堺東「溝畑酒店」角打ちの聖地へ行く(大阪・堺)
『聖地』
本来、神仏ゆかりの地を指す言葉であるが、最近ではアニメや漫画の舞台となった場所を聖地と呼び、そこへ訪れることを『聖地巡礼』と言うことが多い。もちろん、その聖地の種類には酒場も含まれ、例えば創業100年以上を超える酒場や、何店舗もある酒場の本店へ訪れるという酒場の聖地巡礼は《サカバー》として欠かすことができない。
「ガシに角打ちの聖地がある、らしい」
やおら語ったのが、聖地というよりは性器のような顔の酒場ナビメンバーイカである。〝ガシ〟とは大阪府堺市の『堺東』の通称らしい。しかし、誰が言い出したのか分からない聖地など腐るほどある中、ましてや立ち飲み、角打ちの最高峰が集まるこの大阪で、聖地とまで言わしめるのには相当な理由があるはずだ。
〝角打ちの為に生きているといっても過言ではない〟
そんな我ら酒場ナビが、その聖地を確かめにいかない手はない。そしてその聖地は、先日行ったワンちゃんと美人の店『西口商店』からすぐにあった。
『溝畑酒店』
まるでその聖地への侵入を阻むかのように、店の入口は大量のビールケースで囲まれ、重厚感さえ漂っている。私の中の《酒場ジンクス》に〝店先がゴチャゴチャしているほど名店が多い〟というものがあるのだが、これはもはや店を守る装甲、パンツァーである。
その中央には、かつて存在した堺の老舗酒造『金露』と記された小豆色の暖簾が厳かに揺らぐ。こんな物々しい角打ちの店構えは初めてだ。私とイカは、胸で十字を切って暖簾を割った。
「いらっしゃ~い」
おぉ……
ふぁ……
うわぁぁぁぁ……!!
店の中へ入ると、その〝迫力〟に圧倒された。5、6坪の店内にはL字カウンターが左右にあり、その両側の壁は酒、食器、メニュー札、雑貨、本……とにかく、ありとあらゆるものが床から天井までびっしりと珍列されている。その様々な色模様が極彩色となり、それこそ聖地にある古い教会のステンドグラスのようだ。そんな内観に圧倒されつつ、私たちは〝おでん槽〟が目の前にある特別礼拝席へと立つことを許された。
独特の雰囲気。私たちは口をあんぐりと立ち尽くしていると、マリア様……いや、元アイドル『夢眠ねむ』のボブヘアを彷彿とさせる女将さんが登場した。
「何しますー」
まずは酒だ。あちこちの棚には売り物なのか、それとも飾っているだけなのか、よくわからない酒が並んでいるが、ここは角打ちらしく缶酒を注文するのだ。
『焼酎ハイボール』
渡されたロックグラスに焼酎ハイボールを注ぐ。安酒を相手に、ロックグラスには薩摩名酒〝田苑〟と書かれているところがまたいい。〝聖水〟と化した安酒を《酒ゴング》の鐘楼を鳴らし、ゴクリ。続けて食事の儀式をはじめる。
『アジフライ』
角打ちにも関わらず、料理のほとんどが奥の厨房で調理されており、フライ系も揚げたてが食べられるのはさすが聖地といったところ。カラリと揚がった小ぶり2匹とザク切りキャベツとレモンまで添えられているところがうれしい。さりげなく『アジシオ』が調味料としてあるので、それをパラリとかけ、サクリ──ウマい!!
「少しばかりのお慈悲を、いただけますでしょうか」
「ええよー」
ここで言うお慈悲とは『おでん出汁』のことで、《シュンデルマツモト》を教祖とする『シュンデル教』の狂信者であるイカは、揚げ物には必ず『おでん出汁』をかけ〝シュませる〟という戒律を決して冒さないのである。
しかし毎度のことながら、このシュンデルフライが実にウマい。特にこの店のように、揚げたての魚には甘い関西出汁が非常によく合う。私の『シュンデル教』入信も近い。
『刺身三点盛り』
手書きの短冊メニューに埋め尽くされる《OHS》の中にあったマグロ、タコ、赤貝の刺身3点盛りを選んだが、またこれが驚いた。とにかく、新鮮なのだ。稀に刺身を出す角打ちもあるが、そのほとんどが申し訳程度なのに対して、どのネタも市場から卸したてのように色艶やかだ。マグロのひんやりとした食感、タコのブリンブリンとした歯ごたえが堪らない。さらに、
赤貝など聖地には似つかわしくないディティールで、もはや〝女性そのもの〟にさえ見えてくるが、それこそある意味一番『神聖』なのかもしれない……。
何よりすばらしいのが、ここは缶詰をポンと出すかのような早さで料理が出されるところだ。安い、ウマいでも、角打ちの料理は遅く出てきては、角打ちとしての本来の意味をなさないのだ。
そしてまだ、
うーん、なんだろう……普通の角打ちと何かが違う気がするのだが……ほろ酔いで、耳を澄ませてみた。
奥の調理場からは、パチパチと揚げ物の音。
たまに、ひと言ふた言だけ聴こえるしわがれ関西弁。
目の前では『関東炊き』がコトコトと、静かにその出番を待っている──
迫力の外観、極彩色の店内、安くて早くてウマい料理……これだけで十分すばらしい角打ちなのだが、何かこう……独特の落ち着きが漂っている。どこも濁声が聞こえる大阪の酒場で、こんなに静かなのは初めてかもしれない。
そうか、残りのひとつはこの『居心地のよさ』なのだ。
他の日はもっと騒々しいのかもしれない、いや、きっと濁声が聞こえる騒々しい角打ちなのだろう。けれども、たまたまこうした時間に出くわしたのも、何か意味があるのだろう。
「おおきに、全部で540円」
「ミンチカツ、温まったで」
それら全てをまとめる、マスターとマリア様の2人。
角打ちの『聖地』……確かにここには、その必要なすべてが揃っていたのだ。
店を出るとイカが言う。
「ほんまに、角打ちの聖地やったなぁ」
ここは〝ガシ〟の聖地──。
続けて私も、ガシ……いや、大阪角打ちの聖地だと言い切った。
溝畑酒店(みぞはたさけてん)
住所: | 大阪府堺市堺区北瓦町2-1-2 |
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TEL: | 072-232-0196 |
営業時間: | 月~土 大体16:00~24:00 |
定休日: | 日曜日 |