西成「なべや」牡蠣と牛肉と嫉妬鍋
「おねえさん、記念に写真撮りましょうやー」
「嫌やん!かんにんして! ……こっちのカメラ見ればええか?」
『スーパー玉出』や『難波屋』を経て、西成の薄暗い商店街にひっそりと佇む『音楽喫茶ニュープリンス』で休憩していると、隣の席のお姉さまグループと意気投合。
何かで見たのだが、大阪という場所は古くから”商人の街”だった為、取引を円滑に進める術として必然的に”対人コミュニケーション能力”が高くなったらしいのだが、実際に訪れるとそれを身を以て感じる。
どこへ行っても2人以上集まると、ずーっと喋る。いや、1人で喋ってるおっさんも何人か見たな……。
「西成に前から行きたかった店あんねん」
イカの言う『なべや』という店は店名の通り”鍋”が有名でコスパもかなりいいらしい。
ただその分、人気もあるので14時の開店と同時を狙って店へ向かった。
『なべや』
午前中に訪れた特殊先輩公園を横切り、14時丁度に店の前まで来ると数名が店先で立っていた。その中の女の子にイカが聞く。
「並んでまんのん?」
「いや、今日は15時からやねんて」
「え!ホンマに!?」
14時開店のはずが、店先の張り紙一枚であっさりと1時間押しになっていたのだ。
“ずいぶん自由な店だなあ”と驚いたが、正直”14時になんか誰も鍋なんか食べに来ないだろう”と思っていたのに、まさか他にもライバル客がいるとは。
これは気合を入れて仕切り直し、時間を潰しにどこかへ行こうと振り返ると……。
世界有数の先進国・日本の都会に、”ガチ野良犬”がいるという、ここが『自由特区 西成』であったことを思い出すのであった。
そして1時間後──。
少し早めに来たのだが、既に行列が出来ていた。
午前中、すぐ横の三角公園で特殊先輩たちが”炊き出し”で並んでいるのを思い出し、少し複雑な気持ちになりつつも最後尾に付いた。
しばらく並んでいると店から女性店員が出てきた。
「順番に店内へ案内しまーす」
自分たちの前には何組かいたが、まあこの人数なら1ターン目で店には入れると見込んでいたのだが……。
「予約のタナカさーん、こちらどうぞー」
えっ!? 予約!?
特に気にも留めていなかったが、店の周りには列に並ばずに数人のグループがおり、どうやらこのグループは”予約組”だったのだ。
思いもよらない”予約制度”にあっけにとられる私達をよそに、次々に”予約組”が呼び出され店内へ入っていく。
3組、4組、5組……。
やっと予約組が終わり”並んでる組”の番になった頃には、店内からは客で一杯だろうという気配がビシビシと伝わっていた。
まずい!
鍋なんか1時間や2時間で誰も勘定しないぞ。ここは絶対に1ターン目に店に入らないと大きな時間ロスになってしまう。
不安を隠せない私達へ、店員が声を掛けてきた。
「お兄さん達何人ですか?」
「2人です(ドキドキ)」
「……じゃあ、お兄さん達まで入ってください。あとはお待ちくださーい」
ギリギリセーフ!!
嬉しさのあまりイカと初めて握手を交わし、さすが酒場ナビは”持ってる”なと改めて関心しながら店へと入った。
店内は思っていたより広く、大小関係なくテーブルには卓上ガスコンロが備え付けられていた。
奥の壁沿いのテーブルに座り、まずは酎ハイで酒ゴング。
そして『なべや』名物の鍋達を張り切って注文する。
『牡蠣味噌鍋(一人前1,100円)』
大粒の牡蠣が、年季の入ったステンレス鍋から溢れんばかりに盛られ、さらにその上には味噌の化粧が施されている。
熱しているうちに、味噌が溶け出し全体に広がったところで牡蠣と野菜を小皿に一度入れて、3秒冷ましたところでズルっと口に流し入れたらどうなるかを写真で想像して欲しい。
間髪入れず、次の鍋が届いた。
『牛肉すき鍋(一人前680円)』
赤身の牛肉が野菜にまたがり颯爽と登場。
少し紅みを残す程度に煮詰めたところを、今度はそのままガツガツと行儀悪く口の中へ放り投げていく。甘いすき鍋の汁は”関西ダシ”が効いており、そのダシの甘さを酎ハイのほろ苦い炭酸で流し込む。
うまいっ!
久しぶりのうまい鍋に、しばらく私達は夢中で食べ続けるのだった。
****
「2人の写真撮りましょうか?」
声をかけられた方を見ると、隣にいた若いカップルからだった。
私達がお互いに写真を撮っていたのを見ていてか、そのカップルの白いセーターを着た彼女さんが写真を撮ってくれるとのこと。
「はいチーズ!」
「ありがとうございます!」
写真を撮ってもらった流れで、例によって彼女さんとイカが話し始めた。
「兄ちゃん達、この店初めて来たん?」
「そうでんねん。前から来たかってん」
「ここ安くてめっちゃおいしいやろ」
「ほんまやなー。この牡蠣鍋の風呂に入りたいわー」
「頼んだら出来るんちゃう」
ここでもまた”高いコミュニケーション能力”を垣間見る。
いや、東京の飲み屋だって少なからずこんな交流はあるのだろうが、なんというか、いい意味で会話のやり取りに”遠慮”とか”他人行儀”みたいなものを感じないのだ。
以前、東京で自分の家の近くのスーパーで刺身を物色していると、急に隣にいたおばさんに話しかけられたことがあった──。
「えっ!?ウソやん!?」
(……なんだ?この関西弁のおばさん)
「ちょっと兄ちゃん!ここの刺身全部半額なんやって! ホンマに?」
私が知るわけない。
シャイな東北人の私は、”半額シール張ってるからそうなんじゃないですか?”とだけ言い、その場を去ったことを思い出した。
やはり、DNAレベルで思ったことをフィルターなしで純粋に伝えることが出来て、かつ純粋に対応が出来る民族なのだろうとここにきて確信した。
話は戻り、イカと彼女さんの話は続く。
「せっかくやから彼女さん達の写真も撮ったるわい!」
「いらんて!やめてーや! ……あたし、左の横顔から撮ってな」
2人は特に”馬が合う”のか、やたらと話が弾んでいた。
いや、
コミュニケーション能力が云々と言うより、本当に初対面なのかという程2人は仲良く喋っていたのだ。
しかし、私だけは気づいていた。
楽し気に話す2人を、物凄く不機嫌そうに睨みつけている彼氏さんの事を──。
ずっと会話にも入ってこなかったし、ちょっと”やんちゃ”そうな彼氏さんだったので、それとなくイカに「そろそろ店を出よう」と告げ、せっかく並んでまで入った店を30分で出た。
『嫉妬』
それだけは全国どこでも一緒なのだ。
なべや(なべや)
住所: | 大阪府大阪市西成区天下茶屋北2-6-5 |
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TEL: | 06-6632-5716 |
営業時間: | 14:00~21:00 |
定休日: | 水曜日 |