
箱根の方じゃない!福島の湯本「おかめ」の驚くべき大盛り料理たち
♪思えば遠くへ来たもんだ
年がら年中、酒場を追い求めて全国を奔走している私だが、ふと、そんなこと心唱することがある。
思い返せば、鹿児島の桜島に訪れた時も、火山灰を浴びながら〝凄いところに来たなぁ〟と思い、大阪西成の三角公園で缶酎ハイを飲んでいる時は〝こんな日本がまだあったのか……〟としみじみ。与那国島の夕日をバックに島焼酎を飲りながら〝こんな遠くまで来たのに、まだ国内なのか〟と途方もない世界の広さを感じたものだ。おそらく、最低でもあと二十年くらいは生きていられると思うので、それまでには日本全国の酒場と世界の酒場文化に触れられればな、と思うこの頃。数年前からだろうか……人生のパートナーは酒場であると腹を括ったのである。
そして今は、遠く会津若松から郡山と福島の酒場旅の真っ最中。続いては、郡山からバスと電車で『湯本』まで来たのだ。
湯本って、どこだよ……? そう、〝箱根湯本〟ではない、ザッツオール〝湯本〟である。私もこんな遠くにある駅に来るとは、思いもよらなかった。東京の人間だったら『スパリゾートハワイアンズ』といえば分かりやすいだろう、あのハワイアンズの最寄り駅になるのだ。まぁ、徒歩で行くとなると一時間はかかるのだが。
こちらは箱根の方と比べて落ち着いた温泉街で、平日ともあって人も疎らだ。ただ、少し歩くと無料の足湯や温泉神社などがあり、それなりに温泉街として賑やかである。
一番近いところだと駅から数分で湯にありつけ、そんな温泉がいたるところにあるから楽しい。温泉のはしごをしたいところだが、今回の目当ては温泉ではなく、やはり酒場なのである。
出ったー! ここですよ、ここ。駅から歩いてすぐ、温泉の目の前にある『おかめ』だ。この酒場のために、わざわざこんな遠くまで来たのだ。まずその佇まい、昭和の古いモルタルビルの一角に、まるで〝こしあん〟で塗り固めたかのような茅葺屋根風のファサードが、何ともいえない造形美。
どことなく懐かしさを感じる間口には、手書き達筆のメニューや酒樽が並び〝早くおいで!〟と誘ってきて仕方がない。もちろん入ります、入りますとも!
「は~い、いらっしゃ~い」
むっひょぉぉぉぉ絶景ぇぇぇぇっ! 小さな店内の真ん中には綺麗なコの字カウンターがあり、その中ではエプロン姿の女将さん達が、 かいがいしく動き回っている安心感。
空いている席に座ると、壁一面に張り付けられたメニュー札、ポスターにぬいぐるみ、サイン色紙やシールでびっしり。もう、情報過多で脳がバグリそうだ。
このカウンターの使い込まれようよ! 木目の溝が深すぎて、石鹸があれば洗濯が出来てしまいそうだ。
「お酒飲んでもいいですか?」
「ええ、どうぞ~」
昼時で周りは定食ばかりを頼んでいたので、一応女将さんに確認。好い返答に、間髪入れず瓶ビールを頂戴した。
トトトトト……グビュ……グビュ……、くぅぅぅぅ温泉に入ったみたいに喉がスベスベだ! あぁ、想像をしてしまう……この町に泊まって、温泉に入った後にここで一杯飲ったらと思うと……きっと、昇天するんだろうなぁ。それはいつか必ずやるとして、さっそく料理をいただこう。
すごっ! まるで、魚が滝登りをしているような盛り付けは『目光から揚げ』だ。高級深海魚が、こんな大盛りで頂けるとはうれしい。ひと口食べると「サクッ!」となると共に、ホックホクの身でいっぱいに。
本当に〝ホックホク〟で、そもそも〝ホックホク〟という言葉は、このから揚げのためにあるじゃないかと思うほどだ。淡泊だけど凝縮された旨味がさすが高級魚といったところだ。ちなみに、ここ湯本がある『いわき市』の市の魚は、この目光だそうだ。
「はい、刺身盛りの〝小〟ね~」
「えっ……!?」
いやいや、この量は親戚の集まりレベルじゃん! 大皿いっぱいに『刺身盛り(小)』という名の刺身の大盛りがやってきた。1、2、3……なんと5種もあるじゃないか。マグロはねっとり、タコは歯ざわり新鮮。ハマチとタイは脂たっぷりで、舌に絡みついて離れてくれない。
大好物の赤エビは、頭ごとあるのがうれし過ぎる。ミソをちゅうちゅう吸って、それを酒で流し込む幸せよ。
酒場の法則で、はじめて訪れた酒場で何を頼もうかと迷ったとき、料理名に〝自家製〟と付いていたらまず間違いなく頼む。それともう一つ、料理名にその酒場の〝屋号〟が付いている場合も同じだ。もちろん、ここでもその法則を試したのだが……
デッカ!! 何ですのコレ!? その名も『おかめ豆腐』は、まさかの代物だった。想像だと、冷奴にチョロっと特製おかめタレなんかが掛かっている程度と思っていたが、凄まじいセンスの盛り付け……まるでピカソの絵みたいだ。
「うっ……重い」箸でその豆腐を指の力全開で持ち上げる。そのままガブっと食らいつくと──うんぇぇぇぇ! これはあれだ、揚げ出し豆腐じゃないか。そこへオニオンチップが塗してあり、これが豆腐のポテンシャルを一気に引き上げ、肉のようなパンチのある味わいに仕上げている。そこへまたもや大盛りキャベツ、トマト、キュウリの〝下敷きサラダ〟が、どんどん腹を膨れさせていく。
目光、刺身、豆腐……炭水化物ゼロで、こんなに腹がいっぱいになるなんて……そんな店は酒場関係なく、そうそうあるものではない。
「お腹、いっぱいになった?」
向かいで食べていた青年が席を立つと、女将さんが青年に声をかけた。
「もう、スゲー腹いっぱいっスよ!」
「まぁ、お褒めの言葉、うれしいわぁ」
満面の笑みで返す女将さんが微笑ましい。満腹の姿を見て喜ぶなんて〝おばあちゃん〟くらいだろう。おばあちゃんて、何であんなに料理をたくさん食べさせようとするのか……そうか、きっとここは皆にとっての遠くに住む〝おばあちゃんの家〟の様な存在なのかもしない。
そして今日もまた、なんでこんなところで、なんでこんなにおいしい料理で飲っているのか……ついつい、ニヤけてしまう気持ちよさがあった。
♪思えば遠くへ来たもんだ
隣客が頼んだ大盛りソースカツ丼をギョっと横目に、きっとどこか遠い酒場でこの日のことを思い返すのだろうと、満腹の腹をポンと叩くのである。
【閉店】おかめ(おかめ)
住所: | 福島県いわき市常磐湯本町天王崎84 |
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TEL: | 0246-43-3338 |
営業時間: | [月~土] 11:00~14:00×17:00~20:30 |
定休日: | 日曜日 |