小平「鳥勝 小平北口店」迷子の末にめぐり会った〝110円鍋〟の衝撃…!
今から二十年以上前に上京して、それからずっと西武新宿線の駅に住んでいた。『西武柳沢』の学生寮から始まり、隣の『田無』に移り住み、さらに隣の『花小金井』には数年間住んでいた。ややこしいのが、最寄り駅は花小金井だけど、駅の住所は小金井市ではなく小平市になる。けれど小平市に住んでいた訳ではなく、住所は東久留米市だったという。さらに言うと、小平駅を使ったことがないので今更ながら訳が分からない。
そんな小平に住んでいる頃に、一度だけ当時の彼女と『小平霊園』でデートをしたことがあった。なんだって霊園でデートなんかというと、家の近くに無料で行くようなところがそんな所しかなかったからだ。そういえば、その近くのガスミュージアム(無料)にも行った。詰まるところ〝金が無かった〟のだ。
西武新宿線の思い出といえば、とにかく金が無かったという厭な記憶が多すぎて、ずっと疎遠になっていた。だが最近になって〝いい思い出に塗り替えよう〟という謎の活動を始めており、久しぶりに小平へ行ってみることにしたのだ。
小平霊園は公園と一緒になっているところで、見晴らしはいいがかなり広大だ。そういえば、件の彼女とここへやってきた時も、あまりの広さに迷子になった。日が落ちて、辺りは怪しく宵闇に包まれていった。そして周りは墓場、二人で怯えながら何とか脱出できたのが懐かしい。
そもそも私は、グーグルマップのストリートビュー内でも迷子になるくらい方向音痴なので、これ以上進めばまた迷子になることは確実。霊園の入口が見えるくらいで早々に脱出、今の私が目指すはそう、酒場である。
余談だが、小平駅の南口を出て数秒で、今度は東村山市に入ることが出来るという、これまたややこしい。
怪しく宵闇に浮かぶのは墓場……いや酒場、『鳥勝 小平北口店』である。真っ赤なテントには大きく〝鳥勝〟とマスコットキャラが描かれ、外に張り出した焼き場の前には外野席もある。
オフホワイトの暖簾も、擦れ具合もちょうどいい。模範的な酒場外観に見惚れつつ、急く気持ちを抑えながら引き戸を引く。
「いらっしゃいませ~」
中もGOOD、GOOD、GOOOOD!! 広めの店内は左にカウンター、右に小上がり、そして真ん中には10人は座れそうなテーブルがズドンと鎮座している。
そして民芸風、いいですねぇ。この暖かい光に包まれながら飲るのが大好きだ。この光を全部浴びられるカウンターの端に座ろう。
「何飲まれますか?」
「ホッピーの白くださいっ」
店内には、厨房とお運びのマスターは二人。物腰の柔らかいお運びマスターから、直ちにホッピーを受け取る。水位は丁度グラス半分、ソトの追加三杯を目指そう。
グブンッ……ツインッ……ゴクンッ……、トリカァァァァツうんまいっ! ここが小平だろうが大平だろうが、相棒のこいつはいつもおいしい。さぁて、料理のメニューを見ましょうか……ん?
あら……私ったら、ひと飲みでもう酔っぱらったのかしら? 目の前にあるラミネートメニューには〝大サービス 鳥勝鍋 110円〟と書いてみえる。
やっぱり、110円……嘘でしょ? だって、自販機のジュースより安いってことだぞ?〝原寸大〟と書かれた写真を今一度確認すると、かなり豪華だが……いや、これは頼んで確認するしかない。
「先にコンロ置きますね」
早速マスターが持ってきたコンロは、小型ではなくしっかり一般サイズだ。110円の鍋にしては大き過ぎるような……
「では、鍋に火を点けますね」
続けて持ってきた鍋を乗せてカチンと火を点けたが、少なくとも二人前のサイズだ。蓋を開けて量を確認してみたいが、ここは大人しく待とう。その間に、別の料理がやってきた。
うっひょう、大好物の『赤エビ刺』だ。甘エビも好きなのだが、やっぱりエビといったらコイツだ。とにかく、安くて食い応えが最高である。そして食い方はこうだ。
頭を持って尻尾を千切り、そのまま尻尾の方からしゃぶる様にして食べる。頭の方まで来てもしゃぶるのを止めず、そのまま頭の中にある〝ミソ〟をズルズボと吸引する。これがマジでウマい。下手すれば……いや、きっとマグロのトロより好きだ。
おっと、鍋の具合はと……
うん、もう少しかな。そうしてると、また別の料理がやってくる。
こりゃまた、しっかり内臓を魅せつけてくる『メンチカツ』じゃありませんか。こんがり君の衣から、香ばしい匂いがたまりません。
何も付けずに「ザクッ」とひと口……うまい! いい意味で粗く挽かれた挽肉と、いい意味で粗くカットされた玉ねぎのゴロゴロとしたミクスチャー。性格になると嫌だが、挽肉と玉ねぎは粗い方がいい。
ジュワァァァァッ!
おっとっとっとっとい! メンチカツに気を取られて鍋を噴きこぼしてしまった。慌てて火を弱めて、いよいよ蓋を取ることに。どれどれ……
うおぉぉぉぉぉぉっ! 嘘だろ……これがマジで110円鍋のビジュアルかよ!? まず目に飛び込んでくるのが、たっぷりの鶏肉と豆腐。続いて白菜にエノキ、水菜とデカめに切ったネギ。ダメ押しが真ん中のハート型の人参。ちょっとちょっとぉ、ラミネートの写真と同じ……いや、それ以上の迫力じゃないですか!
鶏肉はムチムチと食い応え抜群で、しっかりジュースィ。丁度良く染みたプリン豆腐、シャクシャク、アチアチのたっぷり野菜もグッドすぎる。こんなにおいしいのは、スープがしっかりしているからだろうな。
因みに『湯豆腐』がタラ入りで550円とのこと。それを考えたら、とんでもないバグ価格だ。まぁ、採算度外視のサービス品であることは間違いないのだが、それにしたってこれじゃあ鍋専門の店の面目丸つぶれだ。
一本130円、こちらも十分に安い『ネギマ、カワ、レバ、カシラ』が焼きあがった。焼鳥とやきとんのハーフで、タレのチャパチャパ感が何ともオイチそう。甘じょっぱい匂いに堪らず串を抜く。
焼鳥はやはりネギマの安定感、カワもしっかりタレが染みてウマい。やきとんだって負けてはない。まるで〝もぎたて〟のようなレバの新鮮な食感、ああ……こういう肉汁たっぷりのカシラが好きなんだよな。
店名から察するに、串系は間違いないとは思っていたが、本当に間違いなかった。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました」
「ちょっと早かったかな。後で三人来るから」
地元の方だろう、小平ダンディがひとり入ってきた。小上がりに腰を下ろして、ツレが来るまで瓶ビールで〝0次会〟のようだ。
「ここって、確か二階もあるよね?」
「ありますよ。40席くらいですかね」
客は私と小平ダンディの二人だけ。手の空いたマスターは、そのまま小平ダンディとしばしの談笑。というか、ここって二階席もあるの……? 行ってみてぇ、飲ってみてぇ!
新型コロナの間はかなり暇になってしまったらしく、スタッフも別店舗に行ってしまったらしい。
「でも、だいぶお客さんも戻ってきてくれましたよ」
鍋の音に紛れて盗み聴き、心がニンマリとした。というか、ここって別店舗もあるの……? 行ってみてぇ、飲ってみてぇ!
そうこうしていると、ツレの小平ダンディたちがやってきた。さて、私はいいアンバイで帰るとしよう。
なんと言っても、110円鍋は衝撃だった。ただ、二十年前の金の無い、霊園で迷子になった若いカップルに教えてあげられないのが悔やまれる。
〝おーい、霊園のすぐ近くで110円鍋デートできるぞー〟
現在は名酒場に迷子。脱出できる気配はない。
鳥勝 小平北口店(とりかつ こだいらきたぐちてん)
住所: | 東京都小平市美園町3-16-26 |
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TEL: | 042-343-7775 |
営業時間: | 16:30~23:30 |
定休日: | 第1・3木曜日 |