汐入「一福」まったく『ツレ』ない!?老舗食堂で大物釣り!
──5月某日。
私の趣味である『魚釣り』のシーズンが到来した。
専ら、陸から竿を出してのんびりと糸を垂らす釣りが好きな私は、これから秋まで横須賀にある海釣り公園を利用する。
2017年の初釣り。
友人と二人、朝から気合を入れて公園へと向かったのだ。
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3時間程経った頃、私たちは同じく横須賀にある『汐入駅』に移動していた。
“まてよ、釣った魚の画像くらいみせろよ”
そんな事を思う読者もいるであろうが、それは無理である。
何故なら『ボウズ(釣果ゼロ)』だからだ。
いや、あの日の海釣り公園の海には、たまたま魚が一匹もいなかっただけなのだ。だから”腕が悪い”などということではないことをご理解頂きたい。
そんな釣れない釣りの話しは忘れ、この『汐入駅』に来た理由はある”老舗食堂”に行くためだった。
駅を出て数分、渋い暖簾が潮風で揺れるのが見えた。
『一福』
これだよこれ、この店構え。
釣りでは魚に裏切られたはしたが、この食堂は予想を裏切らない……いや、それ以上の貫禄で私を迎えてくれた。
きっと港町の食堂らしく、威勢のいい「らっしゃいっ!」などの掛け声が聞こえるに違いないと思いつつ、”暖簾引き“を済ませ引き戸を開けた。
広渋いっ!!
左手に小さなカウンターが数席、右手には四人掛けのテーブル席が、だいぶ奥にある厨房までいくつも並んでいる。
“こりゃぁすげぇ!”
と、心で叫んでいると、店主らしき男性が私たちの方を見ていた。
「あの、2名なんですけどいいですか?」
「……」
あれ?聞こえなかったのだろうか?
もう一度聞いてみる。
「席どこでもいいですか?」
「……」
そのまま店主は何か作業をしに奥の厨房へ行ってしまった。
(あっ!”ツンデレ”の方だったんかいっ!?)
そうなると私の方もその”モード”で対応するしかない。
大衆酒場の”ツンデレ”は慣れたもの、サッと奥の空いているテーブル席へとまずは座った。
“喉のそうじ“をするべく、あえて元気に大きな声で店主を呼ぶ。ツンデレにはまずは礼儀正しく、しっかりと自分の存在をアピールする必要があるのだ。
「すみませんっ!瓶ビールをお願いしますっ!」
「……はい」
聞こえたのか聞こえなかったのかよく分からないが、何となく受け入れてくれたようだ。
暫くすると瓶ビールとお通しを持ってきた店主。
「ありがとうございますっ!あと料理も頼んでいいですかっ!?」
「……はい」
またも何となく返事をしてもらい、いくつかの料理を注文した。
絶対に”デレ”をみつけて……いや、”絶対にデレを釣り上げてやる”やる!と、私の中で静かに『ツンデレハンター』の炎が上がるのだった。
『麻婆豆腐』
うっ!辛い!……でも何故かレンゲが進む。
辛いのが苦手な私でも食べれるという、ある意味丁度良い辛さ。『鶏ガラ』がベースになっているのだろうか、普通の麻婆豆腐とは少し違った味わいがあり、私は結構気に入った。
『ハムエッグ』
私の好きな”黄身が硬い”タイプ。そういえば酒場ナビメンバーのイカが『ハムエッグ選手権』という企画を始めていた。それを企画した理由をイカに聞くと「”エッグ”ってワード、かわええやん」との事だった。
『焼き餃子』
小ぶりで焼き目が強めだが、野菜ベースで手作り感が美味しさを倍増させる。丁度、私のおばあちゃんが昔作ってくれたものにそっくりだ。だが、痴呆が進行しつつある今のおばあちゃんには、もはやこの味は出せないのだろうなと哀愁に浸る。
奥の広めの調理場では、それこそ自分のおばあちゃんと同じ年齢くらいであろう夫婦が腰を曲げながら調理をしている。
店主はというと、入り口近くの小さなカウンターに座り、馴染みの客らしき人物と談笑している。
(きっとどこかに”デレ”はあるはず──)
私はそう思うと、何とかして店主の”デレ”を探ろうと酒の追加を直接店主にアタックしてはみるものの、
「……はい」
相変わらず新参者の私たちには無表情で酒を持ってきては、所定のカウンター席へと戻るを繰り返すのみであった。
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本気で”デレ”が出てこない──。
とんでもない”大物”を目の前に、今回ばかりは負けを認めるしかないのか……。
そんな『ツンデレハンター』としての葛藤を抱いていると、私の目の前にあるテレビから、突如、華やいだニュースが流れてきた。
“皇室のご婚約発表”
日本国民の誰もが驚き、祝福をしたであろう、テレビから流れて来るお祝いムードに、私たちも暫し釘付けとなった。
ふと気が付くと、テレビの前で同じくその発表を食い入る様に見つめる人物がいた。
店主である。
それは、さっきまでの無表情とは程遠く、まさに”微笑む”という言葉に相応しい表情であった。
もしや、これは……!
ある意味、今までで見てきたツンデレの中で、一番素敵な”デレ”をみたのかもしれない。
おめでたい雰囲気に包まれたこの酒場と、微笑を浮かべる”大物”を豪快に釣り上げるべく、最後にもう一杯酒を頼んでみた。
「すみませんっ!ビールをくださいっ!」
「……はい」
この日2回目の”ボウズ”であった。
一福(いちふく)
住所: | 神奈川県横須賀市本町3-12 |
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TEL: | 046-822-3881 |
営業時間: | 11:30~23:00 |
定休日: | 日曜日 |