大鳥居「多富美」梅干しサワー好きに《イチ押し》の大衆食堂
二年近く同じメンバーで酒場めぐりをしていると、
「あっ!! 俺もそこに行きたかった!!」
などと、思わず〝意気投合〟ならぬ『酒場投合』することがある。
そうなると話は早いもので、先日もメンバーのイカが〝今からここ行ってくるわー〟とLINEで送ってきた大衆食堂があり、私もその食堂をかれこれ一年以上前から行きたいと思っていたものの、住んでいる場所からは縁にも時間にも遠く、なかなか尻が上がらなかったので、これはいい機会と急遽『酒場同行』をすることしたのだ。
『大鳥居駅』
私もイカも、初めて訪れる駅なのだが……なんとも分かり安すぎるこの駅名。調べてはいないが、おそらく……いや、間違いなく駅の近くに大きな鳥居があるのだろう。
だが、駅を出てみれば巨大な神社があり、厳かな大鳥居が構えている……ということはなく、街並みは厳かどころか、《環状八号線》の騒がしい車がビュンビュンと走る音ばかりであった。
「……なんか、結構整備されたキレイな街並みだな」
「ほんまやな、ピッカピカの酒場やったらどないしよう」
『整備』されて『キレイ』な街と酒場でも大いに結構なのだが、これも二年近く渋い酒場ばかりをめぐっていると、我々の『街』と『酒場』との法則性など、一般よりマヒ状態なのだ。
そんなマヒ人間らが駅からすこし歩いていると、お目当ての食堂が見えてきた。
『多富美』
私とイカは、ずっと〝たふみ〟と読んでいたが、実は〝おふみ〟と読むのだと最近知った。
それはさておき、これまた淡黒の下地に純白の文字が生える見事な〝美暖簾〟が迎えてくれるのだ。老舗酒場のような渋みを醸し出しつつ、実は歴とした『大衆食堂』というのもまた粋だ。
私たちは鼻息荒く、美暖簾を頭に分けた。
「わぁぁあぁぁっ!! OHSや!!」
「ほんとだ!! でッけーOHSだ!!」
《OHS》……(O)おかずの(H)入った(S)ショーケースの略であり、アホらしいとは思うが、私たちにとってはこれを見かけると瞬時に叫べるほどに一般的な言葉である。
それは、子供がおもちゃ屋でお気に入りのおもちゃの入ったショーケースを食い入るように見るのと変わらず、私たちもその気になるOHSを横目に一旦、席へと座った。
「キリンの大瓶、グラス2つください!」
「はいちょっとお待ちくださいねぇ」
小柄で優しそうな女将に瓶ビールを注文する。
すると、女将は客席と厨房を仕切るステンレス製のカウンターに何かを書き始めた。
よく見ると、チョークでそのカウンターに注文品をチェックしていたのだ。たまに『木製カウンター』にチョークで注文品をチェックしているのは見るが、ステンレスの板に直接チェックするのは私もイカも見たことがなかった。
そんな、初めての《SCC》……ステンレス(S)チョーク(C)チェック(C)に、《酒ゴング》でスタートチェックのフラグを下ろす。
さて、いよいよ料理を選ぶのだが……
もちろんと言うべきか、店を入ってからの私たちはOHSをチラチラと気になって仕方がなかったのだ。
思わず、イカが叫んだ。
「すんまへん!! あのショーケースから料理取ってもいいでっか!?」
「あぁどうぞ、OHSからお取りください」
「えっ!?」
……などと女将が言うわけもなく、まずはイカが先陣を切りOHSに挑んだ。
『オムレツ』
さすがは『ミスター大衆食堂』のイカ、これぞ〝食堂呑み〟の定番メニューをブチ選んできやがる。
少し硬めに仕上がったオムレツには、申し訳程度にケチャップが乗っているのだが……これまた申し訳程度に添えられたマカロニサラダやカマボコを箸で突いているうちに、お互いが混ざり合い、結果的に酒の肴として見事に〝育つ〟のである。
根が『貧乏性』というのもあるが、この〝こねくり回した〟ものをチビチビ摘まみながら酒を飲むのはまた『食堂呑み』の醍醐味であるのだ。
『アジの開き』
続けて私がOHSから選んだのがアジの開きだ。〝良型〟の尺アジを文字通りパックリと観音開き、カリリと焦げ目を付けながら焼き上げた身は、食堂ならではの家庭的かつ素朴な味わいを愉しませてくれるのだ。
「あれ、何やろか!?」
色黒であるイカのアジの開きの焦げ目くらいに茶色い指がさした先には、《赤い物体》の入ったタッパーがあった。
近づいて中を見てみると『梅干し』のようだったが、やけに大きくて鮮やかな赤色が気になり、思わず女将に訊ねてみた。
「これって……梅干しですか?」
「ええ、梅干しサワーに使うんですよぉ」
『梅干しサワー』
ンま──いっ!!
まるで、何かに導かれるかの様に梅干しサワーを注文してみたのだが、この梅干しサワーは他のそれとは全く違った。
梅と言うより『スモモ』に近い実は、箸で少し摘まむだけでサラッとほぐれ、一瞬にしてグラス全体を赤色に染める。さらにその梅干しの味……イカも同意だったが、今まで食べてきた梅干しの中で〝一番〟ウマかったのだ。口に入れると、サッと舌にある『糸状乳頭』を刺激、浸透させ、その絶妙な塩加減には梅干しなのに深い〝旨味〟さえ感じるのだ。
もはや〝感動〟にも近い感覚に陥り、震えながら女将に訊ねる。
「す、すんまへん!! こ、この梅干しってなんですのん!?」
「え?……何って、普通の梅干しですけどぉ」
「ぼ、僕らこんなウマい梅干し初めて食べましたよ!!」
女将にこの感動を伝えると、奥から店の主人が出てきた。
「まぁ、一粒で50円くらいするからねぇ」
「g、ご……ごご50円!?」
ウマいはずである。
なんとこの梅干しは、卸価格で一粒50円もするという高級品だったのだ。そんな梅干しを、大衆食堂の梅干しサワーに文字通りサラッと使う心意気にもまた感動するのだ。
「その梅干しなら『大田市場』に売ってるよ」
店主が丁寧に教えてくれる。
『大田市場』とは東京の大田区にある〝日本最大面積〟を誇る巨大市場で、もちろん築地市場のように市場内で食事をすることもできるらしい。その中のお新香屋で売っている梅干しらしいのだが、市場の卸価格でその価格なら末端価格なら一体いくらになるのだろうか……。
〝大衆食堂だし、最初は昼の定食用に買ってきたのだろうか?〟
〝その梅干しが客に評判で梅干しサワー用にしたのだろうか……?〟
〝もしかすると、店用ではなくたまたま自宅用に買ってきた梅干しだったのだろうか……?〟
そもそも、この食堂の雰囲気そのものがが、これだけの梅干サワーとしてウマさを引き上げているのかもしれない──
……イカが店主と話しているのを見ながら、この梅干しサワーの成り立ちを想像させてしまうこの『梅干し』には、それこそ一粒50円以上の価値があるのだった。
「市場には酒だって飲める店もあるし、行ってみなよ」
「今度行ってみます!!」
たまたま、
調べて行ってみた酒場で、また新たな酒場に繋がる……
これだから『酒場』ってのは面白い。
そして、
初めての大鳥居に、来てよかった、にも繋がるのだ──。
そんな嬉しい気持ちのまま、店主から大田市場〝一推し〟の店などを聞きつつ、店を出る前にトイレを借りたのだが……
〝押してネ〟
……グッグッ、
「……あ、あれ?」
……誰だネ、
こんなイタズラ書きをする呑兵衛は。
【閉店】多富美(おふみ)
住所: | 東京都大田区西糀谷3-42-6 荒井ビル 1F |
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TEL: | 03-3741-7818 |
営業時間: | 11:00~14:00 17:00~21:00 |
定休日: | 日曜日・祝日 |