【妄想酒場】赤羽「まるます家」俺の妹がこんなに酒呑みのわけがない《前編》
私個人で企画している《バーチャルデート》や《妄想酒場》は、書いていて特に楽しい。
出演してくれる女の子に『こんな格好で来て』や『こういう食べ方をして』などの注文を言い、好きな酒場で一緒に呑んではアレコレ想像するという……完全な異常者であることに否定はしないが、止める気もまた一切ないのだ。
今回は『兄妹』を題材にした妄想酒場。
私の好きなアニメからイメージして書いてみたのだが、もちろんストーリー自体は〝フィクション〟なので、あしからず……。
「お兄ちゃんデートしよっ!!」
「ばっ……!?──デートっておまっ、」
冬のある休日、そこそこ年頃の俺の妹が、唐突にして、それは悪戯な表情で言った。
未だに『赤羽』の実家から出て行く気配がない兄妹を、それはそれは両親も疎ましく……いや、心配していることであろう。
アルバイトでアラサーの兄(俺)と自称・家事手伝いの見事に出遅れた妹、そんな兄妹など今日日の一般家庭でなんら珍しくもない。
だいぶ肌寒い家の居間の前で、俺は嘆息して妹に言った。
「つーかお前、彼氏と行けよ」
「はぁ!? 彼氏ぃ!? そんなヤツいないっつーの!!」
「……あ、そう」
どうやら、数ヶ月おきに訪れる恒例行事の《彼氏とのお別れ(仮)》が始まったようだ。このシーズンに入ると、やたらめったら俺に絡んでくるのだ……まあ、これだってどこの家の兄妹もごく普通な──
「そうだっ!! 久しぶりに昼呑みデートってどお!?」
「だーっ!! おま、ちょと待て!!」
〝ブラコン〟である。
俺の妹は、ごく普通の一般家庭の兄妹にはない明らかなブラザーコンプレックスなのだ。しかも、大の〝酒好き〟まで付いていやがる。
フードの付いた薄いピンクのモフモフパジャマを着た妹は、俺の腕にギュっと掴みかかり、モフモフパジャマの柔らかさなのか、他の……柔らかさなのかは分からないが、とにかく色々と密着させてくるのだ──両親のいる居間の前で。
「ちっ……わーったよ、昼呑みなら地元の……赤羽の駅前でいいだろ」
「おぉっ! いいですねぇ~ワタクシ、用意して参りますっ!!」
シャっと右手を上げ敬礼をすると、自分の部屋にすっ飛んで行く妹。やれやれ……と、居間に入り時計を見るとまだ午後一時。
……これは長い一日になりそうだと確信した。
****
「うーっし!! 呑むよぉお兄ーちゃんっ!!」
いくら地元の駅で呑むだけだからといって、モフモフパジャマとなんら変わらない格好で家を出ようとした妹を制止し、年相応の『お姉さん』の格好に着替え直させてやっと駅前に着いたのだった。
それはさておき、とりあえずは赤羽で昼呑み酒場の定番である『あの店』へと向かった。
『立ち飲みいこい本店』
ご存知、赤羽呑兵衛たちの酒交場であるここは、昼呑み酒場の代名詞といっても過言ではない。
「赤星! 赤星くっださーいっ!!」
「ちょ……お前なぁ、当たり前に赤星赤星って叫ぶなよ……」
「なんでぇ? 瓶ビールは赤星に限るっしょ~」
まぁ、休日の昼間っから自分の妹と2人で立ち飲み屋へ呑みに行くってのもどうかとは思うけれど、朝の11時から営業しているこの店に、もはやこいつと何度来たかなど憶えていないことも事実である。
「はい煮込みでーす」
「っく~!! やーっぱここの『煮込み』っておいしっ!!」
……って、〔キャッシュオン〕であるこの店で、さりげなくお札と小銭を置いているその感じ……本当に常連のおっさんみたいだぞ、お前。
「きゃーお兄ちゃんっ!! ハムカツだよっ!!」
「んー、よかったな──」
「♪ふんふ~ん」
「あっ!! このバカッ、ソースかけ過ぎだっつーの!!」
「え? そう? いいじゃんいいじゃん別に~」
こいつの『濃い味好き』だって酒呑みのおっさんとなんら変わらない。酒好きで塩分過多……俺より先に高血圧で死んじまうんじゃないだろうか。
「♪メイチカツにも~ふんふ~ん」
「だぁ──っから、お前ソースかけ過ぎ──」
「だぁーいじょぶだって~お兄ちゃんは──」
……こんな感じで、妹の言う《デート》が始まったのだ。
「げぇー、口ん中ソースの味しかしねえ……」
「次はどこいこっかぁ……ねっ!?」
「だゎっ!? こら、外では腕にひっつくんじゃねぇ!!」
「あれまっ!! 照れちゃってさ~♪」
そう言って、おもちゃ売り場に向かう子供の様に俺のジャンパーの袖を引っ張る妹に急かされ、赤羽酒場のメインストリートに着いたのだ。
「……おっと、今日はそんなに並んでねーな」
「ほんとだ! いつもすっごい並んでるのにね!」
「時間もあるし、ちょっと並んでみるか」
「よぉしっ」
『まるます家』
言わずと知れた赤羽を代表する名酒亭であり、休日ともなれば長蛇の列ができる。
だが今日は運よく、さほど待たずに入れそうだったので並んでみるものの、ふと、妹と肩を並べてこれから始まる〔イベント的なもの〕を待っているというこの時間が……本当のデートのようにも思えてくる。
「あっ!! お兄ちゃん、次ウチらかな!?」
「ちょ、顔近っ!!……あー、そうかもな」
「やたっ♪」
とにかくこいつの……その、俺に対しての〝距離感覚〟は何とかならないものか……いくらなんでも、近過ぎる。
これが『妹』じゃなかったら……
〝じゃなかったら〟……なんだっていうんだ?
「次の方どうぞ~」
十数分ほどで中へ入ることが出来た。こりゃ本当にラッキーだった。
しかしまぁ、相変わらずなんて渋い店なんだ。
そんな客でぎゅうぎゅうのカウンター席の一角に、2人で並んで座った。
「はいはいお兄様、またまた一杯やっちゃってくださいよ~」
「なんだそれ……お前もほれ、乾杯」
「カ~ン~パイっ」
赤羽という酒場の激戦区で、永い間行列を作ることのできる理由、それはここの〝料理のウマさ〟にもある。
『あんきも』
「たっは~!! ンまいネっ!!」
これは妹じゃなくても〝たっは~!!〟である。箸で摘むと若干の重みを感じ、口に入れた直後はデカい『旨バター』でも入ってきたような食感と、舌で感じるトロットロの濃厚な味が俺の〔舌メモリ〕にしっかりと書き込まれる。
『鯉のあらい』
「ふぇっ!? 鯉って、食べれるの……?」
初めてだという鯉のあらいを、怪訝そうな表情で見つめる妹を見て、兄妹の〔兄〕としては当然に揶揄したくなるもの。
「ほれほれ」
「ち、ちょっとぉ……別に食べれるし……」
まるで小学生の男子が、好きな同級生の女子に〝ちょっかい〟を出すかの様に、俺は自分の箸で摘んだ鯉のあらいを執拗に食べさせようとした。
──はぐっ!!
「げっ!? このバカッ!! 箸ごと噛み付くんじゃねぇよっ!!」
妹の口から箸を引っ張り出すと、所謂『ジト目』で俺を睨んだままモグモグと鯉のあらいを食べたが、ピタッと体が固まったかと思うとその表情は一変し……
「あ……」
「お……なんだよ?」
「ちょ──ンまいんですけどっ!!」
と、さっきまでの躊躇いが嘘だったかのように、今度は自分で鯉のあらいを食べ出したのだった。
こいつのこの単純なガキっぽさは、
何ていうか……
だ──から! 煮込みに七味入れすぎだっつの!!
も──お兄ちゃんは子供かっつーの──
すごいっ!! すっぽん鍋だ!! コラーゲンだ!!
ばっか、汁が垂れて……熱っツ──っ!!
あははっ
──可愛いのだ。
兄の俺が言うのもアレだが、傍から見れば普通にデートをしているカップルであり、必然的に『付き合っている男女』にみえるのは間違いない。
兄妹仲は特に普通……と言えば正直、嘘になるが、俺たちは物心ついたころからずっとこんなだった……
そう、
こんなだったんだが──
〝ブルルルルルッ──ルルルルッ……〟
「ん、スマホ鳴ってんぞ」
「どれどれ……あっ……うん……」
一瞬、
それまで笑顔だった妹の表情が曇ったようにみえた……いや、曇っているどころか、今にも雨が降り出しそうな予感。
「……うーん」
きっと、彼氏からのLINEでも届いたのだろう、じっとスマホを見ながら何度も人差し指で画面を上下させている。俺は焼酎濃い目の酎ハイを啜りながら見て見ないフリをして言った。
「何? どうした?」
「……うん、なんかね……彼氏が、」
「彼氏が?」
「……今から会えないか……て」
「ふーん……じゃあ俺はこれ飲んで帰──」
「でね、お兄ちゃん」
妹は笑って言った。
いや、妹が笑っている時は目がアーチ型に細くなるのだが、今の妹の目はどこか不安気で、口だけが笑っているような……そんな笑いだった。
こんな笑いの時は、決まって深刻な時だけだ。
「……なんだよ」
「いやぁ、実はさ……今度こそ、本当に彼氏とダメかもしんないんだよね」
「おぉ……うん……そうか」
「で、でね、今から……い、一緒に彼氏と会ってくれないかな……?」
「ぶっ!?……え、俺もって事……?」
「……う、うん……すごく、怖くって」
なんともややこしい話になってしまった。
要するに、妹は彼氏との最大のピンチをどうしても1人で乗り切る自信がないらしく、〝ただ横に座ってくれるだけでよい〟という条件でその〝微妙な空気〟が確約される現場に付いてきて欲しいと言うのだ。
「はぁ……」
「……やっぱ……ダメ、かな?」
それにしてもだ──、
もはやこれはブラコンの域を超えているようにも思える……まあ、一般の兄妹であれば「はぁ!? ざっけんなよ、てめぇで行って来い!!」となるのが普通であろうが、
俺はその〔普通〕ってヤツとは違った。
「……しゃーねーか、マジで横にいるだけだからな」
「ほんとに!? あぁ──よかったぁ!!」
安堵の表情で彼氏にLINEを返す妹。
……って、OKはしてみたものの、彼氏の方は嫌がるんじゃ……と思ったが、スマホを打つ妹の表情を見る限り、彼氏もOKしたのだろう。
──で、
俺の〔普通〕と違う理由を、まだ言っていなかったか。
俺は、
妹のことが好きなのだ。
後半へ続く
まるます家(まるますや)
住所: | 東京都北区赤羽1-17-7 |
---|---|
TEL: | 03-3901-1405 |
営業時間: | 平日 10:00~21:30 土・日・祝 9:00~21:30 |
定休日: | 月曜日 |