外国初心者が行く!日本の世界の酒場から【韓国編】
二年前の暮れ、「来年の2020年に必ずやろう」と思っていたことがあった。それはズバリ〝結婚〟だ。男四十歳、これからは人生の伴侶と共に、不安定な生活から一変したい……と思っていた矢先に、新コロの大馬鹿野郎がやってきやがったのだ。
新コロのせいで、私の人生設計が大きく変わってしまった。こいつさえ流行らなければ、今頃きっと奥さんが妊娠して、家族三人で仲良く暮らしていたに違いない。えぇ……こいつさえ流行らなければ、間違いなくそうだった。
まぁ、結婚に関しては予定調和ではあるのだが、もう一つだけやりたかったことがある。それが外国の酒場、『韓国酒場』に行くことだった。
お隣の『台湾』には、もう二度行っており、それはすばらしき酒場と出会えた。そうなると、もうひとつの隣国である韓国には、どうしても行ってみたかったのだ。韓国にも必ず老舗酒場や地元民に愛される大衆酒場があるだろうし、そこに行くことは呑兵衛としてごく自然な発想なのだ。そう思っていた矢先……このっ、ド阿呆のっ、新コロ野郎めっ!
しかし、不満ばかり言っていても仕方がない。店が満席だったら、次の店を探すように、本当の呑兵衛なら次の酒手を考えるしかないのだ。
これから訪れるであろう本番に備えて、まずは日本にある外国の酒場を探すまでよ。そして、日本の韓国といったら……あそこしかない。
『新大久保』
東京都民なら誰もが知る韓国人街。二十年前に通っていた専門学校がこの辺で、その当時はもう少し落ち着いたところだったが、今や韓流スターで埋め尽くされた街並みに圧倒される。今住んでいるところからもそう遠くはなく、割と近しい存在だが、酒場目的で来たことはなかった。酒場どころか、韓国料理もほとんど食べたことがない。
そんな韓国初心者が、駅からしばらく歩いていると……
『松屋』
うおっ……「バルス!!」前のラピュタかと思わせる、ド迫力の外観。もはやどこが建物なのかが分からないほど、緑に覆いつくされている。住所を見ると『ひかり荘』とあるので、もしかするとリノベーションしたのかもしれない。とにかく中で待っているであろう、ムスカへ会いに行ってみる。
テラス席といっていいのか、これはいいですねぇ。夏場になんか、ここでワイワイ飲ったら楽しいだろうな。さらに店の奥に進み、ひかり荘の本体へと入った。
ひゃあ! 色褪せた壁や天井、日本語と韓国語の手書きのメニュー札、いい意味で統一性のない調度品……こりゃもう日本の大衆酒場だ。しかも大好きな大箱ってのが、大変にすばらしい。スキップで、テラスと店内のすべてが見渡せる特等席に酒座を決めた。
「アルコール、イマ、ダシテナイデス」
『334』
アイヤー!!……そうかそうか。キリッと喉を消毒したいところだが、ここはノンアルコールでお茶を……酒を濁しましょう。
ただね、最近のノンアルビールは本当にウマい。酒造メーカー様の企業努力が、令和の禁酒令からなんとか酒離れを食い止めているといっていい。必ずや、今度はここでアルコールを飲んでやるさ。さてさて、目的の韓国料理をいただきますか。
『キムチ』
正直、キムチなんて焼肉屋だろうがコンビニだろうが、どれも同じと思っていた。というのも、子供のころに父親が専門店なるところから買ってきていたキムチが、未だに忘れられないほど美味しかったからだ。ところが……
──うんめぇッ!! これがまさに、その思い出の味だ! あまり酸っぱくなくて、唐辛子の味がパリッと効いているこの感じ。さすが韓国街、普段はあまり食べないキムチだが、これなら毎日食べたい。
『チヂミ』
デ・カ・過・ぎ・る……!! いや、これが本場のチヂミサイズなのかもしれない。しかし、これだけデカければ食べるのも大変だ。大皿から引きちぎるようにチヂミ一片を切り出し、スプーンでタレをチャパチャパとかけ、豪快に食らいつく!
モッチモッチの生地に、ニラとニンジンのシャキリ食感がたまらん。こんなにデカいというのに、何切れでもイケる不思議な食べやすさ。
『チャプチェ』
アッチアチ、湯気モウモウ! 名前だけはよく聞いていたが……乏しいグルメ知識では、春雨の料理など春巻きとサラダしか思いつかなかったが、こんな料理があったとは。ニンジン、ニラ、キクラゲなどが、つやつやの春雨と彩り鮮やかに絡み合って旨そうだ。
トゥルッ、トゥルルルルンッ! と、すする唇が気持ちいい。極太春雨がゴマ油の効いたタレとよく絡んで、プツンプツンとした食感が最高にウマくてハッピー、ウマッピーだ。
カチン、カチャン!
店員のお兄さんが、目の前にカセットコンロを置き、ドテカいステンレス鍋に火を点け、さぁ、鍋が始まる。コレを食べてみたかったのだ。しかも、この店はコレの元祖だという。しばらく鍋蓋の隙間から湯気が出るのをじっと見つめ、いよいよコレの御開帳である。
『カムジャタン』
うわぁぁぁぁっ、すんげぇ茶色!! 溶岩色のスープに、大量の岩いみたいな巨骨と、ジャガイモ丸ごとが二つドカリと沈んでいる……こんな豪快鍋、絶対に日本にはない! ただ何だろう、この特別感、この〝ごちそう感〟は……!
後で調べると、豚の背骨とジャガイモを煮込んだ鍋のことをカムジャタンというらしいが、一体どうやって食べてみればいいか分からない。とりあえず、骨に喰らい付いてみるしかない。
グワァァァァブリッ!!
──うんめぁぁぁぁっ!! 骨にこびり付いた肉を削ぎ取るように食うのだが、その肉が強烈に柔らかで滋味深く、獣のようにムシャブリ喰らった。……スープだ、このスープがとにかくウマいのだ。言うなれば、豚骨スープのようなミルキィさで、よりコッテリとコクも強く、だからといって飲みづらいことは一切ない。見た目と同様に、日本では味わったことはない、本当に独特なスープだった。白飯にかけて食べたら、うんめぇだろうなぁ。
すごいぞ、韓国料理。おそらく、日本に居ながらにして、最も本場に近い韓国料理を堪能できたと思う。韓国語で「おいしい」が「マシッソヨ」というらしいが、この言葉だけは憶えていた方がよさそうだ。
よし、次のマシッソヨはどれにしよう──
外国の文化を知るには、まずその国の〝食〟を知ること、と何かで訊いたことがある。まさしくその通りで、それにその国の酒と合わせるとなると、無限の愉しみがあるというわけだ。クソーッ、早く外国へ飲りに行きたいっ!
来年、2022年に必ずやろうと思っていることは、もちろん結婚だ。あっ、どうでもいい余談にはなるが、私にはずっと彼女なんてものがいない。日本女性にはどうも相手にされないみたいなので、この際、韓国に探しにいく方がまだマシッソヨかもしれない。
だから、韓国語で「愛してる」が「サランヘヨ」というらしいが、これも正しい発音から憶えておこう。
松屋(まつや)
住所: | 東京都新宿区大久保1-1-17 |
---|---|
TEL: | 03-3200-5733 |
営業時間: | 11:00~24:00 |
定休日: | 無休 |