大曽根「佐野屋」華麗にしてカレーな酒場カップル成立術
『愛知県』……?
『名古屋』……?
秋田に住んでいた頃も含め、生まれてから約40年間、『名古屋』という土地と全く関係することがなかった……いや、関係する〝機会〟がなかったのだ。
それまで名古屋で思いつくことと言えば、『名古屋城』や『エビフライ』、『きしめん』くらいなもので……
〝まあ、生きてるうちには行くでしょ〟
その程度でしか思っていなかったのだが……
『酒場ナビ』を始めたことで、まさか〝名古屋への想い〟がこんなに高まるとは思ってもいなかった。
〝名古屋の酒場に行きたい……!!〟
去年くらいから、こんな想いが募っていた頃、最近になって酒場ナビメンバーのイカが、
という記事を、突然公開したのだ。
〝あの抜けがけ関西人野郎め!!〟
と、すぐさまLINE電話をして怒鳴り訊いてみると、
「ワシャ、名古屋の酒場に行きたかってんみゃあ」
と、完全な〝インチキ名古屋弁〟で、いっちょ前にその旨を語りだしたのだった。
「俺だって名古屋に行きたいだがやっ!!」
と、いつか訪れたときの為に練習していた流暢な名古屋弁で、私がどれだけ名古屋へ行きたかったという想いを吐露すると、イカは再び私との名古屋行きを承諾したのだった。
****
──それから一ヵ月後。
「キタ────っ!!」
私の目の前には『名古屋駅』が現れていた。
〝JRの文字がオレンジ色だ!〟
〝どこの道路も広すぎる!!〟
〝エビフリャ──ッ!!〟
生まれて初めて踏み入れた名古屋の地、見るものすべてが目新しく、その独特な街の形成に40歳を手前にして尚も驚くことばかりだ。名古屋にあるものすべてが〝初めて〟であり──
「見てみ味論! あれがツインタワーやでっ!」
「うわっ! かっくい──!!」
「見てみ味論! あれが名古屋城やでっ!!」
「ほよよ~~っ! 三大名城はさすがに立派だなぁ~」
前述の通り〝名古屋先輩〟であるイカが、名古屋の要所を案内してくれるので頼もしい限りであった。
少しの間、名古屋市観光をすると、いよいよ〝名古屋の酒場〟へと向かうのだ。
『大曽根』
ずっと〝おおそね〟と呼んでいたが、実際は〝おおぞね〟と読むことを駅に来て初めて知った。
おお、そうねと、そこから歩いてすぐにお目当ての酒場が見えてきた。
『佐野屋』
初名古屋の初酒場は、迷うことなく『角打ち』である。
やはり、はじめて行く町での角打ちには、その土地の先輩諸氏がどっぷりと〝癒着〟しているため、色々な情報を得るのに欠かせないのだ。
さっそく《暖簾引き》をしようとしたが、残念ながら暖簾はなく、代わりに『杉玉』があったので杉玉に敬礼をして中へと入った。
酒棚群を抜けると、奥には広々とした立ち飲みスペースが広がり、午前中にも関わらず先輩グループ数名が既に呑み食らっていた。
「あ! 名古屋にもホッピーあるんや!」
ホッピーの西側分布は、静岡県くらいまでだろう予想していたが、東京下町の安酒は意外にもここ名古屋まで浸透していたのだ。
なにか嬉しくなった私とイカは、迷いもせずホッピーを注文して《酒ゴング》を鳴らした。
『ねぎ入りあぶら揚げ焼』
〝パリッ〟と音を立てる揚げパンツァーの中には、うわさ通りネギが入っており、あぶらの香ばしさとネギのシャキリ歯ざわり感、そして〝ねっとり〟した風味が何しろウマい。
『どて煮』
続けて、伝家の宝刀のお出ましだ。
まるでチョコレートの様な色合いをした『八丁味噌』が、とてつもない〝主張〟をする独特な風貌。そんな〝主っ張味噌〟に煮込まれたモツ肉は、しっかりと味噌の味を受け継いだまま、これでもかという程やわらかく舌に染み入った。
「あ! こんなんはどうや!?」
イカが突然叫びだすと、
「これを……」
「こうして……」
「ウマ過ぎだがねやないかいっ!!」
先ほどの『ねぎ入りあぶら揚げ焼』を箸でつまみ、この『どて煮』へと潜らせ食べ始めたのだ。
試してみると、焼いたあぶら揚げの食感に濃厚な味噌とのベストカップルな味わい──この男がいつも何気なくする〝つまみのカップル成立術〟の華麗さには、毎回驚かされるのだ。
そんなことをしていると、にわかに店も賑わい始めてきた。
「……あの先輩、いい立ち飲み背中やなぁ」
すっかり『どて煮』色の顔をしたイカが、およそ70歳代くらいであろう、ひとりで立ち飲んでいた先輩を見てつぶやいた。
それだけならいいのだが……
「ちょっと、話かけて名古屋のこと聞いてみいひん?」
なんと、《酒場ナンパ》をしたいと言い出したのだ。
だが、あえて酒場の店員ではなく、我々と同じ目線である〝客〟に目をつけるあたりは、さすがの《サカバー》的発想である。
そんな事を話していると、ちょうど先輩の隣にいた客が帰ったので、いよいよチャンスが来たのだ。
私たちは、その空いた席に移動をして先輩との距離を狭めた。
「手ぶらで話かけるのもアレやし、何か買うてくるわ」
今でこそ全くやらなくなったが、10年前まではこの男に連れられて〝本当のナンパ〟へよく行ったものだが、その時に培った〝行動力〟だったり〝度胸〟が、まさかこんなところに引き継がれるとは思いもしなかった。
「買うてきたで」
「えっ?」
『バターチキンカレー』
「……あの先輩がこんなの食べるかな?」
「あほ! カレーは老若男女、大好きに決まってるやろだがや!」
得意の〝インチキ名古屋弁〟で怒鳴るイカ。
まぁ、〝つまみのカップル成立術〟に長けているこの男が言うなら間違いはないのだろうが……
果たして──
「あのー先輩すんまへん、よかったコレ食べまへんか?」
「えっ!? あ、オレに?」
遂にイカが動き出した。
先輩は突然で驚いたようだったが、〝掴み〟の雰囲気は悪くな……
「いや、いらない」
即座に断られたのだ。
……この光景、〝本当のナンパ〟の時も幾度となく見た。そういえば、花束を持っていってその場で捨てられたこともあった。
そんな〝フラれ慣れ〟をしているイカは、その後もなんとかカレーの缶詰をもらってもらおうと試みたが……結局、〝カップル不成立〟で終ったのだ。
「なんでや……なんでだがやぁ……」
フラれたショックで泣いていると、徐にカレー缶詰へ『どで煮』を入れるイカ。
気でも狂ったのかと思いきや、
これがまた……
ンま──いッ!!
カレーに味噌の〝深み〟が加わり、抜群のハーモニーを生み出している傑作だ。きっと新しい料理とは、このようにして生み出されていくのかと首肯するばかりである。
先輩とはカップルになれなかったが、やはりこの男の〝つまみのカップル成立術〟だけは間違いない。
それにはきっと、『涙』という〝トッピング〟も混ざっていたのかもしれないが……。
そんなもんだで、
40年目の『名古屋』は、ここから始まるんだがや。
佐野屋(さのや)
住所: | 愛知県名古屋市北区大曽根3-13-13 |
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TEL: | 052-991-8175 |
営業時間: | [平日] 10:00~21:00 [土・祝]10:00~19:00[日] 12:00~18:00 |
定休日: | 不定休 |