福島最大の人口にして控えめな知名度「いわき」の「いわし」は逆に積極的なウマさ!
「ふぇっ!? まったく無いんですか……?」
「えぇ、今は改装中でして……」
福島はしご酒の旅、最終日のことである。会津若松から郡山とめぐり、最終地点の『いわき』に訪れていた。すばらしき酒場たちとは名残惜しく、せめてお土産でその余韻を楽しもうと、いわきの町を散策していた。
ある意味、旅の集大成にもなるお土産。会津若松ではじめて飲んだ『飛露喜』も奮発して買っちゃおうかな……いいや、冷凍でいいからウマ過ぎる『馬刺し』を、東京の酒友に持って帰りたいなぁ。おっと、福島産の野菜は絶対に買って帰ろう。意気揚々と町を闊歩していたのだが……
ん……?
……はて? なんだか、お土産コーナー的なものがないんだが……
駅前の大きな商業ビル『LATOV』にも寄ってみたが、それらしきスペースがなかったのだ。これはもう駅ナカに行くしかないと駅に向かったのだが〝改装中〟とあり、中へ入れなかった。それならきっと仮設のお土産コーナーがあるはずだと、みどりの窓口のお姉さんに訊いたところ、冒頭のやり取りとなったのである──
「でも、何かしらは売ってますよね……?」
「そうですねぇ……キオスクにちょっとだけあるくらいです」
キオスク、だって……? さっそく覗いてみたが、どこにでも売っていそうなクッキーと乾き物が少々。嘘だろ……正直なところ、会津若松や郡山に比べていわきの知名度は控えめだ。ただ、福島で一番人口が多く、初めて訪れたがきれいで立派な町だ。たまたま窓口のお姉さんが詳しくなかったのか……もしかすると、海側が観光地になっていたから、お土産はそっちで済ませるものなのか……んな、馬鹿な! とりあえずそこでスルメを買い、帰りの特急電車まで町中を彷徨ったのだ。
小さな望みに賭けて徘徊してみたが、やはりそれらしき場所は見当たらなかった。喜多方らーめん、ままどおる、酪王カフェオレ……福島の〝鉄板〟さえどこにもない。辺りはだいぶ暗くなってきた。電車の時間までは、残り二時間。私は駅前のベンチに座り、どこにでも売っていそうなスルメを噛みしゃぶりながら思った。
「酒場だ……酒場に、行こう!」
お土産の喪失感に浸っている場合ではない。お土産が無ければ、お土産になる酒場を作ればいいじゃないか。思ったら酒日、私は繁華街へと走った。
今一番飲りたいアテは何だ……? やはり、馬刺しか福島産の野菜か……いいや、会津若松、郡山とずっと海無し町に居たので、海のもので飲りたくなっていた(まぁ、多少食べていたが)──おや?
『のんべえ』とは、今の私が一番欲しているワード……しかも、
大好物の〝いわし〟となれば、これはもう思し召しとしかいいようがない。よし入ろう、いや、大至急入いるべきだ。民芸風の佇まいからは、想像通りの店内。カウンター席を奥へ進むと、
きゃっ、小上がりの袋小路がいいですねぇ! 地方の酒場には、こんな襖で区切られた畳部屋で飲るところが多くて好きだ。大胡坐をかいてズデンと着座、いち早くこのテーブルに酒を並べたいと手を合わせる。
そんな呑兵衛の願いはすぐに叶い、ツィンツィンに冷えた瓶ビールとグラスがやってきた。
グゴンっ……イワッ……キビッ……、んまぁぁぁぁし! お土産に裏切られても、コイツは裏切らない。さてさて、望むところはアテである。そうそう、ここは鰯酒場のようだが……むむっ?
手元には鰯のメニュー、
見上げれば、また鰯の文字列、
さらに振り向けば、鰯の書……! ただの鰯を出す酒場レベルではないようだ……ワシャ今夜は鰯しか食わんと決めた!
「すいませーん、鰯を下さりませっ!」
まずは、脂の照りがまぶしい『いわし刺身』から。どこから手を付ければいいか、躊躇される美人造り。
そこへ大胆に箸を挿れてひと口……うんまいっ! アンタ、それでも庶民魚かい?と疑いたくなるほどの脂のノリ。けれども、青魚特有のキレがある味わいに、早くも魅了される。
と、間髪を入れず『なめろう』の追撃。くぅぅぅぅこんなん、絶対ウマいに決まってるべよ。タタタタッ!と、厨房から鰯をタタク美音がしっかり聴こえてましたよ。〝ウマい!の出来レース〟と解っていても舐めずにはいられない。
ネギ、青じそ、生姜とサリサリした食感がタタキたての証拠。コクの強い味噌のネットリが、全体を地味深い味に仕上げている。食べて今更ながら、これを食べに来たといっても過言ではない。
おいおい……大正解じゃないか鰯酒場。お土産はナシでも、鰯料理は大アリだ。ここは、ラスト馬刺しでも試しておくべきか……いいや、未練たらしい。ワシャ今夜は鰯しか食わんと決めている!
チョ、チョ、チョ、これが『いわし串揚げ』だって?……いい意味で、思ってたのじゃない! 串刺しの鰯をそのまま揚げたものだと思っていたが、団子状の鰯のミンチがカラリと揚がった見事なビジュアル。
ザククッと香ばしい衣の歯ざわりの中から、ブリリンとした弾ける鰯のミンチングがたまらない。
まだまだ来ました、『つみれ汁』の登場だ。ネギだけのすまし汁に、つみれがひとつのシンプル設計だが、これが中々どうして、味は複雑極まりなかったのだ。
箸が弾かれそうなほどムチンムチンのつみれをひと口すれば、蕩けて中から鰯そのものが、じゅわぁ……もひとつ、じゅわぁと口中に溢れる。おいしさで窒息しかけたところへ、すまし汁でゴクリ──うんめぇぇぇぇ! 軽くシメのつもりだったが、今まで食べたことがないほどおいしいつみれ汁と出会うこととなった。
何とか、生のまま、揚げたてのまま、お椀のまま、お土産として持って帰れないかと無謀な策を模索し続け、気が付けば帰りの電車の時間が迫っていた。
そういや〝いわし〟って〝いわき〟と似てるな……こりゃ、何か因果関係があるに違いない。思えば、会津若松の酒場から始まり、おしゃべりマスターに熊狩りの大将。信じられないくらいおいしい野菜、牛丼、デカ盛り食堂。そして、最後に鰯で感動するとは思いもよらなかった。お土産は買えなかったが、いい思い出を持って帰ることが出来た。このお土産の胸に、次に訪れる時は更なる〝のんべえ〟な福島の酒場へ行ってみようと、心に誓うのである。
ありがとう、いわし。
ありがとう、福島。
のんべえ(のんべえ)
住所: | 福島県いわき市平田町73 |
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TEL: | 0246-22-2328 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日祝 |