕は店を案内しただけなんで……」
斜め先輩は遠慮していたが、呑み助というのは酒に対してだけは正直。「じゃあ、一杯だけ……」と常套句だけ言うと、さっさと店に入って酒を頼むのだ。
2人でやきとんをつまみながら、〝蒲田の番長〟の話なんかをはじめて盛り上がる。酒場は人と人との距離を一瞬にして縮めるから恐ろしい。
「もう一軒、いい店があるんですよ」
「本当ですか? 是非教えて下さい!」
酒を二杯づつ飲んで店を出ると、ほろ酔いの斜め先輩は次のおすすめ蒲田酒場へと連れて行ってくれた。もはや、それが〝当たり前〟かのように。
『レバーランド』
ここも入ったことはないが、蒲田では有名な酒場だ。これは楽しみだなと、私が店に入ろうとすると斜め先輩が帰る素振りをはじめた。
「えっ!? 一緒に飲んでいかないスか?」
「いやいや、僕は店を案内しただけなんで……」
斜め先輩は遠慮していたが、呑み助というのは酒に対してだけ正直。「じゃあ、今度こそ一杯だけ……」と常套句だけ言うと、さっさと店に入って酒を頼むのだ。
2人でレバカツをつまみながら、今度はお互いの地元の話をしていると、「ぼくも東北出身なんですよ」と今度は店員のお兄さんが話しに入ってきて高校野球の話が始まったのだ。
……ひとり3杯は飲んだだろうか、すっかり酔っぱらってしまった。
「それじゃあ、僕は帰りますね」
「こちらこそ先輩、色々ありがとうございました!」
いやぁ、いい人だった、また飲みた──
〝あれ……? 俺、たしか鳥万で呑んでたよなぁ?〟
──結局、
名前も年齢も仕事も、何も知らない人と実質3軒のはしご酒をしたことになるのだ。
私はひとり駅に向かいながら、もう一度思い出していた。
『いとや』の〝三戸なつめ〟
『豚番長』の〝蒲田の番長〟
そして、
『鳥万』の〝斜め先輩〟……
〝そんなごと、あるわげ……ある〟
蒲田酒場、
それは、まぎれもない〝出逢いの酒場〟である。
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鳥万(とりまん)
住所: | 東京都大田区西蒲田7-3-1 |
---|---|
TEL: | 03-3735-8915 |
営業時間: | [月~土] 16:00~23:00 [日・祝] 15:00~22:00 |
定休日: | 無休 |