江古田「お志ど里」古い酒場の中に、隠れて《想い出》がいっぱい
先日、江古田にある『てんほう(移転)』の記事を書いたのだが、実は江古田でもう一軒だけ他の酒場に行っていた。
『江古田駅』
電車に乗ること40分。
駅を降りて〝初めて来る街〟……と思っていたのだが、
ふと、
20年ほど前のことを思い出していた──。
〝ビジュアル系バンドのギター〟
を、私はやっていたのだ。
地元である秋田の農業高校在学中からバンド活動を始め、上京後に初めて東京でライブを行ったのがこの『クラブドロシー』というライブハウスだった。
20年ぶりに見る懐かしき名前……
そうそう、入り口は地下への階段があってこんな感じだったか……
──東京初ライブ当日。
遂に自分たちの出番になり……バッと勢いよくステージへ出てみると、
客が〝2人〟……
しかも、その2人のうち1人はメンバーの彼女だったという……思い出しては当時の果敢無さが混ざった嘆息が出るというものだ。
『このまま駅に戻って帰ってやろうかしらねっ!!』と思ったものの、その〔悲劇〕以来、この江古田ではライブ出演をしていないという悔恨の情を上書きするべく、大人になった今の私は《もうひとつのライブハウス》を目指して階段を昇り出すのだ。
『お志ど里』
ここだ……
ここだろう……
今の私が求める酒場ってヤツは……!!
と、格好良く言うものの……なんてことはない、ただ売れなかったバンドマンが、ただオッサンになり、ただ飲み屋に行くだけのこと。
まあ、あの時のライブの『一人打ち上げ』でもしてやればいい、という理由を付けて……そっとライブハウスの暖簾を押した。
広いっ!!
出るのが夢だったライブハウス《リキッドルーム》くらいはあるだろうか……
すぐには数えられそうにはない観客席……いや、テーブル席、小上がりの数、まだ明るい時間帯というのもあって空席の多さがよりその広さを強調させる。
「コチラドゾー」
おそらくインド系の若い男性店員が、レジの目の前にあるテーブル席へと案内してくれた。
おそらく店の主と思われる人物がレジに座っているのだが、その年季の入った渋い〔酒場コックピット〕で、かいがいしく会計を捌いていく姿は、今や〝なりたい職業No1〟とも噂の〔酒場パイロット〕のそれだ。
因みに、この店主は『愛川欽也』にそっくりの愛らしい顔立ちであった。
「生ステビール、チョダイー」
「チョト、マテテクダサイー」
先ほどのオシドリアン航空の次期エース店員に、得意のヒンディー語で『生ビール』の離陸許可を出して待つこと数十秒。
『生ビール』
ぶっとび~っ!!
ちょっと足と羽を伸ばした酒場で飲むビールのウマいこと。愛川欽也に……いや、キンキンに冷えた口縁に唇をあて、クックッと音を鳴らし喉に通す快感は、先40年間は変わらないはずだ。
おまっとさんでした、続いて料理はどれにしようか……と、すぐ目に飛び込んで来たのは『白子ポン酢』であった。
そういえば……
前に三鷹の『婆娑羅』へ行った時、大好物のコイツを開店直後に注文したのに、なぜか売切れで食べられなかったことがあったな……その時の悔やみ……なんだか初ライブでの苦い《想い出》をまた思い返してしまった……。
『白子ポン酢』(490円)
ブリュンヒルデ!と音を鳴らしながら口の中で弾ける食感。租借するとトロリと甘い味わいに口溢れ、そのあまりのクリーミーさは、それが〝白い液体〟であると『口内』が自然と判断できてしまう程で、女性なら特にかもしれない。そこにポン酢のアクセントが得も言われぬコントラスト味を愉しませてくれるのだ。
「あ! 銀杏ください!」
無意識のうちに好物の『銀杏』を注文したのだが……そういえば、これも昨年の2017年にメンバーのイカと行った大阪の『酒場透泉』の女将に、〝銀杏には男の子と女の子がある〟と教えてもらったものの、一緒にいたイカだけがその珍しいとされる〔女の子銀杏〕を見つけることができたのだが、私だけ〔女の子銀杏〕を見つけられなかったという腹立たしい《想い出》がある。
『銀杏』
出たな……
よし……今度こそ見つけてみるか。
『酒場透泉』の時も、〝女の子の銀杏を見つけて食べることができたら結婚できる〟という〔謎のルール〕があったのだが……もちろん今回もそれは適用である。
ん──……違う(パクッ)
ん──……これも違う(パクッ)
何度も銀杏の形とワレメを凝視し、違っては食べ、違っては食べを繰り返すこと十数個……
結局ねーじゃねーかバカッ!!
ただただ、指先を汚穢臭くしただけでそんな臭指男に女の子は寄ってくるはずもない。
……気分転換にと、この手の店では珍しいサザエのつぼ焼きを注文することにした。
『サザエのつぼ焼き』(600円)
グツグツ……
グツグツ……ジュオワァァアぁぁ
たまに温泉宿でなんかで出されるタイプと同じで、水色の固形燃料からユラユラと炎が網から抜け、それに合わせてサザエの蓋の隙間からは泡汁がグツグツと音を立てるのだ。
『も~い~かなぁ?……いやいやまだかなぁ? デュフフッ』……などと途方もなく気持ち悪いひとり芝居をやった後、サザエの蓋を開けると……
パァァァァっと素晴らしい〔磯醤油〕の香りが鼻腔をくすぐった。
さぁて、中身をほじくり返して──
ハムるッ!!
ンまいっ!!
さらに奥の〔ワタ〕もほじくり返して──
ワタるッ!!
ンま──
お……ちょっとまてよ。
汁の残ったサザエを見て、あることを思い出す。
そうえ言えば、イカと神戸の『赤ひげ』という立ち飲み屋に行ったとき、揚げ物を出汁に漬け込んで食べたとういう《想い出》があったな。それがとんでもなくウマく、以来あの男はいつでも内ポッケに出汁の入った小袋を持ち歩くという〔出汁狂い〕になった。
今日はずっとネガティブな《想い出》が多かったから、ここらであのウマかった『出汁漬け』のようないい《想い出》を作ることは出来ないだろうか……?
そうなると……
そうか!!
「すみません!! 日本酒ください!!」
『日本酒』
早速、届いた日本酒をサザエの汁穴へ大胆に注ぐ。
サザエの穴が出汁酒で一杯になったところで──
なんと、
白子をダイブさせ、そのまま──
しゃぶり喰らうっ!!
ンまいっ!!
さらに、サザエから出汁酒を──
しゃぶり飲むっ!!
ンま──
そこへ〝追い日本酒〟をすれば──
……筆舌に尽くし難いウマさで、すっかり過去の江古田での苦い《想い出》は、サザエ汁の〝ほろ苦さ〟と共に成仏したのだった。
これを繰り返すひとり酒は続いた──
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その後、
『無記憶ベロベロ状態』で帰宅していた私は、思わず昔を思い出し、当時のバンドで使っていたギターを引っ張り出して何かを弾いていたのだろう……
朝方、ギターを抱えたまま目覚めたのだ。
『記憶がない』……ってのも、
これでよい《想い出》のひとつになっているのかもしれない。
【閉店】お志ど里(おしどり)
住所: | 東京都練馬区栄町4-1 |
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TEL: | 03-3993-7133 |
営業時間: | 11:30~23:50 |
定休日: | 年中無休 |