成増「やまだや」他 女の子2人を《はべらせて》昼飲みはしご酒をした結果──
「あのー、味論さんちょっといいですか?」
「なんだい子猫ち……ああ、君たちか……」
ある日、職場の休憩所で若い女の子社員2人にこう切り出された。
「わたしたちを《また》昼飲みに連れてってくれませんか!?」
《また》というのは、以前もこの2人の女の子に頼まれて、浅草で昼飲みをしたからである。
はじめは下心満載のウキウキ気分ではしご酒をしていたのだが、天真爛漫な若い彼女たちの行動力に翻弄されるだけならともかく、その日の夕方にはお互いの彼氏の元へと逃げられるという、酒場ナビならではのオチになってしまったのだ。
……そんな苦い思い出のある彼女たちに、さすがの私も、
「うーん……最近忙しいから、ちょっとどうかなぁ……」
と、やんわりと断ったのだが……
「えー! そんなぁ……味論さんに聞いて欲しい事があったのに……」
聞いて欲しい事……?
「あたし……最近彼氏と大喧嘩しちゃって……」
「この子、このままだと別れちゃかもしれないんです……」
彼女たちのうちのひとりが、前述の彼氏と〝危機的レベルの喧嘩〟をしたらしく、その相談も兼ねてまた昼飲みをしたいというのだ。
いやいや、だから何だっていうんだ?……じゃあ、この40歳手前の独身男が、まさかその〝次期彼氏候補〟として期待しちゃっていいとでもいうのか?
──フン、そんな馬鹿な。
相手は自分の一回り以上年下の女の子だ。ましてや、前回の様にこのか弱いオッサンの気持ちをまた振り回されて──
「よーし! じゃあ来週行こっか!」
「やったー!! 味論さんありがとうございます♪」
****
『成増駅』
単純スケベ野郎の私は、彼女たちの申し入れにまたもや快諾了承すると、翌週には彼女たちと成増駅へ集合していた。
浅草の時といい、この日も『弩』が付くほどの快晴。酒場ナビの記事で雨の日の記事がほぼ無いのも、私という『晴れ男』が存在しているからなのである。
『やまだや』
「あ! やっぱり最初は食堂なんですね!」
「あたし、この前から食堂が好きになりました♪」
「ふふん、君たちも段々とわかってきたようだね」
これも浅草の時と同じく、食堂飲みからスタート。
実は、ここは以前から行きたかった食堂でもあり、さっそくその待ちかねた《暖簾引き》をして中へと入った。
「いらっしゃいませー」
そこそこ広めの店内だが、平日の昼間だというのに既に〝デキ上った〟先輩集団で店内は賑わっていた。
しかも……
「わ──!! 《OHS》じゃん!!」
「おーエッチえす?」
およそ店の中央にドンと構える《OHS》があったのだ。
《OHS》……(O)おかずの(H)入った(S)ショーケースの略であり、アホらしいとは思うが、もはやこの呼び名以外で他の呼び方がわからない程、酒場ナビでは浸透しているのだ。
しかも、その《OHS》の真ん前に席を陣取ることができたのだから幸先がよい。
そんな昼飲みはしご酒のスタートは、もちろん『食堂瓶ビール』の《酒ゴング》から始まる。
「あたしハムエッグが食べたいっ!!」
「あ! あたしも~!」
「よし、正解だ!!」
彼女たちの好解答に思わず頷いてしまったのだが、浅草の経験を忘れていない2人にキュンと心が濡れる。
『ハムエッグ』
「あれ!? コレって、どうやって食べるんですか!?」
いわゆる〝裏エッグ〟と言われる、目玉焼きの上にハムが被さっているタイプのハムエッグに彼女たちは驚き戸惑う。
早速、私が前回同様、懇切丁寧に手ほどきをする。
「まずはハムを、ゆっくりとめくるんだ」
「……こうですか、味論さん?」
「あ! 中から出てきたぁ♪」
「うむ、後はこの前みたいにやってみるんだ」
「この前って……こうですよね?」
「そうそう、もっとグッグッて、大事なところを広げて……」
「ちょ……めくったのが戻ってきてやりにくーいっ」
ウッ!!
と、〝エッグ昇天〟してしまいそうなところを、頼んでいた酎ハイで、ゴックンと抑え飲む。
やはり若い女の子がする『黄身破り』は、破壊力が億点満点である。
『タコぶつ』
タコんまいっ!!
《OHS》から『タコぶつ』を取り出すと、食器はひんやりと冷たい。それをさらに口の中に入れると、クニュクニュとした歯ざわりから舌へと冷たさが伝わり、今日みたいな快晴の暑い日にはピタリと喉越しに合うのだ。
前回同様、彼女たちも好感触のままスタートを切り、昼飲みはしご酒は早くも2軒目へとつづく。
『柳下酒店』
「わぁ!! 駄菓子屋さんみたい!!」
はじめての角打ちで、思わず言ってしまうワードNo.1である〝駄菓子屋みたい〟は、角打ちバージンである彼女たちも例外ではない。
「店の中の好きなツマミと酒を選んでいいからね」
「わーい!! 駄菓子屋でお酒飲むなんておもしろーいっ!!」
すっかり酒屋ではなく駄菓子屋だと思っている彼女たちは、子供のようにキャッキャと駄菓子を選び、これから角打ちの貞操を〝破る〟という緊張感などまるで感じさせないのだ。
「これ、超懐かしくないですか~?」
『元祖するめジャーキー』
ジェネレーションギャップは当時食べていた駄菓子でも分かるもので、彼女たちに勧められて初めて食べてみた駄菓子は、見た目はビーフジャーキーで味はスルメという、いかにも駄菓子特有の遊び心があるネーミングに懐かしさと……
「超硬ーい! れも、おいひー」
……懐かしさと、さり気なく《追い越しボーノ》をするスルメ女子たちに、思わず私の股間もズルメけそうになるのだ。
「味論さんは何のお菓子買ったんですか~?」
「えっ!? あー、俺はコレを……」
『魚肉ソーセージ』
「……俺は後でいいから、君たち食べなよ」
「いいんですか? じゃ、お言葉に甘えて~」
私は普段、あまり魚肉ソーセージを食べない。
だがどういう訳か、そんな魚肉ソーセージを何故か買ってしまったものだから、それは先に彼女たちに食べさせるのがレディファーストというものだ。
──久しぶりに、
「ご馳走様でした」
と心から言って、変な〝内股歩き〟になった私は、彼女たちを連れて次の店へと向かったのだ。
****
『成増駅』を離れ、次に訪れたのは『上板橋駅』にある食堂だった。
本日、2度目の食堂となってしまうのだが……
『こだまや食堂』
渋いっ!!
錆び錆びの看板、2階居住区の外壁の色合いや、まるで戦時中を思わせる窓に貼ったテープ……芸術さえ感じる。
『やまだや』と〝食堂かぶり〟ではあるが、わざわざ駅を移動して来た甲斐があるというもの。
そしてなにより、こんな渋い店に若い女の子を連れて行くという『背徳感』も昂奮するではないか。
中に入ると、グリーンで統一されたテーブルとイスが整然と並び、剥き出しコンクリートの床や内壁の年季の入った木目調にもそれらが見事に映える。
「なんかカワイイお店~!!」
少しニュアンスが違うかもしれないが、どうやら彼女たちも気に入ってくれた様子。
例によって『食堂瓶ビール』を女の子に〝酌〟ってもらいつつ、これまた劇渋の極黒メニュー板を見ながら料理を選ぶのだ。
「じゃーあー、ニラの玉子とじと……」
「ごめんね~、それ今日終っちゃったのよ~」
女の子が店の女将さんにニラ玉を頼んだのだが、材料がない為か断られてしまった。
「そっかぁ……じゃあ、肉ピーマン炒め……」
「ごめんね~、それも終っちゃった~」
なんと……またもや断られてしまったのだ。
「え~? じゃあどれなら作れますかぁ?」
「食べたいのを言ってみて、作れるのがあれば作るよ」
さすがは大衆食堂、このフリーダム感がいい。とは言っても、メニュー全てを確認するのも大変なので、おそらく材料が揃っているだろう料理をピンポイントで注文したのだ。
『ハムエッグ』
「わー! リンゴが付いてる~♪」
これも本日2度目のハムエッグ。カリリと焼き上げられたベーコンにダブルエッグが載り、さらに老若男女問わず〝ニッコリ笑顔〟にさせてくれる『リンゴ』のオマケ付きだ。
そして例の如く、あの儀式を律儀に、今度は先ほどと違う女の子にヤラすのである。
「あたしぎっちょだから、うまくできなーい」
「大丈夫、大丈夫」
「がんばって~♪」
「よっ!……ほっ!……」
「超上手じゃーん!」
「そっかなぁ(笑)ムズかしいなぁ」
このぎこちない手つきが、また……ウッ!!
『肉ドーフ』
今度こそ〝エッグ昇天〟をした後は、トロミが堪らない肉豆腐がお待ちかねである。スプーンでニュシュッとすくい上げ、喉にアチアチの豆腐を流し込むように注ぐ。絹ごしの滑らかな喉越しを愉しみながら食堂瓶ビールを追随させれば、此れ幸せ也。
「お嬢ちゃんたちみたいに若い子は珍しいねぇ」
「え~! そーなんですかぁ?」
実は笑顔がベリーキュートな女将さんが、孫ほどの年齢の彼女たちと会話をする。その光景は完全に『祖母と孫娘』の会話であり、あたかも私がその孫娘たちを連れて田舎に帰ってきた父親のような感覚である。
〝家族〟での温かな酒場時間を過ごしたし、次あたりで今日のはしご酒は最後にするか……と、
あれ、待てよ……?
父親気取りなんかをしている前に、〝ナニ〟か他に重大な目的があったような──
****
「この帽子めっちゃ可愛いからお揃いで買おっ!!」
「それ超イイ! じゃあ、味論さんのおごりでっ♪」
「えっ」
すっかり日も落ち、酔っぱらった彼女たちに商店街の洋品店で帽子をプレゼントして、本日最後の酒場へと向かった。
『ひなた』
外から見ても分かるくらい店内は客で大賑わいであったが、やはり《酒場の神様》のおかげであろう、3人分の席を丁度よく用意してもらったのだ。
酒場の神様、いつもありがとうございます。
4度目の《酒ゴング》をレモンサワーで甲斐甲斐しく済ませ、本日はじめて呑み屋の料理らしい料理を注文する。
『やきとん』
さすがは店の『看板メニュー』、肉のうまさも然ることながら、タレの熟成された〝甘じょっぱさ〟が舌に染みる。
因みに、串物は写真のように《扇状串》で撮影をしてSNSに投稿すると、〝いいね〟の数字が1.3倍は増えるのでお試しあれ(当社比)
『鳥レバーペースト』
レバーペーストは好物なのだが、牛、豚、鳥の中だと断然『鳥』が好きである。私はあえてバケットに塗らず、チビチビと箸でつまんで舐めながら食べるのが好……
「実はあたし……このお店、来たことがあるんだよね……」
「そうなんだー?」
「……彼氏が、ここの近くに住んでるからさ……」
あっ!!
思い出した……!!
そもそも、彼女たちのひとりが彼氏との喧嘩で別れそうということで、私が次期彼氏候補として……いや、その相談を聞くために開催したはしご酒だったじゃないか……!!
「もし彼氏とダメになっちゃっても……あたしが一緒に飲みに行ってあげるから!」
「そっか……ありがとう……!! 」
女同士の友情に加え、だいぶ酒も入っているのもあり、今にも泣きだしそうな女の子。
このチャンス、
ここで私も黙っている訳にはいかない。
恋愛も仕事も魚釣りも、こんなネガティブな時にこそ全力で〝仕掛ける〟ことが結果を生む。
「そ、そうだよ!! 俺ならいつでも誘ってくれて……」
♪てぃりるん、てぃとぅてぃとぅてぃとぅん──
ふいに、iPhoneのマリンバ着信音が鳴る。
それは、これから彼氏と別れる〝ハズ〟の女の子のiPhoneからだったのだが……
「……あ──っ!?」
「どうしたの!?」
──嫌な予感がする
「か……彼氏から、だ……」
「うそっ!? 早く出てあげなよ!!」
……この〝次期彼氏候補〟であるはずの私に、不穏な空気が流れる。
まさか、この展開は……
「も……もしもし……?」
「うん……うん……わかった」
さっきまで険しかった彼女の表情が、昼間の快晴の如く、みるみるうちに晴れやかになり、そして電話を切った。
「ね……ねぇ? 彼氏なんだって?」
「なんか、ここの近くにいるみたいで……」
「うんうん」
「仲直り……しよって♪」
そうして、
誰に許可を得るでもなく、
数分後には、おそらく彼氏を〝続投〟するであろう、その男が店まで来たのだ。
〝よろしければ、みなさん一緒に飲みに行きませんか?〟
などとその男に言われたが、私ともう一人の女の子は、もちろん遠慮した。
「仲直り出来そうで、良かったですよね~味論さん♪」
去っていく、女の子とその男の背中を見送りながら、私は残されたもう一人の女の子に〝強め目の口調〟で言った。
「ったく……あーあ! じゃあ俺たちも次の店に行……」
「う──!! あたしも、自分の彼氏と飲みに行っちゃおっと♪」
……。
…………。
………………。
もう、
酒しか信じない。
前回の『負けはしご酒』もどうぞご覧ください……
やまだや(やまだや)
住所: | 東京都板橋区成増2-19-3 |
---|---|
TEL: | 03-3930-5760 |
営業時間: | 10:30~21:00 |
定休日: | 土曜日 |